『ハレの祭典』で初めて振付し、出演する、酒井はなインタビュー

和太鼓・バレエ・能がコラボレーションする舞台『ハレの祭典』は、"古事記"編纂1300年と"春の祭典"作曲100年を記念して立案された企画。"あなたの岩戸、開きます"というサブタイトルの意味するところは、魂の力を呼び覚ます"神事"なのだとかー。
この特別なステージで、初めて振付にチャレンジするのが、酒井はな。日本を代表するクラシック・バレエの名花と言われながら、近年では能とのコラボレーション、コンテンポラリー作品など新ジャンルに意欲的に取り組む彼女が、さらなる新たな境地を目指す。
また、この公演は"和太鼓に選ばれた男"の異名を持つ佐藤健作を中心に、津村禮次郎、一噌幸弘という一流どころが集うのも、見どころ。
リハーサルも佳境に入りつつある9月初旬のある日、振付の仕上げに入っていた酒井はなに、この新たな挑戦についてインタビューする機会を得た。

ーこの作品への参加は、どういうところからスタートしたのですか。

酒井 1年くらい前だったでしょうか、和太鼓奏者の佐藤健作さんと、演出の西村雪野さんからラブコールをいただいて。

ー佐藤健作さんとは、昨年・今年(共演はしていないけれど)と、オールニッポンバレエガラでも同じ舞台に立たれていますよね。

酒井 実はその少し前に、津村禮次郎さんの引き合わせで一緒に舞台に立ったのが最初です。津村先生が日本文化を伝える大使として、ロシアとブタペストで能を教えていらっしゃったのですが、そのロシアのワークショップの最後に、以前、先生と一緒に作った『ひかり、肖像』をショーイングしたいとおっしゃった。そのとき、和太鼓を演奏してくださったのが佐藤健作さんでした。同時に、そのとき主人...島地保武が『センシャス』という作品を振付し、それを佐藤さんとのコラボレーションで発表したんです。こちらはコミカルな作品でした。

『ハレの祭典』で初めて振付し、出演する、酒井はなインタビュー

ー佐藤健作さんに対しては、どんな印象を持たれましたか。

酒井 力強さが違います。男性的なエネルギーのスケールが違う、そして個性的な人だなと思いましたね。

ー打楽器なのに、こんなに多彩な音色があるのか!!と驚かされ引き込まれますよね。最初から最後までエネルギーの質が変わらず、しなやかに太鼓を打ち続けるのには、ただもう目をみはるばかり。そして、音の通りの身体をされているのが印象的です。きりりと引き締まっているのに、表面はふわりとやさしい筋肉で覆われている...

酒井 そう!!  なんていうか、妥協が無くて、すごく腰が据わっていて、まさに大地から伸びあがっている、その音色・存在感の両方がかっこよくて、いつも感激してしまう。一発一発が心に響く、全身全霊の人です。

ーその佐藤さんをはじめ、能の津村禮次郎さん、笛の一噌幸弘さんと、和の伝統芸能の一流どころが集結した舞台ですよね。


酒井 津村先生とは、スタジオアーキタンツの福田さんの紹介で、4年前にはじめて作品でご一緒させていただきました。それが、先に話した『ひかり、肖像』です。先生は幅広い舞台芸術に関心と理解をお持ちで、私のこともたびたび観ていてくださった。そんな中で、"伝統と創造"をテーマに、日本の伝統芸能と西洋舞踊を融合させたクリエイションをやろうと、(東京・渋谷の)セルリアンタワー能楽堂での試みをスタートしました。

ーまだ4年ですか! 数々の作品を発表されているから、もっと長いお付き合いという勝手なイメージを持っていました。

酒井 私も、10年くらいやっている気がしているんですけれど。非常に内容の濃い時間を過ごさせていただいています。
私は、バレエの人間ですから、やはり動きのある表現に興味があったんです。けれども、先生を通して能の世界に接しているうち、すごくミニマムな所作、動きの無い中でただ"居る"こと、そこに"在る"という表現の重さが、素敵だなと思うようになりました。何しろ、津村先生の存在感はすごいです。

ー派手に動き回っているわけではないのに、空間を支配してしまいますよね。

酒井 何もしてないように見えて、身体の内側ですごくいろんなことをしているのだと思います。そういうことが、身体に染みついてらっしゃる。舞台にいると、凄味があります。けれども素顔の先生は、気さくで楽しくて、とてもフランクに接してくださるんです。どんなジャンルの人とも仲良くされて、そして、皆、先生が大好きになっていく。
笛の一噌さんもすごい方です。舞台では引っ張りだこの大人気者で、この公演に際してスケジュールをいただくのが大変だったと聞いています。和の奏者でありながら、西洋の音楽にも深く精通されており、幅広い知識と、アイディアをお持ちです。

ーそうした、妥協を許さない面々と一緒に、振付と踊りで参加して一緒に舞台を創られていくわけですよね。しかもテーマは古事記の、天地創造の物語だそうですね。

酒井 演出家の西村雪野さんが、古事記の中に宿る神話のエネルギーを、再現して伝えたい、という意図でストーリーを構築しています。もともと太鼓というものは神事と通じているものです。その魂を揺さぶる響きに、言葉の霊力、踊りの力が出会って、天地創造の壮大なスペクタクルを表現しようという意図があります。生命が生まれ、国ができ、富、戦い、死、再生、そして無限の世界...そういう形でストーリーが展開していきます。
最後の、岩戸開きのシーンは、『春の祭典』のイメージとのダブルミーイングです。神に捧げる、新たな岩戸開きの表現にしたいと。

ー太鼓にはもちろんですが、踊りにも、古来から神事に通じる部分がありますから、なんだか本当に神が降りてきそうな舞台になりそうですね...

酒井 ラストの岩戸開きのシーンでは、佐藤さんの所有の、個人所有では世界最大の大太鼓"不二"の響きの中に全員が共鳴し合いますが、エネルギーの波動が違います。客席に集まった皆さんと一緒に、何か特別な瞬間を体験するかもしれない予感がします。

ーそんな特別な環境で、酒井さんは人生初の振付をされているわけですよね。

酒井 はい。踊るのは自分ですが。

ー振付はどんなイメージになりそうですか。日本的な舞踊の動きを取り入れるというような考えも、あるのでしょうか。

酒井 クラシック・バレエのダンサーでありながら、こうしたチャレンジをさせていただけるのは、特別なことだと感謝しています。これまでの自分の人生での出会いや学び、蓄積してきたものを、いい形で出していけたら嬉しいです。
動きについてはいろいろ考えたのですが...、せっかく私がやらさせていただくのだから、素直に、クラシカルなバレエの美しさを表現したいと思っています。津村先生が能の"型"をおやりになるのと同様に、私はバレエの基本、バレエの型をしっかりと踏まえた動きにしたい。奇をてらうことなく、やりたいと思います。

ーしかし、アドバイザーとして小㞍健太氏と島地保武氏の名前がありますよ。キリアンのカンパニーにいた人とフォーサイスのカンパニーにいる人のアドバイスは、クラシックの枠の中には納まらなかったのではないですか。

酒井  ハハハ!! 斬新なアイディアをたっくさんいただきました。でも、それはそれとしていただいておいて、結果としてはバレエ的なものになると思います。

ー島地さんとは4年前に入籍されて、今は"遠距離夫婦"でもありますよね。しかしこうした穣様な仕事で、アドバイザーとして参加していただくというのは、やはり、ダンサーとしての島地さんを尊敬していらっしゃるからでしょうね。

酒井 はい。彼は素晴らしいダンサーだと思います。今年の前半、セルリアンタワー能楽堂での公演でも一緒に仕事をしましたけれど、将来は、二人で作品を創ることもしたいと考えているんですよ。

ー日本とドイツ、距離は離れていても、いろいろ話し合われているのですね。

酒井 まとまった休みのときには必ず、一緒に過ごすようにしています。島地が計算したところによると、私たちは3日に一度は会っている計算になるんですって。

ー長い目で考えたら、"ご主人は単身赴任"なんてのも普通ですからね。

酒井 そうそう、それよりも、私たちは"家族である"ということが大切なんです。

ーところで、全体で2時間ほどの作品になると聞いていますが、その中で酒井さんが踊られるのは『サキハヒ』『鳥の歌』『たまゆら』『人間の門』そして大詰めの『生々流転』。

酒井 『サキハヒ』は万物の生命の源が誕生するシーンです。命のしずく、エッセンスから人の命が立ちあがってくる、それを私が表現します。『鳥の歌』は、死というもののの誕生を表わします。人間の世界から、次の次元へと旅立つことの象徴としての、鳥の翼。私の中では"瀕死の白鳥"と重なるイメージもあります。『たまゆら』は、次の世界へと旅立つその命がいよいよ翼を脱ぐことで、魂だけになったこと、新たな世界への到達を表現します。『人間の門』は、面白いですよ。ペトルーシュカへのオマージュ、とあるように、ここでは自分の意思でではなく何かに操られて生きている女性を描いています。ヒールを履いたOL風の女性が、操り人形のように動いている。けれどもあるとき、自由になろうと意思を持ち始め、やがてジャケットを脱ぎ、メガネを外し、靴を脱いで、自分の中から湧き出る自由な動きをはじめて、"人間の門"に入っていく、つまり人間として自立していくんです。同時に津村先生は、盲目の人として登場し、しかしやはり最後には自立していくんです。そして、天照大神を岩戸から誘い出すお祭りの様な場面、『生々流転』では、大地の女神というイメージで、裸足で踊ります。

ーひとりでこれだけの場面を踊るのは、ハードですね。

酒井 覚悟はしていましたが、リハーサルに入ってみてそれを実感中です。とくに、太鼓のリズムだけで踊る場面は、延々とカウントを数えながら踊らなくてはならないので、混乱してしまいそうになりました。気が付くとカウントが100を超えていくんです。オーケストラとかではないから、音のきっかけもないんです。もう、覚えるしかない!!と、佐藤さんに何回もリハーサルをお付き合いいただきました。
しかも、ラストシーンで使う"不二"という太鼓はさきほども、お話ししましたが個人所有では世界最大。800キロもの重さがあるので、ふだんは長野の戸隠に置いてあって、運んでくるのも大変なんです。ですから"不二"を使った練習は本番までに数回しかできません。

ー健康管理も大変そう...。でも酒井さん、こんなにハードなのにいつもお肌がつるつる、ぴかぴか。何か特別なケアをされているのですか。

酒井 しっかり食べてぐっすり眠る、これに尽きます。リハーサルのある昼間は、たくさんは食べられないから、朝と夜しっかり食べます。好き嫌いが無いので、もう、なんでも。

ーおいしい食べ物からいただくいいエネルギーが、紅一点の舞台で素敵に表現されていくといいですね。

酒井 太鼓から発せられる波動の中に、ふわっと存在して居たいですね。これだけ個性的な面々が集う中での、ただひとりの女性ですから、その存在の意味を大事にしたいと思っています。ああ、なんかきれいだなーって、自然の風景とか花とかそういうものに出会った時の様な理屈抜きの存在感を、目指せたらいいと思います。

ー古典芸能ファンとバレエファン、いろんな人のエネルギーの出会いの場にもなりそう。何より、"不二"の響きの中で舞台と客席の中で何かが響き合う、その瞬間を味わうのが今から楽しみです。

『ハレの祭典』

2012年9月29日(19:00)、30日(18:00)
会場/彩の国さいたま芸術劇場大ホール
問:さきわいクレアシオン TEL:050 - 3786 - 1826

インタビュー&コラム/インタビュー

[インタビュー]
浦野芳子

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