ボリショイ・バレエの『くるみ割り人形』は、ロシア・バレエ界の巨匠ユーリー・グリゴローヴィチの振付によるもの。王子の赤い衣裳が色彩を抑えた背景に浮かび上がる、シモン・ヴィルサラーゼの舞台美術は洗煉された印象を与える。1966年、エカテリーナ・マクシーモワとウラジーミル・ワシーリエフの初演で大成功を収めたグリゴローヴィチ版は、現在もボリショイ・バレエで上演され続けている。グリゴローヴィチは今年5月19日、98歳で逝去したが、『くるみ割り人形』のほか『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『ライモンダ』などの改訂・新演出を手掛け『石の花』『愛の伝説』『スパルタクス』『イワン雷帝』など名作を残した。

昨年大晦日に配信されたボリショイ劇場の『くるみ割り人形』の公演でマリーを演じたのは「Ballet Muses -バレエの美神 2025 -」で盤石のテクニックと情熱的な踊りを見せたボリショイ・バレエ最年少プリンシパルのエリザベータ・ココレワ（24歳）。くるみ割り人形＝王子をアルチョム・オフチャレンコ、ドロッセルマイヤーをデニス・サーヴィンが演じた。ボリショイ劇場管弦楽団を指揮したのは、ヴァレリー・ゲルギエフ。1幕のパーティーに登場するくるみ割り人形は子役が演じており、ドロッセルマイヤーが軽々と抱えている。ネズミたちとの戦いで気を失って倒れていたくるみ割り人形は、ハンサムな青年に変身し、マリーは心のときめきを覚える。チャイコフスキーの美しい旋律に乗せて、二人の心が通い合うデュエットが始まる。1幕で愛らしい少女だったマーシャが、くるみ割り人形だった王子と出会い、大人の女性への階段を一歩上っていくかのように変貌する様を、ココレワは上手く演じていた。オフチャレンコはベテランらしく、包容力のある王子像で彼女を優しくサポートしていた。

昨シーズンのボリショイ・バレエ『くるみ割り人形』には、リーディング・ソリストの千野円句はプリンシパルのクリスティーナ・クレトワやソリストのソフィア・マイムラと組んだ。「YGPオーチャード・ガラ2025」で永久メイのパートナーを務めたプリンシパルのドミトリー・スミレフスキーはリーディング・ソリストのエヴァ・セルゲエンコワの主役デビューの相手役を務めたほか、アンナ・ニクーリナやマイムラと共演。エレオノーラ・セヴェナルドは私生活でもパートナーのデニス・ロドキンと組んだほか、ウラディスラフ・ラントラートフとも共演した。ラントラートフはアナスタシア・スタシケヴィッチのパートナーも務めている。「Ballet Muses -バレエの美神 2025 -」に出演したエゴール・ゲラシェンコのパートナーはアリーナ・デニソワだった。ボリショイ・バレエ in シネマ 2020-21シーズン『くるみ割り人形』に出演したセミョーン・チュージンとマリア・シュライネルのペアも登場。アルテミィ・ベリャコフはファースト・ソリストのマリア・コシュカリョーワとのペアだった。
世代交代が進むボリショイ・バレエでは、日本の舞台でも注目を集めたファースト・ソリストのダニール・ポタプツェフやソリストのマカール・ミハルキン、また、ワガノワ・バレエ・アカデミー卒業後ボリショイ・バレエに入団した星元気とボリショイ・バレエ・アカデミーから新卒で入団した藤井万悠子などの活躍が期待される。