【開幕直前インタビュー】
加治屋百合子&ジャレッド・マシューズが語る「バレエを踊ってハッピーに生きよう!」

----8月28日・29日にチャコットの勝どきスタジオでクラスとヴァリエーションの指導を行ってくださいますね。ヴァリエーションは『ジゼル』第1幕のジゼルと『眠れる森の美女』第3幕のオーロラです。2曲とも古典名作バレエですが、この作品を踊るダンサーの基本的な心構えを教えてください。

加治屋
現役のダンサーとして、今の自分にしか伝えられないことがきっとあると考えています。私が上海舞踊学校に在籍しておりましたおりに、上海バレエ団や世界で活躍されている先輩方が、里帰りに学校へ遊びに来られた時に直接指導を受ける機会がありました。いつも教わっている担任の先生と同じことを注意されていても、なぜかとても新鮮に感じとれたのを覚えています。(笑)
『ジゼル』も『眠れる森の美女』も私は現役のダンサーとして今踊っている役です。私の踊りは経験を積むごとに変わってきますが、今自分がこれらの役を踊っていて感じていること、注意していること等を生徒の皆さんとシェア出来ればいいなと思っています。

マシューズ
ロマンティク・バレエの代表作でもある『ジゼル』と、その40年ほど後に振付けられた『眠れる森の美女』。同じバレエでもスタイルの違いを感じて欲しいです。そして両方とも物語のあるストーリー・バレエなので、一つ一つの動作に意味があるので、それを理解しながら踊ることを伝えたいと思っています。

加治屋
私たちは今回参加する生徒さんに短期間しか教えてあげられません。まずは踊る喜びを忘れないで欲しいです。今は世界中でたくさんのバレエコンクールがあり、技術的なことに目がいってしまいがちです。技術ももちろんとても大切ですが、ダンサーは芸術家、アーティストです。技術的にきれいに踊るだけではなく、アーティストとして一つのヴァリエーションだけでも観ているお客様の心を動かし、感動を与えられるダンサーになることが出来るようにを教えられればいいなと思います。

----この2作品に限らず、ダンサーが主役を務める場合、最も注意しなければならないことは何ですか。

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マシューズ
主役はその舞台を担ってリードしなければなりません。特に物語のあるストーリー・バレエは観客を物語の世界へ誘導します。技術的なこと、アクロバティクのようなこともバレエでしたりもしますが、そこが芸術家/アーティストとスポーツ選手/アスリートの違いでもあるのではないかと思います。

加治屋
観客とダンサーの見えない対話が非常に大切です。観ている方に私たちが創る舞台上の物語の世界へ導き、一体化しなければなりません。そこで初めて対話が出来て、観ていて何かを感じてもらえるのではないかと思います。

----そういう本質的なことが非常に大切だということは理解できます。でもまた、よく踊れるためのジンクスといいますか、ちょっとした些細なことで舞台に立ったびに必ず行っていることってありますか。

マシューズ
アメリカでは迷信のひとつにknock on wood(木を叩く)といって「不吉を追い払う」または「悪運を追い払い、幸運が続くように」と木製の物をコンコンと叩くおまじないのような習慣があります。木製の物が近くに無い場合は自分の頭をコンコンと軽く叩きます。それで、私は舞台に立つ前に舞台の床を3回叩いて、その後に頭を軽く3回叩いています。

加治屋
私は指を使ってトウシューズにキスをしてから、舞台の床と頭をコンコンと軽く叩いています。トウシューズにキスをするので公演後のトウシューズは口紅の後が少し付いているんですよ。(笑 )

----お二人はヒューストン・バレエに移籍されました。マシューズさんは生まれ故郷にダンサーとして戻らたわけですが、ご感想はいかがですか。

マシューズ
実はヒューストン・バレエの中でヒューストン出身は私一人なんです。ヒューストン・バレエの付属バレエスクールには通っていませんでしたが、ヒューストン生まれの自分が入団したことをバレエ団はとても喜んでくれています。

加治屋
移民の国、アメリカならではでしょうか。ABTにいた頃もアメリカ人ダンサーはバレエ団の半分程度で、そのなかでもニューヨーク出身のダンサーはいなかったと思います。

----そういう意味でも貴重ですね。

マシューズ
ヒューストン出身だからヒューストン・バレエに移籍したと思われがちですが、全くそうではないのです。実は反対に故郷にもどるのにとまどいがありました。ヒューストン・バレエは、とても素晴らしいレパートリー、そして才能あるダンサーがたくさんいてとても注目されているバレエ団です。一年経過して振り返ると良い選択をしたと思っています。

----べン・スティーヴンソンの頃から有名でした。

加治屋
今年設立65周年だと思います。

----中国人を起用したりして、映画にもなりました。スティーブンソン振付作品は日本のガラ公演などでもよく踊られました。スティーブンソンはイギリス人ですし、マクミランもアーティスティック・スタッフとして参加したこともあったと思います。ストーリー・バレエもレパートリーには多いと思います『マノン』とか。

マシューズ
そうですね。ヒューストン・バレエは、アメリカのバレエ団ではあまり公演されていない作品もレパートリーに持っています。

【開幕直前インタビュー】 加治屋百合子&ジャレッド・マシューズが語る「バレエを踊ってハッピーに生きよう!」

----マシューズさんは『じやじゃ馬ならし』のルーセンシオを踊られてプリンシパルになられたのですか。

マシューズ
そうです。

----クランコ作品は他にも踊られたことがあったのでしようか。


マシューズ
ABTにいた頃に『オネーギン』と『カード遊び』を踊りました。

----『じやじゃ馬ならし』は観客に受けたのではないですか。

加治屋
『じゃじゃ馬ならし』は踊りはもちろんですが、演技することが非常に重要な作品です。観客と一体化しないと、面白い場面が伝わりません。

----加治屋さんはべン・スティーブンソン振付の『くるみ割り人形』の金平糖の精を踊ってプリンパルダンサーになられた、とお聞きしました。


加治屋
ヒューストン・バレエでは公演後、最後のお辞儀をして本来なら幕が下りる所に、芸術監督がマイクを持って現れ、舞台上観客の前でプリンシパル昇格のアナウンスをします。そこで初めてダンサー自身も知らされるので、観ているお客様ともその瞬間をシェアするのでとても特別です。私がその日にプリンシパル昇格することは、ジャレッドも私も知りませんでした。バレエ団ではこれが恒例行事なので、他のダンサーは監督が舞台袖でマイクを持ち始めたら直ぐ、誰かがプリンシパル昇格することが分かります。でも、私たちはまだ入団したばかりだったのでそれが分からず、私の公演を舞台袖で見ていたジャレッドに、他のダンサーから「ジャレッドおめでとう」「えっ、何?」「今から百合子がプリンシパルに昇格したことがアナウンスされるんだよ」って。

マシューズ
百合子の昇格は当然のことでした。誰もが彼女の実力を認めているし、そう思っていると思います。昇格前にバレエ団のデトロイト公演で『ジゼル』踊ったのですが、本当に素晴らしかった。スタントン・ウェルチ監督も百合子の実力を認めているうえでの昇格なので、とても嬉しいです。

----マシューズさんはプリンシパルに昇格された時は、予想されていましたか。

マシューズ
百合子が昇格して、ヒューストン・バレエの舞台上でのアナウンスはもう分かっていましたが、『じゃじゃ馬ならし』の主役ではなく準主役のルーセンシオ役だったのでびっくりしました。ちょうどバレエ団とのシーズン最後の公演だったのでバレエ団からの良いプレゼントでした!

----ルーセンシオは初役でしたか。

マシューズ
はい。
ABTが最後に『じゃじゃ馬ならし』の公演をしたのは、私が入団する2年前でした。

----加治屋さんはABTでコルパコワと出会われたことを、一番重要な出来事とされていますね。

加治屋
はい。運命と感じています。

----コルパコワはダンサーとしてもほんとうに素晴らしかったです。ワガノワから直接教えを受けたダンサーで、ソ連時代から真珠のような踊りと称えられていました。現在はABT でミストレスをしていますね。

加治屋
ヒューストン・バレエは先日ハンブルク公演があって、その前に1週間休みがあったのでイリーナに会いにニューヨークに行って来ました。リハーサル中だけではなく、スタジオの外でも親しくしていただいています。ヒューストン・バレエに移籍して新しい作品、役にチャレンジが出来て充実していますが、イリーナは本当に特別な存在なので、彼女から指導を受けられないのは寂しいです。

----今年の3月に谷桃子バレエ団で『海賊』を上演しましたが、それはコルパコワさんの監修でした。おもしろい舞台でした。

加治屋
それは興味深いですね! イリーナは今年82歳になるのですが、まだとても元気でスタジオでコーチをしている時の姿はイリーナが現役の姿に戻ったようにも見えます! 実はヒューストン・バレエの『ジゼル』デトロイト公演の時も、ニューヨークに一週間行って、イリーナのコーチを受けてきました。イリーナはイリーナ自身が今まで学んだこと、経験を全部伝えたいという姿勢でいるので、私は全部吸収したいと思っています。
一番最初に私たちが『ジゼル』を踊った時に、ジャレッドにこのバリシニコフの映像を観て欲しいと言って、DVD化されていないイリーナの個人ビデオを持ってきてくれました。バリシニコフが一番最初に踊った『ジゼル』の映像で、実はジゼル役がイリーナでした。でも、イリーナは産後だったらしく、「私は見なくていいから」と言っていました(笑 )

----マシューズさんバリシニコフのアルブレヒトを映像でご覧になっていかがでしたか。

マシューズ
まだ彼のバレエキャリアが始まったばかりの頃の映像でしたが、最初からこんなに見事に踊っていたのかと思うと本当に感心しました。イリーナは、ラストシーンでジゼルがもうお墓の中に戻ってしまった後、幕が下りる前のアルブレヒトの最後のシーンをみてほしい、と言っていました。イリーナ自身もそのバリシニコフを観て涙を流したと言っていました。私も観て感動しました。本当に素晴らしかった。

----アルブレヒトが蘇生するシーンは、男性ダンサーの一番の見せ場、といってもいいですね。
ニューヨークではいろいろなダンスが踊られていますが、やはり、クラシック・バレエだけを踊っているダンサーは、だんだん仕事が少なくなっていく状況でしようか。

加治屋
以前、スタントン・ウェルチ監督と話をしたことがありました。彼は芸術監督でもあり振付家でもあります。振付けている時に踊りの動作を素早くピックアップする能力があるかということもとても大事になってきていると話していました。クラシック・バレエだけ踊れるダンサーというのは今は、なかなか難しい状況だとお思います。

----ジャレッドさんはマリインスキー劇場の国際バレエ・フェスティバルで踊られたのですよね。

マシューズ
ヴェロニカ・パ一トとラトマンスキー振付の『セヴン・ソナタ』を踊りました。3つのカップルで踊られる作品ですが、それをガラ・ヴァージョンにしたものです。

----今回、吉田都さんと堀内元さんの公演にゲストとしてお二人が参加していただけることになって、私たちもとても嬉しいです。

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加治屋
都さんは私が小さい頃から活躍されていて、尊敬するバレリーナのお一人です。海外のバレエ団で活躍し踊られていて、自分もいつかそういうダンサーになりたいと思っていました。今回、一緒の公演に出させていただくことをとても楽しみにしております。元さんはアメリカで多方面にわたって活躍されていて、バランシンはもちろんいろんなお話をお伺い出来ればと思っています。

----これからダンサーとして巣立っていく人たちのために、お二人からメッセージをいただけますか。

マシューズ
私は2年前に亡くなられてしまいましたが、デイヴィット・ハワードと言う有名な教師の指導を受けていました。バリシニコフやギャルシー・カークランド、ナタリヤ・マカロワなどの一流スターも彼の指導を受けていました。そんな彼がよく言っていた言葉が、「舞台には先生を連れて来ることは出来ない」。自分の考え、意思を持つことはとても大事です。先生や他の人からこうしなさいと言われて、動くだけではなく、自分はこうしたいと言う意見もはっきり持って欲しいと思います。

加治屋
伝えたい事はたくさんあって、一つにすることは難しいですね。デイヴィット・ハワードはこういうことも言っていました。「バレエの世界は華やかに見えるけれども、実はスタジオ、劇場、家との往復で努力や練習の重なりで孤独な世界だ」と。本当にたくさんの練習と努力が必要なので、バレエが好きでなければ続けられないと思います。

海外に出て踊るダンサーは特にですが、つい身体性を自分と比べてしまいます。それで挫折してしまうダンサーもたくさんいます。。比べることは時として必要ですが、それをプラス思考に考えないといけません。自分にしかないものは必ずあります。『自分』はこの世の中に一人しかいないので、自分のいい所を見付けてそれをのばすことが大事です。そして、心が豊かでハッピーでいないと、生活が崩れるのはもちろんですが、それが舞台に出てしまいます。

----本日はお忙しところ、ありがとうございました。とても楽しく、有意義なお話をしていただいたと思っております。

吉田都×堀内元『Ballet for the Future』

<金沢>
●8/25(火)
●本多の森ホール(石川・金沢)
●S席7,800円/A席6,300円/B席4,800円(税込)
●開演時間=18:30
●お問い合わせ=北國新聞文化センター 076-260-3535

<東京>
●8/27(木)
●ゆうぽうとホール(東京・五反田)
●S席9,720円/A席8,100円/B席6,480円/C席4,860円(税込)
●開演時間=18:30
●お問い合わせ=チケットスペース 03-3234-9999
(月〜土10:00-12:00/13:00-18:00)

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関口紘一

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