【開幕直前インタビュー】
K バレエ カンパニー『白鳥の湖』に主演する中村祥子に聞く
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掲載
ワールドレポート/東京
インタビュー=関口 紘一
----中村さんはウィーン国立歌劇場バレエ団からベルリン国立バレエ団に移籍されて、6年間踊られました。その間、K バレエ カンパニーへもゲストで出演されてきました。二つのカンパニーはともに、スーパースターがディレクターを務めていましたね。
中村 そうですね、確かに。それぞれのカンパニーにはそれぞれのスタイルがあり、どちらでもすごく良い経験をすることができました。どちらのバレエ団にも様々なダンサーがいて、お互いに高め合って良い作品を創ってきました。それぞれの良いところを吸収できて様々な舞台に立てたことは、本当に良かったなと思っております。
お二方ともダンサーとしても素晴らしく、カンパニーのダンサーをまとめていくという面でも優れた能力を発揮されていました。やはり、バレエに対する想いがすごく強く、ダンサーたちも助け合いまとまって力になっているのだと思います。
----今回、K バレエ カンパニーでは『白鳥の湖』を踊られますね。中村さんはウィーン国立歌劇場バレエ団にいらっしゃる時、ヌレエフ版『白鳥の湖』のオデット/オディールで主役デビューされました。これはパリ・オペラ座バレエ団のレパートリーにも入っています。それからベルリン国立バレエ団では、パトリス・バール版も踊られていますね。3人の振付家のヴァージョンを踊られています。
中村 そうですね、その3人の振付の他に、ミハイロフフスキー・バレエ団でもミハイル・メッセレルのヴァージョンを踊りました。それからブタペストでもハンガリー国立バレエ団の『白鳥の湖』(ルディ・ヴァン・ダンツィヒ振付)を踊っています。
----一番、特徴的なヴァージョンはどれでしたか。
中村 ストーリーの最後の部分がそれぞれ違ったと思います。メッセル版はボリショイ・バレエ団のヴァージョンに近いと思いますが、一番ベーシックな演出だったと思います。いろいろなヴァージョンを踊っていますが、舞台ではその振付の世界に没入していく、という楽しさもあります。
----熊川さん振付『白鳥の湖』のヴァージョンには、オデット/オディールを1人で踊るものと、別々のダンサーが踊るものがあります。今回の中村さんはお1人でオデット/オディールを踊られる振付を主演されます。
中村 熊川さんが伝えたい、表現したいというものを丁寧に踊りたいと思います。もちろん、振付の中にそうした想いが込められていますので、それが伝わるように表現したいです。
----パートナーは遅沢さんですか。
中村 そうです。『海賊』はキャシディさんと踊りましたから、遅沢くんとは『ロミオとジュリエット』以来の共演となります。
遅沢くんのことは雰囲気や性格などはだんだんと良く知ることができています。ですから、こういう『白鳥の湖』になるんだろうな、という予想はありますが、それをまたさらに高めてみたい、チャレンジする面も作ってみたいと思います。今回、私は4回踊りますし、お互いに新しいものを生み出したい、と願っています。お互いが新しいものを生み出し、エネルギーを出し合えたらいいな、と思います。
----全幕物を踊るということは、特に『白鳥の湖』のように黒鳥に変身して踊る幕がある作品を主演することはたいへんですね。
中村 はい、たいへんです。特に『白鳥の湖』は、とにかく表からは見えないかもしれませんが、裏ではそのたいへんさがよく見えていると思います。オデットは全神経を集中させてコントロールして踊らなければなりません。踊り終わると脚が吊ってしまうくらい厳しいコントロールが必要です。その後にまた、黒鳥になってエネルギーを放出しなければなりません。ですから、かなり疲れるのですが、私はそのギャップがとても好きです。全神経を集中してアダージョを踊った後、疲れているのだけれど黒鳥に扮してすべてのエネルギーが溢れ出す。その両極を行き来する感じが好きです。これは『白鳥の湖』を踊ることでしか味わえないカタストロフィではないかと思います。
初めて踊ったころなどは、あらゆる場面で力を込めて踊っていましたから、全幕が終わったらもうほんとにぐったりでした。でも既にたくさんの『白鳥の湖』を踊らせていただいて経験を積みました。なので今は力を抜いてはいけないのだけれども、力だけで見せるのではなくて、雰囲気だとか人間が同じように呼吸する場とか、そういう場面を作っています。昔と比べてところところで観客にもホッとするように見せることができるようになったと思います。でも結局、終わった後の疲れ具合は同じですが!
----そうですか、観ている方の印象も違ってきていますね。
中村 違うと思います。かつての力んで踊っていた『白鳥の湖』を含め、私自身いろんなものを吸収してきて、余裕ではないけれど、人間として呼吸したり悲しんだり悩んでいるシーンなどもより自然に表現できるようになり、観ている側の人たちにもストーリーに入り込んできていただけていると実感しています。
----なるほど、よくわかります。
それから話は変わりますけれど、近年はお子さんが生まれても踊り続けられるバレリーナが増えました。2人お子さんがいても踊られている方も珍しく無くなりました。いかがですか、出産をご経験されて表現が一段と深まったといことを感じられますか。
中村 私自身は感じていませんでしたが、やはり、他のダンサーたちから表現が変わった、と言ってもらえるので、そうかなと思います。私自身が一番変わったと思えた部分は、舞台というものへの恐怖が消えました。
かつてはバレエ一筋で、バレエがまさに命でした。バレエに掛ける想いがすべてだったんです。そのバレエを失うことや失敗することが怖かったのです。舞台に出る前にはうまく踊れるだろうかという恐怖がありました。けれど今では、家族だったり息子だったりに何か起ることの方がよっぽど怖いのです。それに対して舞台は恐ろしい何かが起るわけではない、今まで自分がやってきたことを表現する場なのだから、というふうに意識が変わりました。ですから、今はほんとうに舞台が楽しいのです。楽しまなければ何のために踊っているのだろう、という気持ちです。楽しんで、自分が大好きで続けてきたものを表現する、そこで失敗するのが怖いとか舞台が怖いと思う気持ちが無くなりました。
----それは素晴らしい境地ですね。
中村 そういうことはお子さんを生まれた先輩から、「ちょっと変わるよ」と聞いていましたので、ああこういうことなのか、と思っています。
----男性には経験できないことなので、感銘しました。舞台では比較的あがられる方でしたか。
中村 もちろん、1歩踏み出せば入り込んでしまうので大丈夫なのですが、舞台前というのはやはり緊張しましたね。これに懸けているんだ! という気持ちがありましたから、失敗することが怖い、という自分がいました。でも今は、何をそんなに怖がっていたのだろうか、と思うくらいです。
ですから、やはり経験することは大切です。学ぶことと経験することです。そして自分自身が成長することが一番大きいことですね。
----アレッサンドラ・フェリも出産を経て復帰公演を行いましたね。出産を経験することでまた新しい表現に挑戦したくなる、ということもあるのでしょうか。
中村 そうですね。ダンサーは日々新しい表現に挑戦することを求めてしまうので。ただ、なかなか時間が取られないですし、そこが一番たいへん、というダンサーの方が多いかもしれません。
でも私自身もかつては、本番の前にしっかりと休んでリラックスする時間を作っていました。でも、息子が生まれてからは本番前に公園に行って一緒に遊んで、そのあとすぐに劇場に向かったり。通常舞台の日は朝レッスンに行って帰って来て休んで本番なのですが、子どもは、ママと遊びたい一心ですから、保育園から戻ると全エネルギーで向かってきます。そんな子どもに応えてあげる自分。
そういう自分にびっくりなんです。そんなことして舞台に向かう自分がいるなんて! 今までは考えられませんでした。
----公園から本番に直行みたいな・・・。
中村 ええ、公園からもだし、キッチンでご飯を作って子どもに食べさせて「じゃあ、ママバレエに行ってくる!」と言って舞台で踊ってしまう自分が考えられません。けれども準備万端完璧に整えて臨んだ昔と同じように舞台に立てるし、同じ気持ちで踊れるんです。子どもにかまっていて舞台ができなかった、ということはありません。別の場所でエネルギーを出しても、舞台でもちゃんとエネルギーを注ぐことができる、母はやっぱり強いのかもしれないな、と思います。そういうこともやはり、表現の中に現れているのかも知れません。
----そうだと思います。カンパニーに連れてくればダンサーたちも面倒を見てくれるからと、聞いたことがあります。
中村 そうですね。子どもたちも連れて来て、レッスン中子どもたちは隅の方で本を読んだり映像を観ていたり大人しくしています。リハーサル中は夫のヴィスラフも私もダンサーで踊っているわけですから、そういう時はスタジオの外でサッカーしていたり、他のダンサーたちも楽しんで面倒をみてくれます。子どもたちもバレエに馴染んでいるし、親が何をしているか分っています。わが家でも「バレエ行ってくるね」っていうと「OK! ブラボー!」と言ってちゃんと理解してくれています。
海外と日本ではそういう環境には少し違いがあるかもしれません。海外ではそういう環境があるから、ダンサーも生み易くなっているのだと思います。
----ハンガリー国立バレエ団に移籍されましたが、日本ではあまり知られていないのですが、どんなバレエ団でしたか。
中村 じつは私も全く知りませんでした。タマシ・ソルモジ芸術監督から誘われ移籍したのですが、彼のお兄さんのゾルタン・ソルモジがかつて英国ロイヤル・バレエで踊っていました。私はウィーン国立歌劇場バレエ団で踊っていた時に知り合ったのです。彼はダンサーを辞めて地元のハンガリーでディレクターになっていました。
彼からの呼びかけで一度、カンパニーを観に来ないか、と言われて観に行きました。クラシック・バレエのレパートリーが充実しているのでとても興味を持ちました。その時がちょうどマラーホフが後1年で交代する時だったので、彼にも相談しました。そうしたら「ぼくの最後のシーズンに祥子がいないのはすごく残念だけど、ダンサーとして言えることは、自分が踊りたい作品を踊るべきだ。それを踊れなかったとしたら、将来、それが一番悲しい。それにダンサーとしてぼくが言えることは、踊りたい作品があるところに挑戦すべきだ。ディレクターとしては行ってほしくないけど、それは祥子が決めるべきだ。ぼくは無理矢理止めない」と言ってくれました。そしてヴィスラフとも相談したら彼もやはりマラーホフが言うように「今、踊りたい作品を踊っておかないと後悔するんじゃないか」「家族は少しばらばらになるけれどそれはなんとか調整できるし、祥子は踊るべきだ」と言ってくれたので決断しました。
----ハンガリーは確か、ニジンスキーの奥さんの出身地でバレエ・リュスはとても評判が良かったと聞いています。おそらくバレエを愛する人が多い国だと思うのですが。
中村 はい、観客は毎回毎回満席でした。ダンサーも100人以上いて公演回数も多かったです。12月には『くるみ割り人形』だけで25公演ありました。次々とクラシック・バレエの作品を踊ったので、何かとても鍛えられた感じです。まだレベルがすごく高いというほどではなかったのですが、今まではハンガリーのダンサー中心で公演していたのですが、これからはもっとインターナショナルなカンパニーにしたい、ということで、タマシが呼んでくれたのです。
----中村さんは今後の活動はどのように考えられていますか。
中村 今後は日本に住まいを移して、K バレエ カンパニーの公演とヨーロッパや他の国でのゲスト出演などで踊っていこうと思っております。
多くの振付家の作品を踊っていければと思っています。それによってダンサーとして得ることも多いと思います。もちろん、K バレエ カンパニーでは熊川さんがいろいろな作品を振付けていらっしゃるので、それにもぜひ挑戦したいですし、またこれからは日本で上演されたことのない作品を踊ることができれば、とも思います。ダンサーにとっても良い経験になるし、観客の皆さんにとっても新しい体験になるし、そういうものをK バレエ カンパニーと一緒に取り組んでいけたらいいなと思います。
----ベルリン国立バレエ団ではフォーサイスも踊られましたよね。
中村 ええ、フォーサイスも大好きです。ギリギリ耐えれるのかどうか、落ちるか落ちないかのオフバランスとか、さまざまなところからの作られたテクニックとか、その危ない感じの振付がすごく好きです。クラシックのような決まったポジションではなくて、振り回されるだけ振り回された中で音楽の中にすべてが詰め込まれているみたいな、エキサイティングな踊りが踊っていてとても楽しい。全身を大きく使って秒刻みで振付が入っている感じが踊りがいがあるしその後の達成感は、他の振付とまたちょっと違いますね。自分を爆発させることができる作品なので、そればかりを踊るというのではなくて、時にそういう作品を踊ることで自分の限界を知ることができるし、あるいは限界を越えることができると言う楽しみがあります。
----ナチョ・ドゥアトももちろん、踊られましたね。
中村 ナチョは、どういえばいいでしょうか。伸びて伸びて動きに終わりがないという感じがします。彼自身が振りを見せてくれるのですが、こんなに空間を大きく使うことができるんだと感じられる動き方をします。彼にしかできない独特のもののような気がします。そういう様々な動きを観る、ということはダンサーにとって必要だと思います。直接観ることそして直に感じることが必要なのだと思います。まるで神業みたいな動きをする人を実際に見ると、「人間でもこんなに動けるんだ」「空間を描けるんだ」と新たな世界観を感じます。こういうことはダンサーにとって一番素晴らしい経験だと思いますし、心に「どーん」と伝わってくるものがあります。それはいくら言葉で伝えても直接観ないと分らないと思います。
----他に印象に残っている振付家はいますか。
中村 たくさんいますが、ベルリンで踊った『白雪姫』を振付けたプレルジョカージュ。彼も不思議な世界観の持ち主でした。
----最後にK バレエ カンパニーを観に来られる観客の方々にメッセージをお願いします。
中村 K バレエ カンパニーには、海外からゲストで参加して踊らせていただいていたのですが、これからはもっと出演数も増えて、観客の皆様にも観ていただける機会が増えると思います。海外でいろいろな経験を積んで踊ってこられたと思います。そういった経験の中から、新しいものをお見せできれば良いなと思います。もちろん、作品によっても変わってきますが、バレエ団のみんなと自分がこれまで海外で吸収してきたものを見せ合い、吸収し合いたいです。新たなスタイルを持ち、新たな作品を創っていくことで、また新たなK バレエ カンパニーになることができることを目指して、努力していきたいと思います。お互いに触発し合い高め合って、良い結果を残したいと思っています。
-----どうも、本日はいろいろと楽しいお話をありがとうございました。とても興味深かったです。『白鳥の湖』を楽しみにしております。
Tetsuya Kumakawa K-BALLET COMPANY
Autumn2015『白鳥の湖』
●2015年10/31(土)〜11/8(日)
K-BALLET COMPANY HP http://www.k-ballet.co.jp/company
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