荒部 好

『アグリッピーナ・ワガーノワ』

G・クレムシェーフスカヤ 著 小林満利子 訳
アグリッピーナ・ワガーノワは、それまでフランス派、イタリア派などばらばらだったクラシック・バレエのメソッドを、統一して体系づけたバレエ教師として知られている。
しかし、1879年に生れて1951年に没するまでのワガノワ生涯は、帝政ロシアの時代から日露戦争、ロシア革命、第一次世界大戦、ソヴィエト連邦の成 立、スターリン時代、第二次世界大戦、ナチスの侵攻と壊滅と、まさに激動の72年間だった。その間、ロシアのクラシック・バレエがこの国を代表する芸術と して、どの様に政治的に翻弄され、どの様な運命に見舞われたか。それはいくら想像を逞しくしても、とても理解することは難しいだろう。
ただワガーノワは、そんな困難時代にもかかわらず、世界に敷衍する「ワガーノワ・メソッド」を確立したのである。クレムシェーフスカヤの『アグリッピーナ・ワガーノワ』は、彼女の直後の時代に生きた熱心な教え子による「苦闘の物語」である。
たとえば、文中に登場するアキム・ヴォルィンスキーは、ドストエフスキーやダ・ヴィンチの研究家として著名な大インテリだが、後年はバレエ教育に精魂を 傾けた。日本にバレエを伝えたオリガ・サファイアが、ヴォルィンスキーのバレエ学校で学んだこともよく知られている。彼は、キーロフ・バレエ時代にバレ リーナとしてあまり恵まれなかったワガノワの強力な支持者だった。
クレムシェーフスカヤは、丹念に当時のヴォルィンスキーの批評を収集し、彼がワガーノワをどのように評価し、それが当時のロシア・バレエにとってどのような意味をもっていたか、というところまできちんと意見を述べている。
これはほんの一例であるが、この一冊は今日のロシア・バレエの背景を知るうえで、決して欠かすことはできないだろう。
 

『アグリッピーナ・ワガーノワ』
G・クレムシェーフスカヤ 著
小林満利子 訳
文園社
¥1,890 (本体価格¥1,800)