荒部 好

『ウラジーミル・マラーホフ』

インゲボルグティヒー・ルーガー原作/後藤まの訳
 ウラジーミル・マラーホフの自伝が刊行された。2002年にウィーンで刊行された『自伝 マラーホフ』の日本語版だが、原著にはない母エレーナ、友人のイルギス・ガリムーリン、成澤淑榮のインタビューが収録されている。
 マラーホフの写真もふんだんに掲載されている。特に母エレーナ提供の貴重な写真を含め、父母や弟たちなどとの幼少時の家族写真、可愛らしいバレエ修行時代、ロシア、ウィーン、シュツッツガルト、アメリカ、日本公演の舞台写真などファンにはたまらないチャーミングな映像がいっぱい見られる。

 子供の頃のこと、ペストフ先生のこと、モスクワ・クラシック・バレエ時代、ソ連を出てウィーンで踊り始めたこと、アメリカン・バレエ・シアターやカナダ国立バレエのこと、日本のこと、振付への挑戦、ベルリン国立バレエの芸術監督就任、そして故国のマリインスキー劇場にデビューしたことなどが、マラーホフ自身の言葉で丁寧に語られている。

 特に大統領がゴルバチョフからエリツィンに代り旧ソ連の混乱の時代に、ウィーンに移って西側のダンサーとして生きることを決めた頃のことは、よく知られていなかっただけに、マラーホフ自身の証言として貴重なものである。

 また、幼い頃からバレエダンサーを目指したが、種々の事情によりロシアを離れヨーロッパや北米で活躍した後に、故国のクラシック・バレエの殿堂ともいうべきマリインスキー劇場から招聘され、想い入れ深かったその舞台にデビューしたこと。これはマラーホフの人生の中では、ひとつのエポックといってもいいだろう。

 私は、その2001年のマラーホフのマリインスキー劇場デビューの舞台を観ている。演し物はヴィシニョーワと踊った『ジゼル』。10年ぶりのロシアへの想いのたけを全身全霊にこめた、まさに入魂のアルブレヒトであった。サンクトペテルブルクの観衆もまた、マラーホフの心のドラマを良く理解し、大地を揺るがんさんばかりの万雷の喝采を贈った。さすがバレエの国ロシア、知ったかぶりの「ブラボー」とはわけがちがうのである。

 この本の中で、マリシア・ハイデは言っている。
「ウラジーミルは芸術監督としてダンサーたちにたくさんのものを与えることができるだろう----たくさんのダンスについての知識、すばらしい自制心、国際的な豊かな経験、そしてダンスへの大きな愛を」


『ウラジーミル・マラーホフ』
インゲボルグティヒー・ルーガー原作/後藤まの訳
文園社 ¥2,100 (本体価格¥2,000)