解説:文葉

ワルツ

(英/waltz、仏/valse)

 言わずと知れた3拍子の優雅な踊り、またその音楽のこと。日本語では円舞曲。
バレエ作品は3拍子系の曲が多数使われています。それゆえレッスンでもワルツは避けては通れません。ここまで慣れ親しむと西洋文化の象徴という意識が強すぎて、「ワルツ」が確立されてからの歴史が300年にも満たないなんて、ちょっと驚きでした。まぁ、舞台芸術としてのバレエも大差ないわけですが。

18世紀中ごろ~後半から楽曲のタイトルに使われ始め、オペラ、バレエなどの舞踏用、演奏会用の器楽曲までワルツが普及。ワルツブームが19世紀に起こりました。「ワルツの父」ヨハン・シュトラウス(1804~1849)が1820年代後半ごろからウィンナ・ワルツを確立、同時代にウィーンにいたショパン(1810~1849)はウィンナ・ワルツを嫌っても、3拍子には心を動かされ、自ら踊るためではない芸術的なワルツと位置づけたピアノ曲を作曲しました。1814・15年のウィーン会議は「会議は踊る、されど会議は進まず」と揶揄されるように19世紀は舞踏会が政治の裏舞台となったり、男女の恋の駆け引きの場となったり。3拍目独特のふわりと身体が浮遊する感覚に身をゆだねていると、いつしか媚薬のように効いてきて、人々の頭も心もまひしてしまうのですね、きっと。

 語源はドイツ語のwal(t)zen(回る、回転するの意)とされていますが、ワルツには全く相反する2つのルーツがあるそうです。
 ひとつは、ゆったりした3拍子で、18世紀後半に現れ、19世紀初めに流行したオーストリア舞踏「レントラー」。その起源は「田舎風の踊り」を意味するla"ndlerischer Tanzからという説とオーバーエーステライヒ州の特殊な踊りLandlに由来するという説があります。もうひとつはヴォルダと呼ばれるアップテンポの踊り。男女が抱き合って同一方向に回転することが、プロイセンのフリードリッヒ・ヴィルヘルム2世治下(1786-97)では、不道徳とか、目が回って不健康とかの理由で、一時禁止されていたことも。禁止されればされるものほど人々を魅了するのはいつの時代も一緒。あやうい魅力を持つ踊りにみな虜になったのでしょう。

突然ですが、三拍子はお得意ですか?
どうして日本人は3拍子に弱いと言われてしまうのか。
「ワルツは騎馬民族で生まれたもので、日本人は農耕民族だから」と語られて、最初はなんとなくそうか…と納得しかけましたが、いまや「世界のオザワ」と誰もが認め、世界最高峰オーケストラでワルツのメッカ、ウィーン国立歌劇場で音楽監督を務める小澤征爾氏だって日本人なのだから、すべての日本人に当てはまるわけじゃなさそうです。それに、現代では遊牧をしている人口はきわめて少ないでしょうし、日本国民全員が稲作・農業をしている訳ではないし。

遺伝子よりは後天的なモノ。環境に左右されているのでしょうね、リズム感というのは。耳にする音楽。これが一番。歩き方まで考えれば室内では靴を脱いで生活する習慣も、日本人のリズム感に影響しているのかもしれません。「わび・さび」も関係あるかも。あとは、やはり生活環境といったらこれじゃないかなと思うのは、母国語、会話が持つリズム。
確かに日本では3拍子が一般的じゃありません。「3拍子に乗るのは得意?」と音楽をやっているわけではない知人に聞くと、「得意か不得意か意識がない」「4拍子のほうがなじんでるから乗りやすい」と。短歌・俳句の世界しかり、それから「知らざあ言って、聞かせやしょう」「こいつは春から、縁起がいいわい」といった歌舞伎の名台詞しかり、日本語の本来もつリズムには七五調がしっくりくるんですね。それに抑揚がない。
日本で生活していて、突然英語やフランス語を話そうとすると、リズムの違いから気恥ずかしくてうまく話せません。抑揚を意識的につけろと注意されたこともあります。1拍めを強くすることも、センテンスに高低をつけるのも苦手。日本語でも少しは抑揚をつけたほうが、聞き手にも親切でしょう。3拍子が苦手でも、「リズミカル」が心地よいと感じるのは、西洋人だけではないのですから。