(荒部 好)

日本バレエの母『エリアナ・パヴロバ』

川島京子 著 早稲田大学出版 刊

かねてからエリアナ・パヴロバの研究を続けてきた川島京子の精魂こめた成果が一冊にまとめられて上梓された。
研究の発端は、川島がエリアナ・パヴロバの教えの系譜に連なってバレエを学んだことだと聞くが、強靭な意思により、日本国内の縁の地はもとより、遠くロシアにまで足を伸ばして研究を進めてきた。
私は、チャコット渋谷本店や大阪心斎橋店、鎌倉芸術館などで鎌倉市所蔵のエリアナ・パヴロバの遺品展を一緒に開催してきたので、彼女に細密な研究の姿勢を見てきた。その当時、あまり重要視されていなかったエリアナの遺品をじつに丹念に読み解き、ロシア時代のエリアナの出自に関する手がかりを見つけ、緻密に追及した。おそらくロシア時代のエリアナに関しては、特別なことがない限り川島の研究以上の成果は望めないだろう、と思われる

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エリアナ・パヴロバが日本にやってきた時代には、クラシック・バレエと言うもの自体を知る人も少なく、なまじ知っていたとしてもじつに曖昧な知識しかなかった。もちろん、バレエとモダンダンスは分けて考えられてはおらず、「洋舞」として同じものとされていた。それだけではなく「トウダンス」といわれて、西洋由来の物珍しい芸、とされ、浅草オペラやボードビル、無声映画、そのほかの雑多なショーなどと同じ舞台で、あるいは映画上映の合間などに上演されていた。
その後、アンナ・パヴロワの来日公演などがあって、知識人たちを刺激して次第にクラシック・バレエという芸術が理解され始める。
そのような時代だけに資料も各方面にわたり、きちんと収集されていたものなどなく、新聞のマイクロフィルムなど一般資料から探さなければならず、たいへんな苦労をしたと思われる。それだけに巻末に付された100ページ以上におよぶ資料は、エリアナを越えて日本のバレエの黎明期を通しての一級品である。もちろん、冒頭の帝国劇場開館当時のバレエに関する考察から、本文中の写真も非常に貴重なものが種々引用されている。
さらに本書に付された川島による精細な年表に記されているように、エリアナは来日当初は、横浜のゲーテ座や高級ホテルなどの一般にはあまり知られない外国人のエリアで、バレエの知識のある観客を対象に踊っている。
そしてこのエリアナのゲーテ座の公演記録も、かつては研究者やバレエ関係者にも知られておらず、エリアナの来日時期を巡っていろいろと憶測が述べられその時期には4〜5年の隔たりがあった。いまだエリアナの来日時期の厳密な日時は証明されてはいないが、川島の研究によって1919年7月には来日していたことが明らかになり大きく前進した。
また、エリアナのバレエが実際にどのようなものであったかについても、種々の考察がなされており、非常に興味深いものがる。

エリアナは、本書に付された多くの写真からも明らかなように、たいへんな美貌の持ち主であり、映画出演やコマーシャルにも登場した。そしてロシア革命の混乱を逃れて亡命してきた美しい白系ロシア人の貴族、ということでも大いに注目を集めた。日本に最初にクラシック・バレエを伝えた女性が、白系ロシアの美貌の貴族、だったということは、日本のバレエの受容に様々な影響を与えたと思われる。本書は、そうした観点から「日本のバレエの母」の物語を読む楽しみも備えているのである。

日本バレエの母『エリアナ・パヴロバ』
川島京子 著
早稲田大学出版 刊
定価(本体3,500円+税)