オーロラ姫を踊った後、5日間空けてカラボスを見事に踊り、喝采を浴びた:米沢唯インタビュー

----米沢さんは『Ballet Princess』の6月4日の金沢公演でオーロラ姫を踊られましたが、本当に素晴らしかったです。地方公演はどちらかというと幕間も少しざわついた感じが残っていたりしますが、米沢さんのオーロラ姫が登場すると同時に、観客の視線が舞台に集中し良い緊張感が会場に広がりました。改めて「ダンスの力」というものを実感させていただきました。

米沢 ありがとうございます。たくさんのお客様がいらしてくださって、とてもありがたかったです。

----今回の新国立劇場バレエ団の『眠れる森の美女』公演では、オーロラ姫を踊った後に、5日間空けて今度はカラボスとして踊るという活躍でした。いかがでしたか、よく役に没入するとなかなか出てこられないなどといいますけれど、対照的な2役を踊られて。

米沢 典型的な悪役を踊るというのは、初めてでした。「舞台に立つ時の姿勢からして違う、真ん中に立っている時の立ち方と、脇役として悪役がそこに立つ立ち方とは全然違うのよ」、と大原先生に言われました。また、相手を見るときは、顎をさげて必ず下から見るようにするとか。
私はこれまで演じたことのない役に挑戦するのは、いつもワクワクします。カラボスを踊ったことは勉強になりましたし、とても楽しかったです。
本島美和さんもカラボスを踊られて、素晴らしい踊りでした。美和さんに教えていただくことが多かったです。公演の始まりはゲネプロ、本番、本番と3回続けてオーロラを踊ったのですが、「今はオーロラに集中しなさい。イーグリングさんがカラボスの振付を変えたところは、私が書き留めておいてあげるから」と言ってくださって、とても助けていただきました。
オーロラの方がすごく神経を使います。足の出し方とか、細やかな手の使い方とか、王道クラシック・バレエですから。そうした抑制された身体が、カラボスを踊ると解放されるような気がします。舞台の上で弾けられると発散できるので、終わった時に解放感がありました。

「眠れる森の美女」撮影:鹿摩隆司

「眠れる森の美女」撮影:鹿摩隆司

----怒りとか感情を強く表現する役ですね。

米沢 はい、思ったよりずっと体力が必要な役でした。最初から最後までずっと怒りっぱなしなので。感情をそこまでもっていって、ずっと怒り続けるということは体力がいるので、最初は脚がたいへん疲れました。最初の通し稽古では「脚がついていけない・・・」って。みんなが怯えてくれないといけないので、「強く! 強く!」となると気持ちばかりになってしまい、身体に力が入って動けなくなってしまいました。

「眠れる森の美女」 撮影:鹿摩隆

「眠れる森の美女」 撮影:鹿摩隆

----トウシューズを履いて踊られたわけですし。

米沢 イーグリングさんが、「唯がカラボスを踊るのなら、もう少しステップを難しくしないとね」っておっしゃって。「やめてください! 十分です!」と。

----そうですか、ではいい経験をなさったわけですね。

米沢 はい、違った面から『眠れる森の美女』を見ることができました。オーロラが見ていた世界を、憎しみをもって見る、というのはすごく良い経験でした。舞台の景色が全然違いました。

----次は『ジゼル』を踊られることになりますね。今まで『ジゼル』はどのように踊られてきましたか。

米沢 前回の新国立劇場の『ジゼル』は2013年ですが、私は1回主演しただけです。厚地康雄君と踊り、二人で『ジゼル』デビューでした。

----『ジゼル』も1幕と2幕では180度変わりますね。オーロラとカラボスを踊り分けるのとはまた違いますけれど。

米沢 同じ人物ですが、人間ではなくなりますから。

----どういうところにポイントを置くのでしょうか。

米沢 難しいです。1幕では心臓の弱い村娘という点が強調されがちですが、でもやはり生命力がはっきり現れていないと、最初から幽霊みたいになってしまう可能性があります。そこが難しいと思うのですが、音楽も柔らかくて同じようなメロディが続いている中で、マイムも音と一緒に演じられます。するとだんだんと伸び伸びになっていきがちなんです。そこをもっと活き活きと喋っているかのように演じることができたらなあ、と思っていて、今はそこをパートナー(井澤駿)と探っています。音通りに動いていると感情がちょっと機械的に見えてしまいます。ですから、音通りに動いているんだけれども、心は弾んで活き活きとセリフが聞こえてくるような表現を模索しているところです。
大原先生に言われたのは、例えば第1幕でジゼルが最初に登場して、曲とともに、「私」「聞こえた」「ノックの音が」「どこかしら」というマイムを演じる時、全部イーブンに音をとって、それらのマイムをするとすごくつまらない。もう少し、音の取り方に喋っているような表情をつけて演じなさい、と。すべてがそういう活き活きとした表情のある表現にしたいです。音楽の旋律がセリフになっているようなところが多いのですが、そのままそこに振りをのせてしまうのではなく、少し伸ばしたり縮めたりして、しゃべりのリズムが聞こえてこなければいけない、そこがとても大切だなと思っています。

2013年「ジゼル」撮影:瀬戸秀美

2013年「ジゼル」撮影:瀬戸秀美

----観客もそこに注目しますね。

米沢 そうですね。
逆に2幕は身体ごと音楽になるみたいなところじゃないかなと思っていいて、重力がないというか、生身の人間ではないことが大事なんだと思います。
今、私が注意されていることは、おとなしくきれいに踊ろうとすると、まとまるかもしれないけれど、小さくなってしまうからもっと自由に踊るようにしなければ、ということです。その場で、振付を踊るのではなく、ジゼルとして生きて踊るということを大切にしなければいけない、と思ってます。最終的にはアルベルトを想うハートが大事なんだ、と思っています。
心ばっかりあっても技術が無ければ十分に表すことは難しいと思います。両方必要だということですね。

----ダンサーの方の中には一生に一度は『ジゼル』を踊ってみたい、という方もいますが、米沢さんは『ジゼル』への特別な思い入れとかはありましたか。

米沢 『ジゼル』は大好きです。でも特別な作品だとは思っていなかったのですが、『ジゼル』を踊るとなると1日中『ジゼル』のことばっかり考えているんです。やっぱり、それだけ魅力のある作品だし、踊る人によって変わっていく作品なんだなと思います。今、私はすごくのめり込んでいる、という感じはしてます。舞台で死ぬ、という作品はどう生きるか、どう死ぬか、ということなので演じる人そのものが問われると思います。その人のすべてが問われているという気がします。

----でも、相手が貴族でフィアンセまでいたら仕方がないのですけれども・・・・

米沢 それでも彼を恨むのではなくて救う、というところがこのバレエの核心ですね。音楽も素晴らしいですし、心が洗われるような旋律がいくつもあります。

2013年「ジゼル」 撮影:瀬戸秀美

2013年「ジゼル」 撮影:瀬戸秀美

----そうですか、ジゼルもオーロラも踊られたとなると。

米沢 新国立劇場のレパートリーですと、『マノン』はまだ踊っていません。小野絢子さんが踊られている時に脇役で見ていましたが、これは難しい作品だなと思いました。いつか踊りたいと思ってます。

----『マノン』もまた、『ジゼル』とは違った一つの女性像を描いていますね。

米沢 そういう女性像というのはわかるんですが、時代背景とか文化の違いとかを考えるとどうやって踊るのだろう、と思ってしまいます。

----ああいう女性はいるのだろうとは想像できますが、いたらどうしようと思いますね。

米沢 ちょっとお友だちにはなれないかもしれません。
あと、新国立劇場のレパートリーにはないですが、『オネーギン』とかも素敵だなと思います。シュツットガルト・バレエの『オネーギン』を観に行って、泣きすぎてしまって終わっても客席を立てなかったことがあります。私にとっては憧れの作品です。それこそセリフが聞こえてくるバレエでした。

----最近、米沢さんはファーストキャストで初日を踊られることも多くなりました。一時はアメリカから戻られてちょっと自信を無くされた時もあった、と伺いましたが、ビントレーさんと出会って踊られてきて、次の段階としてはどんなことを目指されますか。

米沢 私は踊ることだけ考えていたいので、ファーストキャストだろうが、セカンドだろうが、関係はないというか、踊れればいいんです。自分がキャリアを重ねれば重ねるほど自信がなくなっていく、というところもあります。先日、湯川麻美子さんに相談しましたら、「そうだよ、キャリアを積めば、自分のできないこと、できていないことがわかってくるから」と仰ってくださいました。ひたすら自分の限界に挑戦していくしか道はないのだろう、と思っています。
クリエイティヴなこともやりたいですし、ダンサー生命は短いし、できる限りのことはやって、終わった時にもう全部やれるだけのことはやったからいいな、と思えるようになれればと願っています。
なぜ私がこんなに舞台が好きか、というと集中できるからです。舞台で集中したとき、私が日常生活で感じている寄る辺のなさとかが消えて、違う世界へ行くことができます。一層孤独ではあるのですが、生きることの喜びも悲しみも何倍にも大きく深く感じるんです。私がなぜ踊るのか、というとそこなのかな、と思います。

----今までのキャリアを振り返って、まだこれだけは踊っていないとか、何かやり残していると感じられていることはありますか。

米沢 新国立劇場バレエ団に入ってからは、必死で取り組んできたという充実感はあります。その前にちょっと立ち止まったりとか、時間を無駄にしたということはありますが、それも私が新国立劇場に入って頑張っていく原動力になったと思います。いつか、立っているだけで全ての情動を表現できるダンサーになりたいです。それが私の一番の望みです。あまりに高すぎる望みかもしれませんが。

----そうですか、ダンサーのキャリアとしては充実していたわけですね。『ジゼル』で今シーズンは終わりですか。

米沢 ですが、夏は7月20日にチャコット主催の「Ballet Princess」の東京公演があり、7月末には新国立劇場のこどものためのバレエ劇場『しらゆき姫』を踊ります。8月には「Ballet for the Future」で堀内元さんの新作『Passage』を踊ります。そして新国立劇場の新しいシーズンは、10月28日に新制作の『くるみ割り人形』で幕が開きます。

米沢唯

米沢唯

----そうすると今年は、新作バレエと古典バレエの新制作を踊る米沢唯さんが見られる、ということですね。とても楽しみです。
本日は、リハーサル中でお忙しいところありがとうございました。

新国立劇場バレエ団『ジゼル』

2017年6月24日(土)〜7月1日(土)
▼公式サイト
http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/giselle/

インタビュー&コラム/インタビュー

[インタビュー]
関口 紘一

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