解説:文葉

くるみ

 チャイコフスキー三大バレエのひとつ、『くるみ割り人形』の愛称。 1892年12月18日、マリインスキー劇場にて、E.T.A.ホフマン原作、マリウス・プティパ台本、プティパの高弟のレフ・イヴァーノフ振付で初演(これもはっきりしていなくて、1幕はプティパが、2幕は病床に伏せった師匠に替わって振付たと言われる)。
  『永遠の「白鳥の湖」-チャイコフスキーとバレエ音楽-』(森田稔著、新書館)で見つけた「くるみ」の製作エピソードをご紹介致しましょう。
  今ではクリスマスシーズンの風物詩として地位を勝ち得た「くるみ」ですが、実はオペラの切り狂言として企画されたというのです。オペラ『イオランタ』との2本立て!オペラがメインで、バレエはオペラのハッピーエンドを祝う余興というコンセプトです。なーんだ、だから「くるみ」って筋がしっかりしてないんだ、と思われた方、そのとおりなのかもしれませんね。当時、帝室マリインスキー劇場の劇場管理委員長で、劇場を牛耳っていたフセヴォロジスキーは、大ヒット作『眠れる森の美女』に味をしめ、再度チャイコフスキーに作曲を依頼しました。オペラは幕開けの出し物、そのあと軽いバレエで締めくくるという当時18世紀からのパリ・オペラ座での慣例を、フセヴォロジスキーはロシアへ導入しようとたくらんでいたわけです。
  チャイコフスキーは、『イオランタ』の話を聞き、いつか作曲をしたいと考えていたようです。フランスはプロヴァンス王国の盲目の王女イオランタは、国王の配慮で世間から隔離され自分が盲目であることを知らずに育ちました。ある日、彼女の美しさに恋した青年は盲目を気づかせたら死刑にされると知らず、彼女との会話のなかで気づかせてしまいます。しかし、彼女は強い意思でもって視力を回復したため、青年は死刑を逃れ晴れて王女と結婚式を挙げ、全員が幸せになって、幕――。
  内にこもったままだった王女の精神的成長を描いた「イオランタ」と児童期から思春期への少女の成長がテーマの「くるみ」。二つの物語は一人の女性の内面的成長を描くという同じ潮流を抱えていたために、おそらくはセットで上演されても違和感がなかったのかもしれません。チャイコフスキー自身、3・4時間続けて演奏される2演目を音楽的に調和させようと考慮したようです。金管楽器はイオランタだけに、弦楽器はくるみだけに使用したり。片方だけの上演だと違和感を生じるようなことがあるようなのです。
  プティパによって細かく指示をされた中で、繊細で独創的なメロディーを次々に編み出したチャイコフスキー。その上、音楽の面で、オペラとバレエを対比させ調和させようとするなんて。彼の音楽を改めてじっくり聴きたくなりました。