本文 関口紘一

はじまりのはじまり---その七 オリガ・サファイアの遺品について

 むろん、「オリガ.サファイア展」で展示した彼女の遺品を解説するのにふさわしい人は、ほかにいると思われるが、暫定的にどんなものがあったか、主な書籍関係について簡単にご紹介させていただきたい。

  まず、最も豪華な装丁で、一際、目をひいたスイチン社版のトルストイ作品集(全20巻)。これはオリガの夫君、清水威久の母校東京外国語大学に寄贈されているものである。革貼りの表紙に銅板などでレリーフが組み合わされている。カラーの挿し絵も豊富で、1枚づつ厚紙の台紙に丁寧に貼り込まれている。
展示されたのは、
『幼年、少年、青年時代』挿絵/A.P.アプシスト 1914
『戯曲集』モスクワ芸術座舞台写真付 1914
『中短編集』全2巻 挿絵/A.P.アプシスト 1914
『戦争と平和』全3巻 挿絵/A.P.アプシスト 1912
『復活』挿絵/L.O.パステルナーク 1915
『アンナ・カレーニナ』全2巻 挿絵/M.チェグロフ、A.モラドフ、A.コリン 1914
  監修は『トルストイ伝』(全4巻)を著わしたP.I.ビリュコーフ。20世紀初頭のロシアの印刷技術が非常に優れていたことを証明する、見事な美装本である。

  ほかには、アンネンコフの『似顔絵画集』1922年。『ロシアバレエ史資料』全2巻 1939年、これはワガノワ舞踊アカデミーの歴史。アレクサンドル・グロークの『12』1918年、グロークは20世紀初めのロシアの有名な詩人。グリボエードフ『知恵の悲しみ』これはプーシキン作品とならんでロシア人必携の古典といわれる書。挿絵が美しく、その保護紙の透かし模様も1枚づつ異なるという念の入れよう。パーヴェル・ゴンチャロワ『絵になるロシア・バレエ』1922年、ペテルブルクで250冊限定出版された。アンドレ・レヴィンソン『今日のバレエ』1929年、有名な研究書。ボグダノフ、ベルゾフスキー『ガリーナ・ウラノワ伝』1961年。プーシキン『オネーギン』サモーキシ-ストコフスカヤの挿絵入り。エドゥアルド・スタルク『シャリアピン伝』1915年、メフィストフェレス、イワン雷帝などの舞台写真を掲載。レールモントフ『悪魔』エーベルリンクの挿絵入り。また、夫君の清水がオリガに贈った、恩師ヴォルインスキーの『歓喜の書』も展示された。この本のバレエ学校のカリキュラムを論じた部分では、2ヵ所で生徒だったオリガに触れ賞賛している。

  これらは、オリガがロシアから持参したものの一部にしか過ぎない。没後に散逸せずに留まったものの中から、比較的展示しやすく知られている書籍を選んでいる。しかし、所どころにオリガのメモや付箋が付されているこれらの書を見ていると、彼女が「バレエがない」といわれていた日本に、どんな想いを抱いて渡ってきたか、いくぶんかは推察できる。
  と同時に、革命直後ではあるが、当時のロシア・バレエのアカデミックな水準の高さも、おのずと偲ばれる。そのほかにも、1936年の時点で切りとられたロシア・バレエを移植するための、楽譜を初め貴重な資料が残されている。さらに詳細な解析がまたれるところである。