英国ロイヤル・バレエ来日直前インタビュー
プリンシパル・ダンサー、サラ・ラム=インタビュー

----お疲れのところ、ありがとうございます。今年6月の英国ロイヤル・バレエ団の来日公演では『ジゼル』と『ロミオとジュリエット』を上演する予定になっています。サラ・ラムさんは世界バレエフェスティバルでも『ジゼル』を踊られました。『ジゼル』を踊る上で一番大切なポイントはどういところでしょうか。

サラ・ラム 『ジゼル』というバレエはとても繊細なのですが、同時に非常に活き活きとしている部分、生きること、人生が大好きというところもあります。その生きることが大好きなのだということを、踊りを通してまず見せなくてはなりません。母親からは「心臓に負担のかかることは止めなさい」といわれています。それでもいかに活き活きしている娘か、ということをお客様に伝えることがまず大切なのだと思います。
しかし同時に、やはり非常に繊細さ、脆さを合わせ持っていて、身体が弱いというところを一幕の内に観客に見せておかなければなりません。

サラ・ラム

アルブレヒトに心を深く傷つけられて死ぬのですが、心を踏みにじられて死ぬということは医学的に不可能なので、本当に心臓発作で死んでしまうんだというところにつながるように、両方見せなくてはいけないという難しさがあると思います。
二幕では同じ人間ではあるのですけれども、今度は精霊という、実際そこには存在しないものにならなくてはいけないのです。ただ、存在するけれども存在しないというようなところが非常に難しいところで、アルブレヒトにとっては、あたかも居る様に見せなくてはいけないし、彼以外の人間にとっては、ウィリーの一員であり妖精である様に見せなくてはいけないのが表現の困難さだと思います。
理想のバレエダンサー像としても言えることなのですが、不可能なものを観客に表現する、信じていただくというところが大事だと思います。
実際、私たちは人間であり、体重もあるのですが、いかにに体重がないかように見せるかといったところが、私にとっても難しいところだと感じます。
この二つのタイプを見せる舞踊表現ということが、とても大切なのではないかと思います。

----良く解りました。ありがとうございます。
英国ロイヤル・バレエには、チャイコフスキーの三大バレエのような19世紀のバレエから、ケネス・マクミランやジョン・クランコといった20世紀のバレエ、さらにリアム・スカーレットやウェイン・マクレガーのような21世紀のバレエのレパートリーがありますが、19世紀のバレエを踊る場合と、20世紀のバレエとを踊る場合、一番心がけていることは何でしょうか。

サラ・ラム それは、使う技術についてですか。それともアプローチの仕方ですか。

----表現の方法について、教えていただけますか。


サラ・ラム 新しい作品が、自分のために振付けられるとき、コンテンポラリーの作品などですけれども、その方がより自由があると感じます。
例えば誰かの古着を着せられるのではなくて、自分のために作られた服を着るというような感覚です。さらに安心感というか、しっくりくるという感じを味わうことができます。どうしてもクラシックの作品、ジゼルやオデット、オディールなどを踊る場合には、過去のダンサーの舞台と比べられてしまうところがあります。とくに評論家の方たちに。
初めて見たとき人はすごい印象を受けてしまって、それがすばらしい感動として残ってしまうということがあります。30年、40年、50年前に初めてこの役を踊った人がこんなに素晴らしかった、と言って、そういう人と私たちは比べられてしまうのが辛いな、と感じるところがあります。
今日、クラシック作品を踊るダンサーたちは、そういうところが難しいな、たいへんだな、と感じていると思います。どうしても過去の踊りと比べられてしまいますから。
私たちとしてはクラシックの役であっても、できるだけ自分の役として、自分のものとして踊ろうとします。その結果、それがもしかしたら過去の人よりも良いものにならないこともあるとは思うのですが‥‥。しかし例えばどんな戯曲家であってもシェイクスピアと比べられてしまったり、どんな大統領であってもジェファーソンだったりリンカーンと比べられてしまう、ということに通じるのではないかと思います。ある意味では、仕方がないのかもしれませんけれど。
逆に現代のもの、マクミラン作品などを踊るときに関しては、芸術的に自由さを感じるところがあります。特にマクミランの作品はドラマ性に深みがあって、そういう部分があると、きちんと自分の内面を自由に出せるというところがあります。過去のものを再現するということではなく、自分の内面をしっかりと出して、自分の踊りとして踊ることができるので、そういった部分は非常に好きです。
例えば『眠れる森の美女』のオーロラ姫では、過去の作品ですけれども彼女が感じていたであろう繊細な心づかいを感じて踊るようにしていますが、やはり現代の作品の方がより自分を表現できる、より自由さを感じています。

----では、例えばマクミランの作品や、そうでなくても良いのですが、一番踊っていて自由に表現しやすい、サラさんが一番踊りやすいという作品を具体的に教えていただけますか。

サラ・ラム なかなか難しい質問なのですが、それは例えば自分に子供が何人も居て、どの子供が一番好きかと聞かれるのと同じくらい、ほんとうにたくさんいろいろとあるので答えるのが難しいのですけれども。でも、いくつかあげるとしたら、例えばマクミランの作品の中では『マノン』が大好きです。マノンは非常に複雑な人物ですけれども、振付や音楽もとても好きな作品です。
あとは『オネーギン』も大好きで、これは音楽がとても好きだなと思います。その音楽に対するクランコの振付、原作のプーシキンの物語、タチアナという人物そのものに非常に大きな魅力を感じます。
また、自分のために振付けてもらった作品の中では、ウェイン・マクレガーの『CHROMA(クローマ)』と『Raven Girl(レイヴィン・ガール)』がとても好きです。
あとは、スティーブン・マックレーと私のために振付けられたパ・ド・ドゥでいくつか好きなものがあるのですけれど、クリストファー・ウィールドンの『冬物語』も踊っていてしっくりくると感じられる作品です。

----『Raven Girl』の話が出たのですけれども、マクレガーの唯一ストーリのある作品で、そのストーリーも奇妙だと聞いていますが。

photo/kiyonori Hasegawa

photo/kiyonori Hasegawa

サラ・ラム 『Raven Girl』の原作は、『ザ・タイム・トラベラーズ・ワイフ』(邦訳『きみがぼくを見つけた日』)という小説を書いたオードリー・ニッフェネガーの物語なんですが、レイヴィン・ガールはお母さんがカラス、お父さんが人間の郵便局員という家に生まれた女の子の話です。彼女は声をなくして生まれて、見た目は人間なのだけれども「鳥」的な要素を持って生まれました。彼女が十代になっていくにつれてしだいに、飛びたいという欲求が強くなって窓から飛び降りてみたり、自分がどこまで飛べるのかと限界を試すようになっていくのです。これは例えば十代になってくると、自分の見た目と内面の不一致を感じることがあると思うのですが、体は男の子で生まれたけれども、内面は女の子でといったことで理解してもらえるでしょうか。
そういった意味で彼女は半分鳥という面をもっているので、どうしても羽を手に入れたいと自分で手術をしてくれる外科医のところへ行き、羽を手に入れます。しかし家族としては手術を受けてほしくなかった、羽を手に入れてほしくなかったということで大きなもめ事となってしまい、彼女は羽をあきらめることになり取り除いてもらうのです。結果的に幸せを見つけることができるのですけれど、おそらくこの物語のメッセージとしては、自分自身で羽ばたける方法を見つけなくてはならないのだよ、ということなのだと思います。外からの力であったり、機械的な何かに頼るのではなく、自分の中にそれをしっかりと見つけることがとても大切なんだ、というのがこの作品の言わんとしているところであると思います。
それはどんな人にもいえることなのではないかと思いますが、幸せになりたいと思ったら何かに頼るのではなくて、自分で見つける、または自分の中からそういったことを見つけることが大切だという物語です。

----そうですか、そういうメッセージが込められていたのですね。ストーリーのアウトラインだけ聞いていたらよくわからなかったのですが、お話を聞いて理解することができました。ありがとうございました。
ラムさんはボストン・バレエでもプリンシパルをなさっていてましたけれども、ボストンではレガートさんという方に教わったと聞きました。このレガートさんはマリインスキー劇場の先生ですか。

サラ・ラム そうです。タチアナ・レガートさんといって彼女の祖父がニコラス(ニコライ)・レガートさんです。

----そのニコライさんはイギリスでバレエ学校を創られて、マルコワやドーリン、フォンテーンなどを教えたのですよね。

サラ・ラム そうです。そして重要なのは彼は学校のために男性のシラバスを作成しました。貴重な男性ダンサーのための教習要項です。
そして、タチアナ・レガートの夫がユーリー・ソロヴィヨフです。

----えっ、えっ、あの旧ソ連時代に自殺してしまった伝説的なダンサーですか。亡命以前のバリシニコフとも親しかった、という‥‥!映像でしか知りませんが、超絶技巧を軽々とこなしている‥‥!

サラ・ラム そうです。ソロヴィヨフ、マカロワ、バリシニコフ、プリセツカヤ、ウラノワ、と一緒にタチアナ先生が映っている写真が、先生のお宅にありました。
私は、昨年の4月にサンクトペテルブルクで『ウィンタードリームス(三人姉妹)』踊りましたが、その時にタチアナ先生のお宅に遊びに行ったんです。そこでその豪華メンバーの写真を見せていただきました。

---そうですか。ラムさんはマリインスキー劇場の輝かしい伝統を受け継いでいる先生に、クラシック・バレエを習われたわけですね。

サラ・ラム そうですね、バレエの世界では皇族のような立場の方ですね。

----本日は、お忙しいにもかかわらずたいへん有益でおもしろいお話を聞かせていただきまして、誠にありがとうございました。ソロヴィヨフのお話を聞かせていただけるとは思っていなかったので、少し、興奮してしまいました。失礼しました。ありがとうございました。


サラ・ラム ありがとう。お会いできて良かったです。

英国ロイヤル・バレエ団2016年日本公演

●6/16(木)〜19(日)、22(水)、24(金)〜26(日)
●東京文化会館

●演目・出演=
◇「ロミオとジュリエット」
16日(木)18:30 ローレン・カスバートソン&フェデリコ・ボネッリ
17日(金)18:30 ヤーナ・サレンコ&スティーヴン・マックレー
18日(土)13:00 サラ・ラム&ワディム・ムンタギロフ
18日(土)18:30 ナターリヤ・オシポワ&マシュー・ゴールディング
19日(日)13:00 マリアネラ・ヌニェス&ティアゴ・ソアレス

◇「ジゼル」全2幕
22日(水)19:00 マリアネラ・ヌニェス&ワディム・ムンタギロフ
24日(金)19:00 ナターリヤ・オシポワ&マシュー・ゴールディング
25日(土)14:00 サラ・ラム&スティーヴン・マックレー
26日(日)14:00 ローレン・カスバートソン&フェデリコ・ボネッリ

●お問い合わせ=NBSチケットセンター(平日10:00〜18:00、土曜10:00〜13:00、日・祝休)
http://www.nbs.or.jp/

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[インタビュー]
関口 紘一

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