ジョゼ・マルティネス、スペイン国立ダンス・カンパニーのパリ公演を語る

前回のニコラ・ル・リッシュに続いて、スペイン国立ダンス・カンパニーの芸術監督として、初めてパリ公演を行うジョゼ・マルティネスがパリのジャーナリストを前に大いに語った。

Q パリツアーの演目について話してください。

マルティネス パリ公演にはカンパニーの新しい姿に見合った作品が選ばれています。
カンパニーのためのプロジェクトには三つの柱があります。今日の大振付家、スペインの振付家、ネオクラシックとクラシックへの回帰、の3つです。
パリではまず、偉大な振付家マッツ・エックの『カシ・カサ(Casi Casa)』を採り上げます。エックの作品ではいつもそうですが、日常生活の人間関係を明快に描いており、現代生活の一端が鋭く表現されています。それに、エックほど有名ではないけれども傑出した振付けをするイジック・ガリーリの作品も入れました。彼がフランダース・バレエ団のために振付けた『Sub』で、フランス初演となります。エネルギーに満ち、最後はダンサーが完全に消耗するに至ります。ガリーリは私のカンパニーがアントウェルペン以外ではほとんど上演されていない作品を上演することを認めてくれたのです。カンパニーに全力を注いでいるダンサーたちにぴったりです。シカゴのHubbard Street Dance でレジデント振付家を務めているアレハンドロ・セリュード(Alejandro Cerrudo)の振付作品は『Extremely Close』です。スペインの振付家の作品を海外ツアーで取り上げることはカンパニーの使命であり、そのアイデンティティを明確にしてくれます。

(C)DR

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イジック・ガリーリの作品とは正反対の優しい、場所によっては時間が停止します。セリュードはキリアンのダンサーだったので、その影響を強く受けていますが、この作品ではフィリップ・グラスの音楽が作品に穏やかな充足感を与えています。さまざまな個性を持つカンパニーのダンサーたちの姿を見ていただくのにぴったりの作品が並んでいると思います。
パリには約30名のダンサーが来て、残りのダンサーたちは『ドン・キホーテ』のリハーサルに入ります。来年の2月には、ミュルシーで『ドン・キホーテ組曲』と名づけた、
第1幕と第3幕からの抜粋からなる40分の作品を上演します。小さいカンパニーという特徴を生かし、海外ツアーの間に残留組が別の作品を上演するわけです。

Q マッツ・エックの『カシ・カサ』について少し詳しく話していただけますか。

マルティネス エックは『カシ・カサ』で、パリ・オペラ座のために作った『アパルトマン』のソファーのソロをベースにして、この人物が軸になっていろいろな人と出会うことから展開する愛、憎しみ、コミュニケーションのむずかしさ、といった現代社会の側面を一人の人間によって表現しています。『カシ・カサ』というのは「ほとんどアパルトマン」という意味ですが、それは『アパルトマン』から多くの素材が採られているからです。より集約され、ダンサーは『アパルトマン』以上にエネルギーを集中して踊ることが求められます。エックらしくすべての動きが決められていて、即興の余地はありません。コンテンポラリー作品ですが、エックの作品はほとんどクラシック作品と同じように予め詳細な動きまでが決まっています。
私はダンサーとしてエックの『ジゼル』に参加し、『アパルトマン』を初演しています。『ベルナルダの家』も踊っていて、私のカンパニーのダンサーたちにぜひ知ってほしい振付家なのです。私自身が彼の作品を踊ることで成長できたからです。カンパニーの監督の喜びはよい振付家の作品を選ぶことで、ダンサーを育てることです。エックに来てもらうのは簡単ではなく、二年半前に彼に話をしたら「5月17日を初日にしたい」というので、スペインの劇場に次々に電話をかけて、2014年5月17日に空きのある劇場をセビリヤで見つけました。よくマニュエル・ルグリと話をするのですが、ウィーンではすべての枠組みがすでに出来上がっているのに対して、スペインでは一つ一つの公演が新しい冒険なのです。

「カシ・カサ」(C)DR

「カシ・カサ」(C)DR

Q 『ベルナルダの家』をスペイン国立ダンス・カンパニーのレパートリーに加えるおつもりですか。

マルティネス ええ、ただ問題はマッツ・エックが引退しようとしていることです。彼は別にやりたいことがあり、2016年に引退するつもりです。何度もスペインまで来てくれましたが、残りの時間があまりないので、彼を早めに説得する必要があります。
作品をもう一世代が踊ることはできても、その後はもう無理だ、というのがエックの見方です。彼が与えた作品のアイデンティティが失われ、デフォルメされてしまうおそれがあるからです。ですから、引退前にもう一度スペインに来てもらうように説得しているところです。パリのシャンゼリゼ歌劇場公演には来てくれるので、その機会に『ベルナルダの家』の上演許可をカンパニーに与えてくれるように話します。

Q スペインのダンス学校について話してください。

マルティネス 私が三日前マスター・クラスを行なったマドリッドのマリア・デ・アヴィア高等ダンス・コンセルヴァトワールが最高の学校ですが、それ以外にもコンセルヴァトワールがいくつもあります。特に男性ダンサーの水準が高く、昨年この学校から二名がカンパニーに入団しています。カンパニー付属の学校はないので、コンセルヴァトワールが養成機関です。オーディションには誰でも応募できますが、コンセルヴァトワールの出身者の水準が高いので、採用しています。現在カンパニーには14カ国の異なる国から来たダンサーがいます。ブラジル人、韓国人二人、日本人女性一人、と外国人にも広く門戸を開いています。同じ水準のダンサーが二人いたらスペイン人を採用しますが。それにクラシックのレパートリーを作るには、同じ学校出身者ならば同じ踊り方なのでコール・ド・バレエに統一感が与えられます。『ドン・キホーテ』や『ジゼル』を上演するには、同じように踊るダンサーがいなければだめです。ダンスカンパニーのディレクターは通常学校を出てから、すでに2・3年どこかのカンパニーで経験を積んだダンサーを採用します。私は経験者と学校を出たばかりの人の両方を採用しています。数名はパリ・オペラ座バレエ学校から入っています。その結果、非常に幅の広いダンサーが在籍しています。

(C)DR

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Q 44人のうちスペイン人ダンサーは何人いますか。

マルティネス 就任時に42人いたダンサーのうちスペイン人は4人でした。ナチョ・デュアト時代は完全にインターナショナルなカンパニーでした。現在、スペイン人は18人になりましたが、イタリア、フランスからのダンサーが多くいます。

Q スペイン人ダンサーの特徴は。


マルティネス 男性のテクニックの水準がきわめて高いのが特徴です。ダンスへの熱情とパワーがあります。外国人ダンサーでスペインに住んでいて、スペイン人ダンサー以上にスペイン的な人もいます。国籍は問題ではなく、どれだけそのダンサーに熱情があるかどうかです。

Q あなたはカンヌのダンス学校に入る前にマリア・デ・ダヴィアで学ばれたのですか。

マルティネス いいえ、スペイン南部の小さな学校から直接カンヌへ行きました。

Q 日本とフランス以外にツアーする予定はありますか。


マルティネス 中国ツアーから戻ったばかりです。コンテンポラリー作品を持ってドイツへツアーします。来年はカンヌ・ダンスフェスティヴァル、イタリア、7月にはメキシコへ行きます。さきほど申し上げたように、カンパニーは拠点劇場がないので、国内ツアー、海外ツアーで活動しているわけです。今シーズンはアジアツアーでしたが、南米、2016・2017年シーズンはアメリカツアーです。

photo/Hiroshi Sanko

photo/Hiroshi Sanko

Q ジャン・フィリップ・デュリのカンパニーElephant in the Black Boxとはどういう関係ですか。

マルティネス ジャン・フィリップは自分のカンパニーを創設していて、スペイン国立ダンス・カンパニーとはコラボレーションしています。私のカンパニーのダンサーがナチョ・デュアトの作品を踊りに彼のカンパニーに出かけていっています。奇妙なことですが、私のカンパニーではデュアトの作品を踊ることはできないのです。彼のカンパニーが私たちのスタジオで練習をし、私のダンサーが彼のカンパニーに参加するという協力体制です。彼のはマドリッドの独立ダンス・カンパニーです。
スペインには経済的に大きな問題があって予算があまりありませんが、それでもみんな何とか踊っています。お金がなくても前進する。独立カンパニーがたくさんあって、国際コンクールで優勝してその賞金で新しい作品を作っています。困難な中でも活気があります。失業者の数は多く、月末になるとお金が全くない人たちがいますが、お互いに助け合って暮らしています。こうした状況の中で、一つのプロジェクトを実現するということは大きな意味を持っています。

ジョン・フィリップはグラナダ劇場のレジデント・コレグラファーで、スタジオがありますが、そこがいつも使えるわけではありません。その場合には私たちのスタジオに来て、クリエーションのための作業をします。ですから私たちは二つスタジオを持っていることになります。朝10時から16時半までは私のカンパニーのリハーサルがあり、16時半から21時までは昨年から今年までで52人の振付家がレジデントとしてリハーサルに使っています。こうして競争が生まれ、3週間のリハーサルの後、金曜日に公演が行なわれます。リハーサルには40人から50人の人が作業を見に来ます。これが創作への刺激となっています。
1929年の経済危機は文化的には活気があった時期ですが、今のスペインも似たような状況ではないでしょうか。経済的な困難があるために、創造精神を啓発され、ツアーで舞台設営に一日しかかけられないので大掛かりな装置ではなく、別の方法を模索する。制約がある中でこうして絶えず可能性を探求することになって、ダンサーが本来求めていた創造性が触発されています。リスクがあるために、安心してあぐらをかいているわけにはいかないのです。

Q クラシック・ダンスを公演するスペイン国立ダンス・カンパニーへの関心が高まっているとおっしゃいましたが。

マルティネス それはクラシックを公演するからではなくて、カンパニーを人々に対して開かれたものにしたからです。前任者のナチョ・デュアトの時代にはカンパニーはデュアトのカンパニーであって、国外で公演し、ほとんどスペインでは公演がありませんでした。カンパニーが何をしているかスペインの人たちは知らなかったのです。私が考えたのは、このカンパニーは国立ですからスペイン人が舞台を見にこられるようにすべきだということ。レパートリーを広げるとともに、公演以外のアクティヴィティを平行して行い、公開レッスンを行なってダンサーが私たちといっしょに作業できるようにしました。カンパニーが社会的な役目を果たすように変貌したのです。人々がカンパニーの一部だと感じられるようになったのです。4月29日の世界ダンスディに、250人のダンサーでない人たちのためのレッスンを行ないました。こうした活動を積み重ねることで観客が公演に足を運ぶようになり、カンパニーが自分たちのものだ、と感じられるようになったのです。次のスペクタクルは何だろう、といった関心を持てるようになりました。次の公演場所はどこだろうか、と。
確かに振付家がダンサーと仕事をしている場所に、40人もの人たちが入ってきて見学するというのは、振付家やダンサーにとっては簡単なことではありません。振付家やリハーサル指導者、ダンサーの了解が必要です。しかし二週間に一度、練習を開放することでカンパニーのヴィジビリティが高まり、社会的に位置づけられたのです。補助金という国のお金を使っているのですから、その恩恵は市民全員に還元されなければいけません。特に経済危機で、限られている予算を文化に配分する必要があるのか、という論議があります。病院の財源が不足しているときに文化にお金を使う。それには文化の社会的使命を果たすことが欠かせません。それをダンス監督就任以来、実践してきました。
メセナを発展させざるを得ない状況で、ルイヴィトン・グループが三年間、資生堂、などスポンサーがぼつぼつ付き初めています。カンパニー振興会というメセナの組織が創設され、これからも広げていく必要があります。
昔は国立なので、メセナから支援を受けることはできませんでした。それが経済危機で変わったのですが、メセナ法がまだないために税金の優遇策がなく、メセナが集まりにくい状態です。
入場料収入が目標額に到達すれば、国の補助金が翌年度に増額されるのですが、過去18年間、一度も目標に達したことがなかったのです。昨年はじめて目標をこえたのですが、経済危機のために増額はありませんでした。原則的には目標到達の翌年には補助金が増えることになっているのですが。

Q ローザンヌ国際バレエコンクールとの協力体制を作る計画はありますか。

マルティネス 3年前に審査員だったので、パートナーになっています。一方、昨年夏東京の第1回国際ダンスコンクールに審査員として招かれ、入賞した女性二人が研修生としてカンパニーに来ます。カンパニーはダンサーのインフォーメーションに力を入れていますし、ローザンヌのような高水準のコンクールに入賞した若い優秀なダンサーを研修生として迎え入れることは大きなプラスで、研修後そのまま入団という可能性もあります。

Q パリで最後にスペイン国立ダンス・カンパニーが踊ったのはいつですか。

マルティネス 2009・2010年のシーズンにナチョ・デュアト振付の『アラス』をシャトレ歌劇場で踊ったのが最後です。2010年の年頭でした。

Q これからのカンパニーの予定は。

photo/Hiroshi Sanko

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マルティネス 4月にマドリッドでスウェーデンの振付家ヨハニンガーの新作『カルメン』を上演します。この作品を来年国内と国外のツアーで公演します。次のシーズンは『ドン・キホーテ』になります。

Q あなた自身がご自身が踊ることはありますか。

マルティネス 私自身はもうほとんど踊っていません。踊るにはあふれるような感情が必要です。ダンサーの仕事は身体レベルで極限まで行くことだけではなく、身体は道具に過ぎません。一番大切なのは自分の感情表現を伝達して、どれだけ観客の心を揺り動かせるか、その感情を波立たせるかなのです。

Q お忙しいところたくさんお話いただきまして、ありがとうございました。

・スペイン国立ダンス・カンパニーのパリ公演

2015年1月27日〜29日20時開演 パリ、シャンゼリゼ歌劇場
イジック・ガリーリ振付『Sub』アレハンドロ・セリュード振付『Extemely Close』マッツ・エク振付『カシ・カサ』

インタビュー&コラム/インタビュー

[文]
三光洋

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