ローザンヌ国際バレエコンクール2018 副審査委員長:ニーナ・アナニアシヴィリに聞く「ローザンヌ2018 に参加したダンサーたちについて」

ローザンヌ国際バレエコンクール2018で副審査委員長を務めたニーナ・アナニアシヴィリ。昨年10月末に日本で牧阿佐美が振付けた『飛鳥ASUKA』の主演を踊りとても楽しかったという。今回は、踊り手からジョージア国立バレエ団芸術監督に戻り、若いダンサーの「プロになる潜在的な可能性」を厳しく審査する立場に立った。
「『ジゼル』の主役や『ドンキホーテ』のキトリ役を演じるにはどうあるべきですか」とたずねると、ほとんど椅子から立ち上がらんばかりに腕を上げ、斜め向こうをキリッと見つめて「こうするのよ」と言う。同時にメロディーも口ずさむ。コンクールが行われているボーリュ劇場2階の薄暗い片隅は、スポットライトの当たる舞台に変貌し、あのアナニアシヴィリが踊り出したような錯覚に囚われる。こんなに生き生きとしたインタビューは初めてだ。
コンクールの最終日、入賞者の発表があり、喜びに溢れ返る中国と韓国の女性ダンサーたちのそばにアナニアシヴィリが近寄ってくる。そして自分の目の周りに手をやりながら「目の周りにアイシャドウーなどをつけ過ぎないようにね。あなたたちは厚化粧しなくても美しいのだから」と繰り返している。それはバレエという「身体言語」を教える経験のある教師だからこそできる、ストレートなアドヴァイスだった。

撮影・里信邦子

撮影・里信邦子

----アクロバットのように踊るダンサーが増えていますが、「クラシックでは内面を表現することが大切だ」といろいろな場でおっしゃっています。このことをもう一度説明していただけませんか。

アナニアシヴィリ 私自身が「内面を表現することが大切だ」と偉大なボリショイ・バレエの先生たちから教わってきたのです。もちろんテクニックは重要です。ピルエットをした後に床に倒れては困りますから。けれども同時にダンサーは、まず役を作り上げところから入るべきです。私のボリショイ・バレエ時代の教師だったストルチコーワ先生は、役のすべての要素を自分で作り上げなさいと言っていました。自分はどのように見えるのか? どう座るのか? どんな髪型にするのか? 衣装はどうするのか? これらすべてがバレエのストーリーを作るのですと。

パートナーとなる男性も、ジャンプやピルエットができるだけではなく、役を作り上げなければなりません。実はディティールがとても大切なのです。テクニックのために時間を使う以上に細部まで作り上げることに時間をかけるべきです。
最近の若いダンサーたちの才能には驚くべきものがあります。たくさんのバレエ・スクールがあるし、世界のどこででも学べるという特権もあります。でも悪い点は、彼らがユーチューブの踊りを真似て、それでうまくいくと思っていることです。これでは芸術的な部分が見失われてしまいます。
コーチという「生きた人間」と仕事をすればもっと芸術的なものを受け取ることができます。バレエとはそうした職業です。1人でできる、(ましてや映像を見てできる)仕事ではないのです。例えば私が舞台に立つ場合、必ず誰かが私をコーチし舞台の上での踊りを修正してくれます。もし1人でやったら、単に機械的にターンしたりするだけで、バレエは死んでしまい、意味がなくなってしまいます。

----役を作り上げながら、例えば腕を上げるにしてもそこに感情を込めていけば、芸術性、表現性が高まるということでしょうか。

アナニアシヴィリ そうです。あなたの人間性、感情がその腕を上げる中に現れてくるのです。でもさらにもう一回、踊っている役を深く認識することが表現への第一歩だと強調したいと思います。若いダンサーが、自分の踊っている役を知らないことが多いのには、ほんとうに愕然とします。単に教えられたヴァリエーションを踊っているだけなのです。

----しかし、役を理解したところで、人生経験のない14歳の少女が豊かな感情を表現することができるのでしょうか。

アナニアシヴィリ 確かに『ロメオとジュリエット』を12歳のダンサーが踊るのはおかしなところがあります。しかし、彼女らに「表現するということは何なのか」を教えれば、表現ができるようになります。
何の役をやっているのか? なぜこの役は恥ずかしそうにしなくてはならないのか? なぜなら、農民の娘役をやっているから、こんな表情をしなくてはならないのです。(と言いながら可愛く笑う娘の表情をしてみせる)。例えば『ドン・キホーテ』のキトリ役では、スペインだから太陽が燦々と輝いています。だから目の表情はこうしなくてはなりません(と、目を大きく開ける)。もし、ライモンダを踊るのなら、高貴な貴族の娘ですからこのように動かなくてはなりません(と言って、上半身をきちんと正し、腕を緩やかに下げてみせる)。もし『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』なら明るく(と言ってメロディーを歌い出す)、もしジゼルなら悲しそうに目も耳も顔全体が下の方を向く感じ。それぞれの登場人物にはそれぞれのバックグラウンドがあるのです。

© KhatunaKhutsishviliForbes

© KhatunaKhutsishviliForbes

そこが私の言いたいポイントです。今日、すべての人たちがユーチューブを見ることができます。でも、もっとバレエ作品のバックグラウンドを知らないといけません。何年に、誰によって、どうした背景で、どう創作されたのか? 作品のストーリーはどうなのか? こうしたことを少しずつきちんと学んでいきながら、表現することができるようになっていくのです。

----では、このバレエコンクールの若いダンサーを審査する場合、将来あなたのように深い表現ができる潜在的可能性を、どうやって見つけていくのでしょうか。

アナニアシヴィリ 例えば音楽性や動きの流れを見ます。顔をこの方向にして次にこの方向に動かすといった流れです。私は舞台に立ち音楽が流れ出すと自動的に、顔が音に合わせて動いていきます。そうしたことをきちんと教えられていて、それが音楽と共にうまく流れていくかを見ます。ここに来ている若いダンサーの中には、一度作った笑顔をそのまま踊りの間中ずっと続けている子がいて(と言ってニッと笑ったまましばらくそのままで腕を上げたり方向を変えたりする)、これではダメです。笑顔のままでは顔の筋肉が硬直したみたいに見えてしまいます。口の開き方と目の開き方や動かし方を連動させて、音に合わせて表情を変えなくてはなりません。そんなところを審査の「指標」にしています。

----音楽性や表現力に関しては、それはある意味で生まれながらの才能だと思いませんか。教えられて習得できるものなのですか。

アナニアシヴィリ 両方だと思いますね。教える立場になって、そう思うようになりました。ピアノと同じです。ある子は機械的に弾いているだけで、音楽性とか表現力が全くない、ところがある子は、教えなくてもものすごく表現力を持って弾けます。
バレエでいえば、機械的にジャンプしたりするのはサーカスと同じです。ところが私が『飛鳥ASUKA』を踊り終わるや、たくさんの観客が涙を流しながら、感動したと言いにきてくれました。観客は、表現や芸術性に敏感に反応するのです。そしてこうした「表現力」は、学ぶこともできます。私はロシアの偉大な先生たちから学んだのですから。

----アナニアシヴィリさんの踊りは、『飛鳥 ASUKA』だけでなく、すべてのクラシック・バレエが、優美で表現力に溢れていて感動します。

アナニアシヴィリ それは、私が毎回ステージに立つときに「これが最後のステージだ」と思って踊るからかもかもしれません。だって明日も踊れるか誰にも分かりません。もしかしたら明日、踊ることをやめるかもしれません。だから毎回ステージに立つごとに、私の心のすべて、持っている力のすべて、私の魂のすべてを、今、あなたたちと分かち合います。明日のことはわかりません。そんな気持ちで舞台に立ち、すべてを観客に捧げます。すると観客は私が捧げたものを受け止めて感動します。その感動が私をまた奮い立たせるのです。いわばピンポンのやりとりみたいなものです。
観客を愛し、自分の踊りを愛することです。つまらない踊りはすぐに観客に見抜かれます。ダンサーと観客との関係は、人間の内側と内側の、心と心のコミュニケーションなのです。

----ところでロシア・バレエのスタイルを継承されているあなたにとって、このコンクールで生徒たちが違うスタイルで踊った場合、審査が難しかったりしますか。

アナニアシヴィリ もちろん「バレエの文法」というものがあり、私は「ロシア・バレエの文法」を身につけた者ですが、もし様々な学校の様々なパフォーマンスの方法で、多少、スタイルが異なっていても「良い踊り方」であれば、私はそれは素晴らしいと思います。どのスタイルにも私はオープンです。
正しい動きの組み合わせ方(ある動きの後で倒れたりしないような組み合わせ方)にのっとって作ってあれば、それをどうこなして動くか、音楽性はあるかとか、そういったことが大切になってくるだけです。
実は今回審査していて、例えば韓国のダンサーは、紛れもなく徹底したロシアのメソッドで踊っていて、驚きまた嬉しく思いました。韓国のバレエ・スクール・システムはしっかりしています。クリエイティブでかつアカデミックで、本当に素晴らしいです。北京の学校も同じくアカデミックであるだけでなく、とてもクリエイティブです。国立なのでとても厳しいです。(声音を変えて)「Could you do this ?(こんな風にやれるかしら?) 」なんて、甘ったるい指導は絶対にしていません。でもバレエとは、厳しく規律正しく練習しなくては成り立たない職業でもあるので、厳しくていいと思います。
バレリーナという職業は、本当に好きでないとやっていけない厳しいものです。好きでなければ成功もできないのです。

----最後にプロを目指す若いダンサーへのアドヴァイスを一言お願いします。

アナニアシヴィリ まず、ダンサーという職業とは何かを深く知ることです。深く知って心に刻まなくてはなりません。ダンサーとはロボットではありません。「バレエは芸術である」ということをきちんと理解しなくてはなりません。世界でこのことを理解して、本当のアーティストと言われるトップダンサーは、おそらく10本の指で数えられるくらいなものでしょう。
今の若い人たちにとってはとても難しいことですが、バレエは芸術であるということについて、しっかりと意識を深めていかなければなりません。

----とてもお忙しところですのに、丁寧にお話しくださいましてありがとうございました。

インタビュー&コラム/インタビュー

[インタビュー]
里信 邦子

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