(荒部 好)

『毛沢東のバレエダンサー』

book0910.jpg

著者のリー・ツンシンは、1961年に中国の山東省の農家の六男に生まれた。紅衛兵の嵐が吹き荒れる時代に家族で極貧と闘う生活を送る。
11歳の時に厳しい審査を経てバレエの英才教育をうける一人として選抜される。北京の舞踊学院で激しい訓練の中で刻苦勉励して、日本の舞台でもしばしば踊ることになるチャン・ウェイチャンとともにヒューストン・バレエ団のサマースクールに参加する資格を得る。芸術監督のベン・スティーブンソンに才能を認められ、紆余曲折の後に再度アメリカに渡って研鑽を重ね、1981年ついに亡命する。
そしてヒューストン・バレエ団のプリンシパルを務めた後、オーストラリア・バレエ団でも踊った。88年には中国への一時帰国も認められ、現在は妻子とともにオーストラリアに暮らしている。

その日の食べ物を得ることがやっとという中国の農村の貧しさからなんとか抜け出そうとして、厳しい訓練に耐え、毛沢東を信奉するようになる。しかし、アメリカの「堕落した文化」を経験して疑問が頭をもたげてくる・・・。
激しい環境の変化の中でもバレエへの情熱を燃やし続けて、ついにはアメリカでバレエダンサーとして成功するまでの、まさに波瀾に富んだ人生を読み易い文章で手際よくまとめている。
幼い頃からバレエの英才教育を受けることができるようになって、生まれて初めて故郷の山東省から北京に行くのだが、その間のこころ温まる母との交流は感動的。この母の深い愛情がなかったら、おそらくバレエへの道を進むことはできなかったのではないだろうか。
初めてアメリカの生活を経験するときの震えるような驚きの感覚、あるいはニュ−ヨークのアメリカン・バレエ・スクールでバランシンやロビンズに会ったり、アメリカン・バレエ・シアターのスタジオを見学に行った時にバリシニコフやゲルシー・カークランドを目の前で観た時などの感動が、じつに手にとるように伝わってくる。近年ではもう忘れていた、人間としての初々しい心の動きに巡り会ったような、なつかしさを感じる一冊だった。

この本はオーストラリアで刊行され、既に映画化されているそうだ。主演はバーミンガム・ロイヤル・バレエ団のプリンシパルで、佐久間奈緒とパートナーを組むことも多いチー・ツアオ。母親役には、『ラストエンぺラー』の皇后役で知られるジョアン・チェンが扮している。

『毛沢東のバレエダンサー』

  • リー・ツンシン 著 井上実 訳
  • 徳間書店 刊
  • 本体1,800円+税