解説:文葉

トルソ 

(伊/torso)

頭部と腕、脚がない自分の姿を想像するとちょっと怖い。
でも、有名な『サモトラケのニケ』や『ミロのヴィーナス』を見て不気味と思う人はそれほどいないでしょう。無意識のうちに欠けた部分を補おうとして、また遥か昔に想いを馳せながら鑑賞している人のほうがずっと多いと思います。

トルソとは、イタリア語で「胴体」のこと。もともと彫刻の用語で、人間の身体のうち、頭部、腕、脚をのぞいたところを指します。踊るときはこのトルソ部分、非常に重要です。クラシック・バレエでは、両肩と骨盤を頂点とする長方形をゆがませないように意識してみましょう。長方形が糸でできていると想像してみて。ピンと張ったままを保つのです。ちなみにトルソは「上半身」じゃありません。上半身は、おへそより上の身体です。

トルソという概念、歴史を振り返ると日本にはありません。日本の「からだ」は「から(空)」でうつろ、着物を着用して初めて認識される。裸体の塊を美術品として鑑賞する文化は無かったでしょう?
ルネサンス期、古代彫刻が崩壊した状態で発掘されました。胴体部分は強度があったため残りやすかったのでしょう。『ベルヴェデーレのトルソ』を作ったミケランジェロ他、同時代のアーティストには刺激的に映り、トルソ部分の荒い習作を多く作ったようです。ただ、古代人を含めてルネサンス期まではあくまで未完成、不完全芸術と見なされていました。今とは違って修復するのが当たり前だったようです。ただ、その次の時代、マニエリスム以降、トルソ崇拝が始まります。欠けていることが美として受け入れられたのです。遙か昔に想いを馳せながら鑑賞するようになりました。そして『考える人』で有名なロダン(1840-1917)の手によってトルソ彫刻は自律した芸術として昇華してゆきます。当時のロマン主義<未完成の美学>が後押しをし、また、中身のない形式、純粋にフォルム(形式、外見)だけで造形行為をしようとする思想があったからこそ、文脈もない人間の体が美術品として存在できたのですね。
 文脈のない人間の体を観る。物語のない舞踊作品。ひたすらに運動体を見る。ダンスの世界でも今では当たり前になってきていますね、そういえば。身体自体が表現する。改めて、人間の身体ってすごい。