【来日公演直前インタビュー】
スペイン国立ダンスカンパ二ー芸術監督、ジョゼ・マルティネス

「コンテンポラリー・ダンスとクラシック・バレエの魅力がとも味わえるカンパニーを楽しんでいただきたい!」

----マルティネスさんといえば、まず、パリ・オペラ座バレエ団に振付けた『天井桟敷の人々』のことが思い浮かびます。ガルニエ宮に19世紀パリの犯罪大通りをそのまま持ち込んでしまうような、大きな舞踊の構想をいつごろどういう形で思いつかれたのですか。

マルティネス この作品は、原作となった映画『天井桟敷の人々』を愛するオペラ座の前オペラ座バレエ団芸術監督ブリジット・ルフェーブルが、バレエにしてみないか、と私に声をかけてくれたのが始まりです。この素晴らしいアイディアが実現した今となっては、これを思いついたのが自分ではなかったことに嫉妬を覚えるくらいの気持ちです。というのも私の世界観ともよく合う作品だからです。おっしゃる通り、あれほどの大きなセットを組んだ映画をガルニでの舞台に持ち込むということは、とても難しい仕事でした。それがこの作品にとってまず最初に解決すべき大きな問題でした。映画はカメラ自体が動くので、場を自由に移って行くことができます。それに対して、舞台はひとつの場所にあり続けなければなりません。その解決策として考えついたのが、舞台装置が動く、可動性のあるものを作るということでした。ひとつの軸を基に回転して行く舞台装置ということを思いつきました。舞台転換の方法として、幕を下ろしてその幕前でちょっとした芝居をするうちに、後ろで舞台が転換していく、というありきたりの方法をとることがいやだったんです。そのような方法ではなく、すべてが見えている状態であらゆるものが移り変わって行く、それをどのように実現したら良いかを考えた時に、軸を持った回転する舞台装置というものが生まれた訳です。

【来日公演直前インタビュー】 スペイン国立ダンスカンパ二ー芸術監督、ジョゼ・マルティネス

それができたことによって、部屋の中と外というものが簡単に見せられ、伝えられることになりました。通りに沿って家があっても、それがくるくると回転することによって室内と室外というものが移り変わって行く、という表現が出来ました。すると結局、広さを表わしたいのであれば、その部屋のディメンションを調節する、広い場所でしたらその家の大きさを調整していくことで、(カメラにより)空間を移動することができないという舞台表現の問題は解決しました。

----今回、スペイン国立ダンスカンパニーの来日公演で上演するにあたっては、アレンジされるのですね。

マルティネス 抜粋ですので、まず作品全体のコンテキストの外にあるとご理解ください。絨毯を敷いてピアノの音楽とともに踊ります。場面としてはバチストとガランスの二人の主役が踊るパ・ド・ドゥになります。ある意味この作品のダンスのエッセンスであるような場面です。二人の主役のセンチメンタルな場面になると同時にこのプログラム全体を通して俯瞰すると、プログラムとはちょっと違う感じのポエティックな場面として上演されます。

【来日公演直前インタビュー】 スペイン国立ダンスカンパ二ー芸術監督、ジョゼ・マルティネス

----ガランスとバチストのパ・ド・ドゥは二回あったと思うのですが、最初は出会いで最後は宿命的な別れのシーンでしが、どちらが踊られるのですか。

マルティネス 別れのパ・ド・ドゥになります。ガランスがバチストを愛していはいるけれど一緒になることは出来ないといって、別れて行く場面です。ピエロの姿をしたバチストのダンスをそこにつけ加えます。彼女が去って行ってしまうことへのバチストの絶望も加えた場面となります。

-----別れのパ・ド・ドゥは素晴らしいダンスで、『オネーギン』のパ・ド・ドゥにも匹敵する近年の傑作だと思いました。

マルティネス ありがとう。『オネーギン』にたとえてくださって光栄です。

-----2011年にスペイン国立ダンスカンパニーのディレクターになられましたけれど、当初、構想されていたことは実現しつつありますか。

マルティネス そうですね、カンパニーにくる前から構想していたことは、わりと早く実現することができました。予想より早いペースで仕事は進んでいる、ということができると思います。
けれども、ディレクターの仕事というのは思い通りにならないものです。というのも、こういう構想があってそれが実現できた、というのではなくて、ひとつのことができたらそれに連続してまた次のものを始めます。つまり仕事がどんどん連鎖していく、終わりのない仕事です。そいうことはディレクターになる以前には特に理解していないことでした。ですから、ディレクターの仕事というのは、振付家を招いて新作を創る、ダンサーを育成していく、ひとつひとつ終わって次に進むのではなく、ひとつのことがまた次の仕事に繋がっていく、そういう流れの中に今、自分はいます。

----ダンサーとしての仕事には満足していますか。

【来日公演直前インタビュー】 スペイン国立ダンスカンパ二ー芸術監督、ジョゼ・マルティネス

マルティネス ダンサーとしての今の自分は、二つ目の二次的な活動に自分の中で位置づけられているということができます。もちろん、一番目に大切なことはディレクターの仕事で、自動的にダンサーというのは二番目に自分の活動の中ではなっています。
けれどもそれによって、踊ることの喜びは以前よりも高まっているということができます。というのは、ダンサーが一義的な仕事であった頃は、義務という考えがありました。しかし、義務という考えが取り払われた結果、踊ることが本当に楽しく、学ぶこともいろいろとあることに気付くようになりました。

----最近、ダンサーとして楽しかった舞台は何ですか。

マルティネス そうですね、ダンサーとしてはパリ・オペラ座で最後に踊ったマッツ・エクの『アパルトマン』だと思います。それ以降は各地のガラ公演でパ・ド・ドゥはよく踊っています。『白鳥の湖』『シンデレラ』『天井桟敷の人々』のバチストとか。アニエスと一緒にいろんなガラ公演に参加しています。アニエスと踊っているということは、自分のカンパニーでは踊らないということになります。

----せっかく、マルティネスさんを招聘したのに踊られないのでは、スペインのファンはがっかりするのではないですか。

【来日公演直前インタビュー】 スペイン国立ダンスカンパ二ー芸術監督、ジョゼ・マルティネス

マルティネス そうですね、がっかりしている人はいると思いますが、どうしてもダンサーとの両立が難しいのです。カンパニーのディレクターとしての仕事が非常に時間をとりますし、それと両立させて踊るということは困難です。さらに私のカンパニーは、クラシックのダンサーとコンテンポラリーを得意とするダンサーの二つのグループがあります。この二つのグループがパラレルに活動している、と言いますか、カンパニーの中に二つのカンパニーがあるという風にもいえます。私がディレクターに就任してからこういう形に再構成しました。そこで私が踊るという時間はありませんし、そこに自分が入り込むというのも難しいことです。

そして私が踊る時には、個人的には楽しみのために良く踊りたい、と思っています。ですから、必ずこういう期間に踊らなければならない、と決められるのではなく、自分が踊りたいというものを良く踊るためには、現在のやり方が良いと思います。
日本では踊るのにスペインでは踊らない、と言われたりもしますけれども・・・・

----今回上演されるのはキリアンやナハリンなどヨーロッパのコンテンポラリー・ダンスですが、スペインでもコンテンポラリー・ダンスは盛んですか。

マルティネス 今回は今の体制になってから初めての日本ツアーということもありまして、確かに有名なヨーロッパの振付家のプログラムを組んでいます。けれどもスペインのコンテンポラリー・ダンスのシーンにも非常におもしろい振付家はたくさんいます。そう言う人たちにもチャンスを与えるというのが、国立のカンパニーとしての自分のミッションのひとつだと考えています。
たとえばいくつか名前を挙げるとすると、マルコス・ムラス、アランチャ・サガルドイ、イバン・ペレス、イゴイオ・モンテロといったスペイン人の振付家で才能を持った人たちがいます。彼らは小規模のコンテンポラリー・ダンスのカンパニーで活動していたために、多くの観客に作品を見せる機会がなかなか得られていません。私と国立のカンパニーの使命としてこうした振付家にもチャンスを与えて、将来的にはそうした作品をツアーさせて行こうと思っています。

-----スペインといえば、プティパやディアギレフ、あるはベジャールなどが魅了された素晴らしい伝統的舞踊があります。そうしたものとコンテンポラリー・ダンス、あるいはクラシック・バレエをどのように捉えて、どう展開していこうと考えられていますか。

マルティネス まさにそのことが私の大きな命題です。たとえばクラシック・バレエについては、スペインには多くの観客がいます。けれどもスペインの持っていた問題というのは、こうした多くの観客を持っているクラシック・バレエを上演できるカンパニーが存在しなかったことです。ですから外国のカンパニーを招聘して観客を満足させている時代が続いています。そうした潜在的な需要のあるクラシック・バレエを、再びスペインのダンスに結びつけるという、まさに今、私たちがやろうとしている仕事です。私がスペインに来て気付いたことは、クラシック・バレエの観客は確かに多くいて、彼らはクラシック・バレエばかりを観ます。コンテンポリー・ダンスの観客もスペインには多く存在していますが、彼らはコンテンポラリー・ダンスばかりを観ています。つまり、クラシックとコンテンポラリーの間に大きな溝があって、二つの観客が混ざり合うということがない、これがスペインに来て私が見つけたことでした。
そこでカンパニーの中に多様性を持たせるために、ひとつのカンパニーの中にクラシックとコンテンポラリーの二つのカンパニーを存在させることにしました。つまり、私のカンパニーのダンサーの半分はコンテンポラリーに強く、もう一方のクラシックに優れたダンサー、という多様性がカンパニーの特徴のひとつとなっています。

「ヘルマン・シュメルマン」photo/Emilio Tenorio

「ヘルマン・シュメルマン」photo/Emilio Tenorio

こうしすることによってたとえば今年、創立35周年を迎えましてその記念公演があるのですが、二つのプログラムが用意されていて、ひとつはクラシックで、バランシンの『アレグロ・ブリランテ』『ライモンダ』『ドリーブ組曲』で、もうひとつはコンテンポラリー作品を集めたプログラムです。ひとつのカンパニーがこうした異なる傾向のプログラムを上演することで、どちらの観客にも広くアピールできるのではないか、と思います。

-----なるほど、そうした試みを意識的に行っていこうということですね。期待しております。

マルティネス そうですね、これはある意味必然的な方向だと思います。前任者が重きを置いていたコンテンポラリーを止めてしまうということは、自分にとってコンテンポラリーとクラシックというものは、補完的な二つのダンスの傾向であるので、コンンポラリーがなくなったカンパニーというのは、21世紀には弱いカンパニーだと思います。

-----ところで、マルティネスさんが踊った『三角帽子』は、たいへん好評でした。マシーンの他の作品にはご興味がありますか。

マルティネス 『美しきドナウ』『幻想交響曲』、今、思い出すのはその二つですが、他にもマシーン作品は踊っていると思います。

「ヘルマン・シュメルマン」photo/Emilio Tenorio

「ヘルマン・シュメルマン」photo/Emilio Tenorio

----マシーンはロシア人ですが、スペイン人が驚くほどスペイン舞踊を完璧にマスターして作品を振付、踊りました。日本にいるとあまりマシーン作品には出会えません。マルティネスさんがスペインで活動される機会に、ぜひ、マシーン作品を採り上げていただきたいと思います。それはスペイン舞踊とクラシック・バレエにとって大切なことだと思います。
マルティネスさんはフランス文化の中で育ったとおっしゃられていますが、スペインの国立の舞踊団の芸術監督になられて、『天井桟敷の人々』に匹敵するようなスペイン文化を包含するような、スケールの大きな作品を創る構想はお持ちではないですか。


マルティネス スペインの歴史をテーマにした作品を創ったことがあります。スペイン市民戦争を舞台にしたバレエで、直訳すると『不在の香り』というタイトルになります。不在の中にある女性たちの孤独をテーマとしたものです。市民戦争が始まって、夫であり父である男たちが戦地へと赴いて行く、女性たちは村の生活の場に留まり、時により恐怖や不安に苛まれながら、男たちの知らせを待って暮らす。そうしたスペインの女性たちを描いたバレエです。スペインの暗い時代を表象している30分ほどの作品です。これはスペインに戻る前の2006年頃にパリで制作しました。パリ・オペラ座のダンサーたちが振付け、自分たちで踊るというイベントの中で振付けましたが、その後も踊られています。
スペインに関する事柄は、常に自分の頭に留まっています。

-----今回のスペイン国立ダンスカンパニーの公演の見所と、ダンサーたちのことについて教えてください。

マルティネス プログラムは全体の一貫性を意識して組んでいますので、どの作品が特別な見所とは言えないですが、大きな作品と言えば『マイナス16』です。最後にあるサプライズが用意されていますし、観客との相互作用というものを上手く採り入れたおもしろい作品です。
全体は、まず第1部のような形で、ガリーリ振付の『Sub』。これは力強くエネルギーの溢れた男性のダンスです。次のキリアン振付の『堕ちた天使』は、逆に女性の作品であり、官能性が香ってきます。この2作品は、カンパニーのコール・ド・バレエを紹介するものです。ソリストがソロで踊る場面はなく、私たちのカンパニーをグループとして紹介します。
続く第2部的な舞台は、カンパニーのソリストを紹介する作品です。フォーサイスの『ヘルマン・シュメルマン』は、5人のソリストとデュオが展開します。ポワント・シューズを履いて踊ります。先に上演されるガリーリやキリアンよりもネオ・クラシック的です。つまりここまでの過程で、私たちのカンパニーがこの3年の間に辿った進化をヴィジュアルに感じていただける構成となっています。
そしてクラシック作品が『天井桟敷の人々』です。ここでまた、カンパニーのもうひとつ別の魅力を紹介することができます。
こういった構成のプログラムを通して、私たちのカンパニーのダンサーのヴァラエティ、多様性、ダンサーの個性、異なるプロフィール、というものを強く感じていただけると思います。プログラムの真ん中のフォーサイス作品は、カンパニーのコンテンポラリーの魅力とクラシックな魅力の両方を味わっていただけると思います。その前に上演されるキリアンとガリーリの作品は、ダンサーそれぞれが持っている力強さ、パーソナルなエネルギーを強く感じていただけます。その後に踊られるソリストによる舞台では、官能性やロマンティックな魅力などダンスのまた違った局面を楽しんでいただけると思います。

「マイナス16」photo/Jim Zarzuela

「マイナス16」photo/Jim Zarzuela

----いつもダンサーたちはクラシックのクラスを受けているのですか。

マルティネス 普段はクラシックのグループもコンテンポラリーのグループも一緒です。ベースはあくまでクラシックにおいているので、毎日、1時間半ほどのクラシック・テクニックのクラスを全員が受けます。その後は、コンテンポラリーの得意なダンサーたちは、より多様な床を主に使った練習をします。
ダンサーたちは混じり合った状態です。『ライモンダ』のようなクラシック・バレエもあれば、全くのコンテンポラリー・ダンスもあります。この両極が極端な場合もあります。それ以外にフォーザイス作品とか、他の作品も踊ることがあるので、このダンサーは必ずコンテンポラリーを踊る、といった決め方ではありません。両方の傾向が共存しているという状態です。
私たちのカンパニーに必要とされるダンサーというのは、強固なクラシックのベースを持ちながらマインドが非常にオープンであり、新しい多様な振付家と仕事をする準備ができている広がりを持ったダンサー、ということです。たとえばイタリア人のアレッサンドロというダンサーがいます。彼はフレンツェ・バレエのプリンシパル・ダンサーとして『ドン・キホーテ』や『白鳥の湖』を踊っていました。それが私たちのカンパニーに来て、まず最初にコンテンポラリー・ダンスを踊りました。そして次の公演で、彼は私が振付けた『ドン・キホーテ』を踊ります。ですから彼がかつて踊っていたことが無駄になる訳ではなくて、それも当然カンパニーでは必要とされる訳です。
今回の日本公演の前には中国で公演しましたが、来日する多くのダンサーは中国で『ライモンダ』を踊ってきました。そのように私たちのカンパニーでは、コンテンポラリーもクラシックも両方を踊りこなす必要があります。

-----多くのカンパニーではディレクターが変わると、今までのもをすべて捨てて新しいものに取り替えようとします。しかし、マルティネスさんは前任者の活動も活かして運営しようとしています。とても期待が持てます。

マルティネス そうですね、私は新しいディレクターが過去ののものをすべて切り捨てて、新しいものを始める、ということは間違ったやり方だと個人的に思います。それまで築き上げられたものをベースとして、さらに発展できる可能性があるからです。特にスペインでは、過去のものがどんどん切り捨てられている、といった傾向がありました。その結果、クラシック・バレエの演目がまったくスペインのカンパニーでは踊られなくなってしまった訳です。現在私は、そう言った方向とは違う仕事をしています。

-----ありがとうございました。とても興味深いお話をうかがうことができました。スペイン国立ダンスカンパニーの来日公演の舞台をとても楽しみにしております。

「堕ちた天使」photo/Emilio Tenorio

「堕ちた天使」photo/Emilio Tenorio

スペイン国立ダンスカンパニー
●11/30(日) 愛知県芸術劇場大ホール
●12/5(金)〜6(土) KAAT神奈川芸術劇場ホール

チャコット・カルチャースタジオ【勝どきスタジオ】
11/27(木)<特別講座>元パリ・オペラ座エトワール ジョゼ・マルティネズのバレエレッスン!

チャコット名古屋店 トーク&サイン会

インタビュー&コラム/インタビュー

[インタビュー]
関口紘一

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