楽屋(がくや)

劇場、テレビ局などの出演者の控室。出演者が劇場に入ったら、本番以外のほとんどの時間を過ごすことになる部屋です。そのため、劇場に入ることを「楽屋入り(いり)」、終演後帰ることを「楽屋出(で)」と呼んでいます。鏡の前でお化粧をしたり、衣装を着替えたり、柔軟体操したり、くつろいだり。舞台に出るための準備を一通りするための場所ですが、現実と虚構の交差点といえばいいのでしょうか。思い思いに「舞台のための自分」を作り上げていく空間です。部屋の大きさは個室もあれば大部屋もあり、部屋割りは出演者の階層や格で分配されることがほとんど。バレエ団で言えばプリンシパル・ソリストは個室や数人用、群舞は大部屋というわけです。バレエを上演する劇場なら鏡台と椅子、ハンガー、流し台、シャワーは備え付けられているでしょうか。緊張を上手にコントロールする場所なだけあって、快適にいられるよう私物をうまく使って利用者ごとにカスタマイズ。なんだかほほえましくなってしまいます。

ところで、英語ではdressing room、フランス語ではloge。日本語だけ楽屋と呼ぶのはなぜでしょう。
「楽屋」は「楽之屋」が略され出来た言葉です。文字通り、音楽のための場所でした。雅楽の楽人たちが奏楽するための場所がそのルーツ。つまりオーケストラ・ピット!? よく写真などで古来の舞が披露されている隣に、雅楽の人が見えますよね。屋外舞台の場合は、楽屋は舞台のそばに仮設でしつらえたり、回廊に幕を張り場所を確保したりしたそう。また楽屋の建築基準があったらしく、舞台より3間余り後ろに、横3間、奥行4間余りというサイズで作る。そして使い方も、前の方は演奏する場所、後ろを屏風で隔てて舞人の控え場所、装束を着ける場所としていたとか。今では役者さんがメインの部屋ですが、昔は間借りからスタートしたのかしら。

舞台に立つというのは一見華やかですよね。でも、そこに至るまでの葛藤や苦労、真摯に人生に向き合い人知れず努力を重ねる姿に浮ついたものは一切ないのだと思います。逆に言えば、それができる人が舞台で命を昇華させ輝けるのだと言えるかもしれません。それを最初に私に教えてくれたのはフランス人画家ロートレックの一枚の絵画でした。殴り書きのように素描されたナイトクラブ「ムーラン・ルージュ」の楽屋の踊り子。フレンチカンカンを踊りきり、一日の勤めを終え仰向けに上体を横たえる姿は解放感に満ちながらも哀しい。生きるために踊るのか、踊りたいから生きているのか。彼女の生活ぶりが写真よりも生々しく楽屋での一瞬の姿から伝わってきて、当時のモンマルトルの歓楽街に居合わせたようでした。生命力のたくましさに胸を突かれ、立ちすくむこと数分間...。バックステージにあるドラマに感動してその人がいとおしくなる、応援したくなるというのはきっと万国共通なんだろうな。

 

[解説]
文葉

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