(K.T.)

『ジゼル』

秋吉理香子/著

古典名作バレエとして親しまれている『ジゼル』を題材とした、本格的ミステリー小説が刊行された。最後まで二転三転四転するスリリングな展開と、バレエ『ジゼル』の設定と深く関わるストーリーが読み応え十分だ。

1802book.jpg

裏切りによる絶望のあまり命を落としてもなお、愛する人を守り抜く----古典バレエの名作『ジゼル』の儚い恋物語は、「東京グランド・バレエ団」を取り巻く不可解な事件に重ね合わされる。自身がダンサーでもなく、バレエ鑑賞歴も長くないという著者秋吉理香子は、緻密な描写によって、日本バレエ界の現実と理想を描き出している。
この小説のストーリーは、時折り挟まれる『ジゼル』の場面ごとのあらすじに呼応するように展開される。その構成に気がつくと、ウィリのごとく目撃された亡霊 "真由美" の呪いとされる不可解な事件の数々が起きる度、登場人物それぞれを、ジゼル、アルブレヒト、ミルタなど、『ジゼル』の役柄と重ね合わせながら読み進めたくなる。現実同様、作中でもリハーサルが進むにつれキャスティングが度々変わるが、読者の犯人予想のキャスティングも最終ページに至るまで度々考えを覆される面白さがある。
その展開を物語る一文一文は、著者が「先入観にとらわれないようにと事前にダンサーへのインタビュー取材をせずに書いた」とはとても思えないほどに、ダンサーの日常を細かく描いている。ダンサーがポアントをおろす手順、日本に実在するバレエ団や関係者を思わせる設定、国外の著名ダンサーへの言及の仕方に至るまで、繊細かつ正確な描写には、バレエ関係者は感心させられるだろう。
一方で、現代の日本にはない理想的なバレエ界の描写は、一般社会的感覚を持った著者のバレエ界に対する客観的な気づき、同時に、現在のバレエ界の中心にいる当事者たちの願いを代弁するという二面性を持っているように思う。作品解釈や役作りに関する演出家とダンサーによるディスカッション、入団したての若手複数人を抜擢した配役、バレエ団経営陣への若手ダンサーの参画など、実現すればやりすぎと叫ばれる可能性もはらむ。しかし、こうした理想形とも言えるカンパニー運営方法の挿入は、著者が単に観察、描写したかっただけには留めず、現代の日本にあるバレエという世界へのメッセージとして物語の中に秘められているように思う。
こうして19世紀の古典バレエの名作『ジゼル』は、ミステリー小説に化身し21世紀に登場した。『ロミオとジュリエット』が『ウェスト・サイド・ストーリー』に形を変えて広く愛され続けてきたように、公演鑑賞という形でなくとも、バレエ作品が普段バレエに親しみのない人々にまで広く楽しまれることは、大変に喜ばしい。また、その普遍的訴求力こそが古典の力でもある。
最近特に数多く公開されている、バレエを題材としたドキュメンタリー映画にみられるように、実在のダンサーやダンサーという存在自体が題材とされる機会が多い中、この小説のように、ダンサーたちが世代を超えて継承し表現してきた作品のメッセージが、違う姿として形作られて伝えられていくことも、喜ばしいバレエという芸術の発展の形ではないだろうか。

『ジゼル』
秋吉理香子/著
小学館刊
定価1,500円(本体)+税