(荒部 好)

『日本バレエのパイオニア--バレエマスター小牧正英の肖像』

糟谷里美 著
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小牧正英は戦後、東京バレエ団を結成し、演出・振付・指導にあたり自身もロットバルトとして出演し、日本で初めて『白鳥の湖』全幕を上演した。その後も多くのバレエ作品を日本に導入したことでも知られる小牧正英の評伝が刊行された。
まず、小牧の出身地、岩手県水沢江刺の地理的歴史的環境、幼少時に影響を与えたであろう民族舞踊や祭りのことなどから始まって、絵画好きだったこと、バレエとの出会いなどについて記している。やがて上京して華やかだった浅草の劇場に出入りし、舞踊を習い、ロシア語も修得しようとする。そして小牧は「人生を決定付ける」ことになる書、大田黒元雄の色彩豊かなデザイン画や写真と解説でディアギレフのバレエ・リュスを浮かび上がらせた一冊『露西亜舞踊』を知る。その「露西亜舞踊」の魔力に魅せられ、画家か舞踊家として身を立てるべくパリに渡る計画を立てる。しかし結局、渡航許可証をもたない試みは失敗し、モスクワからハルビンに強制送還される。
そして帝政バレエ学校のカリキュラムに則った教育を受け、バレエの修得に本格的に取り組む。ハルビン・バレエ団に入団し、『剣の舞』(卒業公演)や『道化の恋』を踊って好評を博した記録が残っている。
やがて当時ライセアム劇場を拠点としてプロフェッショナルのバレエ団を運営していた上海バレエ・リュスから、チャイコフスキー生誕百年を記して『白鳥の湖』を上演するためにダンサー小牧に招待状が届く。この機を逃すまいと複雑な国際情勢の中、命がけの上海行きをに決行する。このあたりのことは時折、話題にされることなのだが、資料に基づいて再現されているだけになかなかスリリングだった。
その背景としては、ロシア革命とディアギレフ死後のバレエ・リュスの解散などによる芸術家の離散と合流、あるいはハルビンと上海のデミグラントの流れなどにも触れられている。

筆者はさらに小牧の上海バレエ・リュスでの活躍、敗戦後の東京バレエ団の結成と『白鳥の湖』全幕上演、ソニア・アロワ、ノラ・ケイ、マーゴ・フォンテーンなどの招聘、小牧バレエ団の活動などなど、日本のバレエのパイオニアの軌跡を丁寧に辿っている。小牧の活動ばかりでなく、帝国主義の権謀の最中にあったハルビンや戦乱が絶えず支配の構図が変転する上海の劇場や芸術家たちの有り様、日本国内のバレエの位置などについても述べられている。
バレエ関係者との対談をまとめただけで『日本バレエ史』などと大仰なタイトルを付けた出版物が横行するなかでは、立派な基本研究書のひとつといえるだろう。ただ恐らくはソコロフスキーが中心だったと思われるが、上海バレエ・リュスの作品の実態はどのようなもので誰が主体となとなって舞台が作られていたのか、などがもう少し詳しく判るとさらに有益な一冊となっただろう。次の機会を期待したい。

『日本バレエのパイオニア―バレエマスター小牧正英の肖像』
糟谷里美著
文園社刊  定価 2000円(本体 1905円+税)