解説:文葉

ポルカ(英/polka)

年始恒例のウィーン・フィル・ハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートは、毎年、シュトラウス一家や同時代の作曲家の音楽で華やかに彩られていますね。会場内のデコレーションや途中織り込まれるバレエとの共演は、まさに眼福。今年一年、平和で希望に満ちた明るい年にしたい! 気分はおのずと高揚します。メインで演奏されるのはウィンナワルツやポルカといった舞踊曲たち。フィルハーモニックなものが量産されるようになったポルカの起源は、1830年ごろにチェコのボヘミア地方に興った4分の2拍子の民族舞曲。名称はチェコ語のpolska(ポーランド娘)に由来するとか。速くて快活なテンポは人々を虜にして、チェコからスロヴァキア、ポーランドなどの山岳地帯へと広がり、やがてハプスブルク王朝の帝都ウィーンで大流行。その後、20世紀に東欧・中欧からアメリカへ移民する人とともにポルカは海を渡り、新大陸にも根付いていきます。

19世紀当時、ウィーンの舞踏会場やカフェは、自国の作曲家ヨーゼフ・ランナーやヨハン・シュトラウスのウィンナワルツやポルカであふれていたそうです。シュトラウス2世は作曲だけでなく、フランツ・ヨーゼフ1世とエリザベート女王との婚礼祝典舞踏会で指揮をしたり、宮廷舞踏会の監督に就任したり。貴族も市民もウィンナワルツやポルカ、オペレッタに傾倒して享楽ムード。当時は、18世紀にロンドンで起こった産業革命の波がヨーロッパ一帯に広がり、都市部に人口流入する時代。ウィーンも、68年間もの長い帝位が続いたフランツ・ヨーゼフ皇帝在位中、人口が5倍に膨れ上がったといいます。1840年代に40万程度だった人口は1880年ごろに約2倍、その後20年で2倍以上と加速して増え続け、20世紀初頭には200万を超すという具合です。近代化とともに人々のニーズ、暮らしも経済も変貌し、周辺国家との軋轢も沈静するどころか悪化する。国内外で不安定な情勢が続き、将来への不安、世紀末風潮への社会的不安がはびこる中、陽気な気分にさせる曲をどんなふうに人々は聴いていたのでしょう。

基本は2拍子のポルカですが、いくつかバリエーションがあります。一つは、ポルカ・マズルカ。マズルカ風のポルカです。マズルカは4分の3拍子のポーランド生まれの民族舞曲。3拍子で、急くようなリズムは影をひそめて、ときにメランコリックで叙情的な繊細さを感じさせます。もう一つは、ポルカ・シュネル。シュネルSchnellはドイツ語で「速い」の意味。高速ポルカです。最後にポルカ・フランセーズ。フランス風ポルカ。ゆったりとした2拍子のテンポの途中、♪ウン、パッパッというリズムが聞こえてくるのが特徴です。

ポルカを聞くと心は弾み、自然と踊りたくなりませんか。私自身、物心ついて踊るのが楽しいと認識したのは、「クラリネット・ポルカ」に合わせて振りを踊ったときでした。今は生の喜びを感じられるポルカの力を借りて、心を慰め、変化に立ち向かう気持ちを鼓舞したいと思っています。