2019年6月4日から16日まで、第3回ユーラシアンダンスフェスティバルが開催されました。
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- コラム 針山愛美
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2019年6月4日から16日まで、第3回ユーラシアンダンスフェスティバルが開催されました。
このフェスティバルは、2年半前にカザフスタン共和国に新しくできたアスタナバレエ劇場で開催されています。
第3回にあたる今回は、マリインスキー劇場、チェコ国立バレエ団、アスタナバレエ団、ウクライナ国立民族舞踊団などが参加し、最終日の16日にはガラ公演が行われ、約2週間にわたり世界各国のダンサーが集結しました。
フェスティバル期間中は、街中がフェスティバル一色、街のあちらこちらにポスターが掲げられていました。また毎日、新聞やテレビで放送されるなどその盛り上がりはすごいものでした。
今回、こちらのフェスティバルにジャパンインターナショナルバレエが出演し、無事幕を閉じる事が出来ました。その経緯や模様をお伝えしたいと思います。
カザフスタンから私にユーラシアンダンスフェスティバルに参加してほしいとの連絡があったのは今年1月末の事でした。
その時私は、20年以上想い続けたことを今実行するべきだと思いました。
その想いとは、バレリーナに少しでも、海外と同じような環境で踊るような場所を提供できれば・・・。海外で踊る機会など様々な経験を垣根なく共有したい、またもっと広く一般の方々に芸術の素晴らしさを伝えていきたい、アートをもっと身近なものにしていきたい、などきりがありません。
出来るかは分からないけれど、プロジェクトごとに集まるユニット、芸術を愛する方々が集まれるプラットホーム、「ジャパン インターナショナル バレエ」を立ち上げようと心に決めました。
全てが白紙でゼロからのスタートでした。
まず、ダンサーをどう集めるか、演目は何にするのか、リハーサルを行う場所はどうするのか...、普通に考えればほとんど不可能に近い状況でした。
まず、2004年からベルリン国立バレエ団で一緒に仕事をし、様々な場所で活動してきたウラジーミル・マラーホフ氏と相談し、「ラ・ペリ」の2幕を上演する事に決めました。「ラ・ペリ」は、マラーホフが振付、演出を行い2010年にベルリン国立バレエ団で初演を果たした作品です。
その他、神戸女学院大学で客員教授をさせていただいているご縁で、島崎徹氏の「ゼロ ボディ」も上演することにしました。
ダンサーを募るため、関西では豊中市文化芸術センター、東京ではスタジオアーキタンツにて、オーディションを行いました。蓋を開けないとどうなるかわからない状況でしたが、たくさんのダンサーの方々と素晴らしい出会いを得ることができました。オーディションに来てくださった方からは、勇気とエネルギーを頂きました。
その他、アメリカから韓国人の振付家を呼び、ジャパンインターナショナルバレエのダンサーのために、新作を作ることに決めました。
決めたのが4月、そして5月2週目からクリエーションが始まりました。6月10日の本番まで1ヵ月で、ユーラシアンダンスフェスティバルに間に合うか、上演出来るか最後まで悩み、プログラム原稿の最終期限日にカザフスタンで世界初演することに最終決定しました。タイトルは、「Dark Faith」。
和の作品に仕上げたいと言う私の思いから、映像作家に映像をお願いし、日本の世界を演出、照明も担当しました。
「ラ・ペリ」のリハーサル期間中マラーホフ氏は、細かいところまで映像で指導してくださりました。
毎回、ソリストのソロやコールドも映像を撮り、必ずマラーホフ氏とチェックを重ねながらリハーサルを進めました。そのビデオクリップは、100以上になるかと思います。
準備期間中は、何度ももうダメだ、と思うような出来事が続きました。
まず、パフォーマンスの日程が当初予定されていた6月25日から2週間以上早まることになり再調整を図らなければなりませんでした。
また飛行機の手配の関係で、出発直前に出発日が早まり、すべて調整し直しになったり...ドラマの連続でした。
様々な、ハードルを一つ一つ乗り越え、ついに出発の日を迎えられた時は半分奇跡という気持ちでした。
そして出発、ここでもドラマが...。天候のため当初予定されていた乗り換え予定の空港に到着せず、現地カザフスタンにその日に到着できないかもしれないと言う状況にありました。それでも何とか幸いにも無事到着出来、現地のスタッフが本当に暖かく迎えてくださりました。そこでほっと肩の荷が半分おりました。テレビカメラの取材も来ていました。
現地で、ジャパンインターナショナルバレエのダンサー達はアスタナバレエ団のレッスンを受けさせていただきました。
ダンサーの方々の経験になると思い、無理を承知でお願いし一緒にレッスンを受けさせていただきましたが、素晴らしいクラスでした。現地のダンサー達は、美しいライン、クラシックの強靭なテクニックを持ち合わせながら、コンテンポラリーも踊れる方々が揃っていました。数年前は、女性中心のカンパニーでしたが、今では総勢70人以上になり、男性ダンサーもたくさんいました。
最初の現地でのスタッフ顔合わせミーティングでは、皆様が本当に真剣にパフォーマンスのことを考えてくださっているというのがひしひしと伝わってきました。
照明、道具、衣装、メイクなど10人以上のスタッフが集まってくださり、必要な事は何でも対応すると言ってくださりました。
照明、映像の件はお互いまだ話し合い出来ていなかったので、当初予定されていなかった照明合わせを舞台を空けて急遽やってくださることになりました。劇場のテクニカルスタッフは素晴らしい方々ばかりで、色々話し合いながら共同で作業しました。お互い意見を言い合い作っていく作業の中で、現地の方々とも一体感を感じる日々でした。
また、カザフスタン日本大使館はダンサー、スタッフ全員を呼んで下さり、素晴らしいおもてなしをしてくださりました。
本番の日。
劇場のメイクアップアーティストや、ヘアスタイリストの方々も協力してくださり、皆素敵にメイクしていただきました。
本番が始まると、本当にあっという間でした。
ここまで来れたことが、本当に奇跡で信じられないと言う気持ちでした。
ステージ上では、皆の気持ちが1つになりました。
短期間でしたが、本当に気持ちのあるダンサーが集まり、お互い話し合いながら高まっていき、日に日に良いものが出来上がっていくプロセスは素晴らしいものでした。
観客の皆様は、毎回温かい拍手を踊ってくださり、最後にはスタンディングオベーションになりました。
色んな意味で一生忘れられないパフォーマンスになり、数え切れないことを勉強できました。
ダンサー、スタッフ、つまずいたときに手を差し伸べてくださった方々、わからない事を教えてくださった方々、全ての人には感謝してもしきれませんが、少しずつでもこのような活動を続けていきたいと思っています。
カザフスタン共和国は、旧ソビエト時代には、ソビエトの1部でした。20数年前に独立してから、変わらずロシアバレエの伝統は受け継いでいますが、様々な分野で新しい改革が進んでいる事を感じました。
近代的な中心部ですが、少し離れた郊外に行くと、ロシアの田舎の街と言う雰囲気を残した温かい街です。
街の方々が、芸術を愛し生活の一部になっている事を感じ改めて、日本もそのような状況に近くなればと心から思いました。
本番が終わり次の日は、マリインスキーのリハーサルを少し見せて頂きました。
アスタナ国立オペラ劇場では、アルティナイ・アシルムラートワが新演出の「ジゼル」のステージリハーサルを行っている所を少し垣間見る事が出来ました。(6月14日に世界初演を果たしました)
こちらも本当に豪華で素晴らしい劇場です。
フェスティバル最終日には、ミハイロフスキー劇場からは、ベルリン国立バレエ団、ハンガリー国立バレエ団、アスタナ国立オペラ劇場のダンサーが集まり、華やかにフェスティバルの幕を閉じました。
現地で放送されたテレビドキュメント
インタビュー & コラム
針山 愛美 Emi Hariyama
13 歳でワガノワ・バレエ学校に短期留学、16歳でボリショイ・バレエ学校に3年間留学した後、モスクワ音楽劇場バレエ(ロシア)、エッセン・バレエ(ドイ ツ)、インターナショナルバレエ、サンノゼバレエ、ボストン・バレエ団(アメリカ)、と世界各地のバレエ団に入団し海外で活躍を続ける。
2004年8月からはベルリン国立バレエ団の一員に。
1996年:全日本バレエコンクールシニアの部第2位、パリ国際コンクール銀メダル(金メダル無し)
1997年:モスクワ国際バレエコンクール特別賞
2002年:毎日放送「情熱大陸」出演 、[エスティ ローダー ディファイニング ビューティ アワード]受賞
◆Emi Hariyama Official Page
『世界を踊るトゥシューズ〜私とバレエ』
針山愛美/著 Emi Hariyama
体裁:四六版並製、240頁ISBN978-4-8460-1734-7 C0073(舞踊)