(荒部 好)

『ジャワ舞踊バリ舞踊の花をたずねて』その文学・そのものがたり背景をさぐる

松本亮 著  めこん 刊

ワヤン(インドネシアのバリ島やジャワ島で行われている、独特の人形による影絵劇)やインドネシアの舞踊には、まったくの門外漢なのだが、書店の店頭でこの一冊を手にとって、たちまちその美しさに魅了されてしまった。
まず、ページからあふれんばかりに豊富なカラー写真には、まばゆいばかりの光を放つ色彩に飾られた若い女性たちの踊りや、幻想的な黄泉の国に棲まう神々を表すかのようなトペンと呼ばれる仮面舞踊の映像がふんだんに収められている。偶然、出会ったインドネシアの人々の踊りや芝居や儀礼の放つ芳香が、感覚の深部にしっとりと滲んでいくのが感じられたのだ。

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著者はこの世界をついて語りる時、キドゥンというバリ島の葬儀や結婚式の時に歌われる「女性だけのしみじみとした調べ」を聞くとはなしに聞きながら、西国三十三所御詠歌の第一番(那智山・青岸渡寺)を思い浮かべるシーンから筆を起こしている。
キドゥンと御詠歌はいつの時代から互いに影響し合ったのか、中国起源で日本へまたバリ島に渡ったなど、種々の説がある。しかし著者にとってはそれは問題ではなく、「人間の肉体がもつリズム、呼吸がおのずからに発し、くしくもキーを一つにするという奇跡をみせているにすぎない」と言う。それは和歌山の那智勝浦の「山と海のはざま」で育った著者の明察だろう。
著者は現在、ワヤン研究の第一人者として知られるが、かつては谷桃子バレエ団の研修所に通い、谷崎潤一郎の『白狐の湯』や泉鏡花の『高野聖』などを松山バレエ団でバレエとして演出、上演したというバレエ経験を持っている。1968年に初めてインドネシアを旅行して、その文化に触れて心うたれ、今日ではワヤンを自身で上演することもあると言う。「こころに響く感動は、洋の東西、またジャンルを問うことはなかった」のである。本書は以後、40年以上にわたるジャワ、バリ舞踊に関わった活動の成果をまとめたもの。

全体は、一)憑依舞踊の周辺。二)インドそしてジャワからバリへ吹く風にのって。三)中・近世ジャワ文学の舞踊化。という3章の構成。『マハーバーラタ』と『ラーマーヤーナ』という古代インドの叙事詩がヒンドゥー教の教典として伝わり、様々に分化して多様なジャンルが発達した。そしてそれらがイスラム教の文化やオランダ植民地時代などの影響を様々に受けて、今日のジャワ舞踊やバリ舞踊となって花開いている。
それは、地球に夏と冬があるように、現世と黄泉の国という二元的な宇宙を生命が循環する。この世では花々が咲き誇り、あの世では幻想の世界を旅する、という生命の存在の営みを教え、育んでいる文化である。ただしそれは伝統的に継承されてきたものと、観光用に改められたものがあることも示唆している。
著者は金子光晴と深い交友のあった詩人でもあり、気取らない自由な語り口で書かれていて、門外漢にも少々、理解できたのではないか、と思わせてくれる素晴らしい一冊だ。

『ジャワ舞踊バリ舞踊の花をたずねて』
その文学・そのものがたり背景をさぐる

松本亮 著
めこん 刊
定価 本体3000円+税