荒部 好

『バレエ・ダンサーのからだとトラブル』

蘆田ひろみ著
  この一冊はまさに、初心者から現在活躍中のプリマ・バレリーナまで、バレエに関るすべての人々に必携の書である。
  京都の母親のもとでバレエを学び、しばしば舞台に立ち、バレエを教えていたこともある著者は、医学を修め、スポーツ医学を研究しつつ、バレエ学校で解剖学の講師も務める、というバレエ・ダンサーにとってこれ以上ない心強い味方なのである。骨や筋肉の解剖学的知識ばかりでなく、実際のバレエの訓練の過程で起こるトラブルにどう対処していくか、成功した例、失敗した例などが、豊富な経験に裏付けられて語られている。言葉も身体の部位の名称以外は、平易に優しく愛情をもって使われているから、信頼できるお医者さんの説明を聞いているよう。

  第一章の「美しく立つ」から始まって、専門に研究している脊柱側彎症のこと、アン・ドウォール、O脚とX脚、脚長差、膝の痛み、疲労骨折、腰痛、アキレス腱、ポワント、扁平足、外反母趾などお馴染みといっては変だが、さまざまな身体のトラブルに関する解説が懇切丁寧に、イラスト入りで語られている。
  単なるトラブルの処方箋だけではない。存在感のある立ち方とか美しいヒップライン、プロポーションに敏感に、気品のある表現、長い頸と清涼感、といった身体自体が持つ表現力を充分に発揮できるような対処法が説明されている。さらに、子供のレッスンの章では、母親として実際に自分の子供をバレエ教室に通わせた経験と医師としての知識によって、どのように教えていけばいいのか、また、どの時期にトゥシューズを履かせたらいいのかという「大問題」にも取り組んでいる。

  そして最終章には、ウェイト・トレーニング、貧血とダイエット、拒食症、骨粗鬆症の問題から、民間療法を受ける際の心得までが、医学的見地から説明され、読み進むうちに目から鱗の落ちる思いになる。まさにバレエ・ダンサーにぜったいに必要な一冊である。

  私はかつて、アメリカで本格的にモダンダンスを修得し、自身も多くの舞台で踊ったあるダンサーに話を聞いた時、それがいかに苛酷なものか教えられて、言葉を失い顔面蒼白になったことがある。簡単に言えば、そのダンサーはニューヨークのミドルタウンを歩いていて、突然、足が進まなくなった。手で足を片方づつ持ち上げながらアパートに帰った。その後は一時なんともなくなったのだが、やがて首から下の身体が麻痺してしまったのである。幸い、そのダンサーは日本人医師の的確な治療により回復し、最近では再びレッスンを始めた、と聞く。しかし、故国をはなれて献身的にカンパニーに務めていた彼女にとって、突如、身体が動かなくなる、という恐怖がどれほどのものか、容易に想像できることである。

  近年では、マーベル・トッドの名著『ザ・シンキング・ボディ』などが復刻され、身体による、身体から発想するダンスに注目が集まっている、とも言われている。これからの優れたバレエ・ダンサーは、身体の正確な解剖学的見識をもって、あるいはそれに自体によって踊っていくことになるだろう。



『バレエ・ダンサーの
からだとトラブル』
蘆田ひろみ著
音楽之友社 \2,500(税抜)