ザ・スワンザ・ストレンジャー役のマルセロ・ゴメス、王子役のクリストファー・マーニーにインタビュー

----今回の『白鳥の湖』客演は、昨年マシュー・ボーンが『眠れる森の美女』を持ってニューヨーク公演を行った際に話し合われたのでしたね。
マルセロ・ゴメス(以下ゴメス)そうです。10年前にマシュー・ボーン版『白鳥の湖』を観て以来、この作品を踊ることを夢見ていました。去年マシューと話し合った時から、今年9月の日本公演へ出演を目指して準備を進めてきました。今年2月に、この作品のアイルランド公演があったので日本での主演を念頭に置いて、しっかり作品を鑑賞し、その後ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場で3日間振付を習い、共演する予定の相手役クリストファー・マーニーと2人で踊る部分を合わせました。

----カンパニーのメンバー全員とリハーサルした感想はいかがですか。
ゴメス 僕は日本公演にだけ参加するわけですが、「お客様的なゲスト出演」ということはまったく考えておらず、この作品を主演するにあたって、事前にカンパニーにしっかり溶け込み、カンパニーの一員として、ザ・スワンとザ・ストレンジャーを演じ、踊りたいと思っていました。昨年、ニューヨークでマシューと初めて会って話した際、その気持ちを打ち明けると「それこそが僕が君に期待することだよ」と言われ、その直後、一気に彼と打ち解けることができました。

Photo/Jade Young

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ボーン版『白鳥の湖』は、これまで僕が踊ってきたクラシック・バレエやネオ・クラッシック、コンテンポラリー作品とは、ダンス・スタイルも使う筋肉も大いに異なります。また10年来の憧れの作品と役柄を踊るわけですから「徹底的に作品や役を理解し、掘り下げて良い公演にしたい」と考えていました。
ですから今回ロンドンのリハーサルに臨んだ僕は、数えきれないほどの質問を持ってスタジオ入りしたんですよ。指導者の皆さんや相手役のクリストファーは、そんな僕にたいへん辛抱強く接してくれ、数々の質問に答えてくれましたし、僕以外の主演者であるジョナサン・オリヴィエとクリス・トレンフィールドも僕にたいへん親切で、この作品を主演するのに役立つアドバイスをくれましたから、僕自身今では彼らのファンになってしまったほどです。この作品を長く踊り、振付を自分のものにしているカンパニーのダンサーたちとリハーサルして、彼らに触発され、「彼らから新たなスタイルを学び、より優れたアーティストになりたい」という気持ちでいっぱいになりました。
振付家であるマシュー本人からアドバイスをもらえたのも素晴らしい体験でした。マシューはこの作品の創造者ですから、ダンサーに求めるものが明確なんです。既存の作品を初めて習う場合、ダンサーは(映像などを観て1人で)振付を覚えたとしても、振付に潜む意味や、場面・場面で自分が考えている雰囲気作りが正しいのかどうかは、解りませんから1人では限界があります。それをマシュー本人に確認することでリハーサルが完成するわけです。

Photo/Angela Kase

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----シューズを履かずに踊ることや、クラシックと異なる身体の筋肉の使い方には慣れましたか。
ゴメス シューズを履かずに踊ることに対しては、ロンドン入り前から個人で練習を重ねて足を慣らすよう努力していました。足にテーピングして踊るのですが、時として滑りやすいので注意が必要ですし、旋回技ではシューズを履いて踊る時以上に体の重心を意識する必要があります。足についてはもう慣れました。身体や筋肉の使い方をマスターする方がたいへんでしたね。
例えばザ・スワンの腕の使い方については、古典バレエの白鳥を踊るバレリーナたちの腕使いとは違い、もっと肩の筋肉を奥深くから充分に使う必要があるといったようなことを学ぶ必要がありました。

----ゴメスさんが考えるザ・スワンとザ・ストレンジャー像について教えてください。
ゴメス とても難しい質問ですね。(と言って少し考えた後で)僕の考えるザ・スワンは王子を守る天使(ガーディアン・エンジェル=守護天使)のような存在です。ザ・スワンに出会う前の王子は、人を愛する準備が出来てはいるものの、誰に愛を捧げたら良いのかよく解っていません。それがザ・スワンと出会って彼の美しさに魅了され開眼する。白鳥を観察すると、美しいけれども時に凶暴な鳥であることがわかるのですが、僕自身は第2幕のザ・スワンには王子に再び愛の重要性を教え、「彼を愛したからといってその後、裏切られて傷つくことはないのだ」といった安心感をも与える「慈愛に満ちた聖なる存在」です。この解釈を胸に今回日本でザ・スワンを演じ踊り始めるつもりです。主演回数が増え、舞台経験を積むことで何か発見があり、新たな解釈に導かれることもあるかもしれませんが。
一方でザ・ストレンジャーは非常に魅力的ではありますが、舞踏会に現れ宮殿に集まった男女すべてを挑発し魅了する、たいへん性的な存在で、王子を苦しめる酷い男です。

Photo/Angela Kase

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クラシック・バレエの『白鳥の湖』でいえば、ブラック・スワンと悪魔ロットバルトを1人にしたような人物。3幕のザ・ストレンジャーと王子との接触は少ないので、2幕でザ・スワンを愛してしまった王子を不安に陥れます。3幕のザ・ストレンジャーの行動が現実のものなか、それとも王子の想像の産物なのか、それは観客の皆さんの想像にお任せします。

----ザ・ストレンジャー役はゴメスさんに良くお似合いになるでしょうね。
ゴメス そう思われますか? どうもありがとう。僕たちブラジル出身の男性ダンサーは皆情熱的だからかな、この作品の主演はダンサーにとって2つの全く異なる役を演じ踊る醍醐味があり、その部分が僕にとってはたいへんな魅力で10年来この作品の主演を熱望してきましたから、今回、日本でザ・スワンとザ・ストレンジャーの2役にデビューし、主演することについては、僕自身本当に興奮を抑えきれない気持ちでいます。

Photo/Angela Kase

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----ザ・スワンとザ・ストレンジャーはたいへん異なる役柄ですが、それぞれの役への切り替えは、瞬時に出来るのですか。
ゴメス 5歳から10代初めまで、僕は自分の国ブラジルでバレエ教育を受けました。ブラジルでは「自分らしく(個性的で)あること」や「公演ではお客様を意識し、お客様に楽しんでいただくこと」を意識するよう教えられます。そんな背景もあって僕が物語作品に挑む場合は、まず自分の想像力を最大限に駆使して「与えられた役をどう(自分らしく)表現しようか」ということを徹底的に考えます。役作りが出来上がれば「公演前に役に成りきること」や「幕ごとに異なる役を演じるために心を切り替える」というのは、僕には瞬間的に出来るんです。

ザ・スワンとザ・ストレンジャーは衣装も全く違いますから、2幕の白い衣装から3幕の黒の衣装に着替えながら楽屋の鏡に自分を映した段階で、もうザ・ストレンジャーになる準備が完了しているはずです。

物語作品を踊る上でダンサーが追い求める究極の舞台とは「リハーサルの段階で振付を完全に自分のものにし、舞台ではステップに気を取られることなく作品世界と自らの役を生きることだと思います。マシュー本人からも「ただ演ずるのではなく役を生きろ」とアドバイスされました。

----王子役のクリストファー・マーニーについて教えてください。

ゴメス 音楽性に優れ、高い身体能力を持った素晴らしいダンサーで、性格的にもオープンで相手役としてたいへん仕事がしやすいです。この作品と振付や役柄を深く理解し踊るために、彼を質問攻めにする僕を良く受け止めて辛抱強く接してくれます。
演技者としても優れていますから僕を大いに触発してくれる存在です。「彼やカンパニーと共に学び成長することでより良い舞台を作り上げたい」という僕の希望に応え、踊り手として共にステップアップできる、リハーサルでもオフでも心を割って話し合えるし、理想的なパートナーです。それに舞台は生ものですから同じ作品を同じ相手役と踊っても、日々新しい発見があったりして毎日違ってくるものですが、彼は僕のその時々の変化にとても敏感で、僕の変貌に呼応して演じ踊ってくれダンサーであることも、共に舞台を創り上げる相手として嬉しく感じています。

(ここで王子役のクリストファー・マーニーが短時間だがインタビューに加わってくれた。)

----マーニーさんは随分長くカンパニーと活動を共にされていますね。
クリストファー・マーニー( 以下マーニー) そうですね。99年にバレエ学校を卒業し、カンパニーがロンドンで『白鳥の湖」をリバイバル上演する際舞台に立ったのが始まりでした。

----ボーン版『白鳥の湖』の王子役は、過去の日本公演でも踊っていらっしゃいますね。
マーニー はい。10年前の日本公演で踊りました。

クリストファー・マーニー

クリストファー・マーニー

----ゴメスさんの前には何人のザ・スワン、ザ・ストレンジャーと共演されていますか。
マーニー 6、7人の相手役と共演したと思います。
ゴメス ワ〜オ! そんなにたくさんの相手役と踊ったの?(笑)
(マーニー頷きながら笑う。スタジオ内に2人の笑いが反響)

----ゴメスさんとのリハーサルはいかがですか。

マーニー 彼とは4月に初めて顔合わせをした後、3日間リハーサルしてお互いを知ることから始めました。そして日本での初共演前に今ここで2週間リハーサルしているところです。顔合わせ直後からたいへんスムーズにリハーサル出来、作品中の心のやり取りも自然に行うことが出来たのは嬉しい驚きでした。
実は今回僕がこの作品の王子を踊るのは7年ぶりなんですよ。マルセロという新しい相手役と再びこの作品に向き合えるのはとても楽しいですね。彼は今回作品を初主演するということで、ゼロから役を作り上げる必要がありました。その彼と作品や役に付いて細かく話し合った過程は、僕自身にとっても貴重なものでした。事細かに話し合うことで新たな発見があり、以前踊った時とは異なる王子の側面が僕の中から引き出されたり、ダンサーとしての僕のキャリアの中でも特別なひと時を過ごしているところです。

Photo/Angela Kase

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ゴメス 照れてしまうよ・・・・。(スタジオ内に2人の笑いが反響)
君が来る前にこのインタビューで語ったんだけど、一緒にリハーサルするにあたって君を質問攻めにしたよね? この作品を踊るのは初めてだし、王子役の君と共演するにあたって作品背景やザ・スワンと王子が2人で踊る部分について徹底的に知った上で、君とこの作品を作り上げたかったんだ。君はそんな僕に真摯に向き合い、心を開いて共に考えてくれた。君は僕が相手役に求める物をすべて持っていると気が付いて、とても心強く感じていた。

マーニー (頷きながら)実際、彼とは随分細かいところまで話し合いを重ねてリハーサルしてきました。僕たちは似たところがあって舞台への取り組み方についていうと「振付を正しく踊る」以上に作品や役柄を掘り下げて考え、舞台の上で心を通わせ合いたいと願うタイプなんです。作品にセリフはありませんが、僕たちが踊る部分にはザ・スワンと王子の間に、お客様の耳には聞こえない会話が交わされているように感じていただけるのではないでしょうか。

ゴメス (頷きながら)ただ僕はパフォーマンスというのは「舞台に立つ前に何もかも計算しつくしてしまい、作り上げた演舞のやりとりを毎晩くり返すのではなく」て、「舞台で共演を重ねるにつれ新たな発見があって日々変化・発展するものだ」と思っているから、その僕の変貌に瞬時に気付いて応えてくれ、舞台の上での「その瞬間」を共有できるパートナーが必要だから理想的なんだ。君はそれが出来る相手役だとわかってとても嬉しく感じている。
(マーニーうつむいて静かに微笑む。)

----マーニーさんが考える王子像について教えてください。

マーニー 自分を導き愛してくれる相手を必死で探しているのに、周囲には純粋な意味で彼を愛してくれる人は誰もいない。愛を捧げられる相手を探しても見つけることが出来ない。人生を謳歌することができない孤独な人物です。
宮廷内で権力を持つ女王=自らの母との関係、王子という立場と彼に求められる役割は彼にとってたいへんな重圧で窒息しかかってる。新しい世界や対象を夢見ているのに、それが得られない。絶望の極致で出会ったのがザ・スワン=白鳥というわけです。実はザ・スワンは王子の少年時代から彼の成長を見守っているのですが、王子は彼を見ることができません。僕自身は「ザ・スワンは王子の人生が最も行き詰った時に、王子と出会い彼を救うよう運命づけられていた」、と考えています。

----ボーン版『白鳥の湖』は男性が白鳥を踊るたいへんユニークな作品として知られていますが、実は王子と白鳥との「愛の物語」ですよね。その愛が世界中の観客の心をつかみ、作品の大ヒットとローレンス・オリビエ賞、トニー賞といった数々の賞の獲得につながったのではないでしょうか。
マーニー その通りだと思います。

ゴメス 僕もそう思う。現実世界で愛に苦しんでいる人々や、自分の役割からくる重圧に悩んでいる現代人の誰もが、この作品を観ることで「希望の光」を見い出せる。残念ながら他の多くの『白鳥の湖』がそうであるようにボーン版の『白鳥の湖』も悲劇的な終わり方をするけれどね。ただ悲劇とはいえ作品の最後の王子とザ・スワンには、何か強い結びつきを感じるよね。彼らは精神的に結ばれることで互いを救ったのではないかな。

マーニー   (ゴメスの発言に頷きながら)僕自身は作品の中では描かれていないものの王子とザ・スワンは「2人の愛はこの世では受け入れられない」「2人は共に存在しても幸せにはなれない」と悟ったんだと思う。だから作品の最後でザ・スワンは消え去り、王子は死んでゆくけれども、それは「孤独な死」ではなく「恍惚とした喜びに満ちた死」であって、王子が死ぬことで2人は初めてで結ばれると思う。

Photo/Angela Kase

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ゴメス 僕も全く同感だな。

----日本のファンへのメッセージをお願いします。
ゴメス 日本のダンス・ファンの皆さん、マシュー・ボーン作品のファンの皆さん、ロンドンのリハーサル・スタジオで2週間にわたってカンパニーの皆とリハーサルをしています。
これまでたくさんの作品を踊ってきましたが、ボーン版『白鳥の湖』は、僕が10年もの間主演を熱望してきた作品ですから、日本の皆さんに僕のザ・スワンとザ・ストレンジャーを観て頂けることに、自分の生涯でもかつて感じたことのなかったほどの興奮をおぼえています。
マシュー・ボーン振付のユニークな『白鳥の湖』を是非ご覧になって下さい。そして皆さんとこの作品の感動を分かち合えたら、と願っています。

マーニー これまで何度も日本を訪れ公演していますが、今回僕が最も好きな作品である『白鳥の湖』の王子役をマルセロと踊る舞台を、日本の皆さんに観ていただけることをたいへん嬉しく思っています。

(リハーサルのスケジュールが詰まっているマーニーはスタジオに戻る)

Photo/Angela Kase

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----お忙しいと思いますが東京滞在中にしてみたいことは何でしょう。
ゴメス 前回東京に行った時、東京在住の友人が、新しくできたブルガリのブティックの入ったビルの上にあるレストランに連れて行ってくれたんだ。ルカという名前のシェフによる、日本の(懐石)料理の影響を受けたイタリアンが素晴らしかったんだ。是非また行ってみたいな。

----日本料理がお好きなんですね。
ゴメス そう。寿司も日本酒も好きだし、懐石料理の盛付は、まるで芸術作品のように素晴らしい。焼き鳥のような庶民的な食べ物も大好きなんだ。
あとやっぱり東京ではお買い物だね。表参道で服が買いたい。僕は海外ではその国のブランドに興味があるんだ。たとえば今いるロンドンだったらテッド・ベーカーとかね。だから表参道では日本のデザイナーの服を買いたい。

----ロンドンはいかがですか? イングリッシュ・パブに行かれましたか。

ゴメス カンパニーの男性たちが連れて行ってくれたよ。ロンドンはソーホーが好きで良く行くんだ。素晴らしいレストランがたくさんあるのも嬉しい。僕は食べ物に対してはとても好奇心旺盛。食べたことのない物に挑戦するのが好きだし、食べ歩きが大好きなんだ。

----今日はリハーサルの忙しい合間にありがとうございました。

Photo/Angela Kase

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マシュー・ボーンの「白鳥の湖」
●9/6(土)〜21(日)
※9/6(土)・7(日)はプレビュー公演
●東急シアターオーブ
●演出・振付=マシュー・ボーン
●出演=ニュー・アドベンチャーズ
[ザ・スワン/ザ・ストレンジャー役]マルセロ・ゴメス/ジョナサン・オリヴィエ/クリス・トレンフィールド
[王子]サイモン・ウィリアムズ/クリストファー・マーニー
[女王]マドレーヌ・ブレナン
[ガールフレンド]アンジャリ・メーラ/キャリー・ジョンソン

インタビュー&コラム/インタビュー

[インタビュー・写真]
アンジェラ加瀬

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