(荒部 好)

『雅楽を聴く----響きの庭への誘い』

寺内直子 著

かつて前・新国立劇場バレエ団芸術監督の牧阿佐美氏のご母堂で、日本のバレエの先駆け、橘秋子展を開催したことがある。その時、橘秋子の遺品のひとつに分厚い雅楽の書があった。良く知られるように橘秋子は、日本人の感性から生まれるバレエの創造を求めて、バレエ教育の中に華道、茶道、礼法、瀧修行などを伝統的教養として採り入れ、その中にはむろん雅楽もあった。実際、橘秋子は雅楽を使ってバレエを振付けている。

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近年ではCDやDVDの普及、雅楽のアーティストの活躍などにより、雅楽の音を耳にする機会はむしろ多くなっているかも知れない。しかし、雅楽が演奏されていたのは劇場ではない。雅楽は宮廷音楽として、皇室の年中行事の際に演奏され、天皇や国が関わる神社や寺の行事でも演奏されてきた。
752年に東大寺大仏殿を舞台に行われた大仏開眼供養では、日本古来の歌舞と大陸伝来の楽が華やかに演じられたと伝えられるが、近年その様子が復元され、われわれも映像などで目にすることができた。雅楽は御所や寺社などの儀式が行われる野外の「庭」で、自然のざわめきや風の棚引き雲の流れなどとともに演奏され舞われてきた。
この『雅楽を聴く』の著者は、まず雅楽とは何かを解説し、次に実際にその音楽と舞が行われてきた「場」を求めて、5カ所に読者を案内している。
それは、京都御所、奈良 春日若宮おん祭、大阪四天王寺聖霊会、東京 宮内庁楽部、国立劇場であり、そこで現在、雅楽がどのように演奏されどのような役割を担っているかを、女性らしい細やかな綿密さを持って綴っている。そしてその雅楽が鳴り渡る5カ所の「場」・トポスとしての力は、知的刺激に富んでおり、今すぐにでも行ってみたくなるような興味を覚える。

筆者は、江戸時代の楽人の旧居を探して京都の街を散策する、<ぶらタモリ>ならぬ<ぶら楽家>を趣味としている、という。すると楽人たちはかなり狭い路地に暮らしていて、数人でそれぞれの家を持ち回って稽古に励んでいたと言うことが分かってきた。現在ではとても考えられないが、当時、雅楽は京の町の音として日常的に聴こえていたのではないか、という。
雅楽のメロディや舞の姿は、そのようにして長い長い年月のうちに、われわれのDNAの中に沁みわたってきた。橘秋子もそう信じていたに違いない、と思った。

『雅楽を聴く----響きの庭への誘い』
寺内直子 著
岩波新書
定価720円+税