ニュース

その他ニュース: 最新の記事

その他ニュース: 月別アーカイブ

森瑠依子 
[2017.10. 7]

クシェシンスカヤとロシア皇太子のロマンスを描く映画『マチルダ』がマリインスキー劇場で初公開

10月7日(土)、サンクトペテルブルグのマリインスキー劇場で、100年前にこの劇場で活躍していたマチルダ・クシェシンスカヤ(1872-1971)を主役とする映画『マチルダ』が、26日の一般公開を前に世界初公開される。ちなみに、マリインスキー劇場で映画が公開されるのは初めての試みだという。
ポーランド系のバレエ一家に育ったクシェシンスカヤは、19世紀末から20世紀初頭にかけてのマリインスキー劇場の大スターで、ロシア人として初めて32回連続のグラン・フェッテ・アン・トゥールナンを披露し、ロシア人初のプリマ・バレリーナ・アッソルータに任命されたことでバレエ史に名を残している。ペテルブルグの帝室バレエ学校からマリインスキー劇場に入って抜群のテクニックと華やかさで人気を博し、バレエの実力に加えて、皇帝ニコライ2世の皇太子時代の愛人だったことから、スキャンダラスな面でも当時の人々の注目の的だった。強烈な上昇志向のために出世の邪魔になる人物はロマノフ家とのつながりを駆使して排除したり、若いバレリーナと上流階級の男性のいわば「援助交際」を取り持っていると怪しまれたり、収賄事件に関係していると言われたり、彼女には様々な黒い噂がつきまとった。そのため1917年のロシア革命で帝室の庇護を失った後は身の危険にさらされ、ニコライ2世のいとこである夫のアンドレイ大公らとともに、命からがら亡命している。なお、やはりマリインスキー劇場のダンサーだった兄ヨーシフはペテルブルグに残り、1942年レニングラード包囲戦の際に死亡した。その娘のひ孫がワガノワ・バレエ・アカデミーを卒業して今年ボリショイ・バレエに入団したエレオノラ・セヴェナルドだ。

映画『マチルダ』は皇太子の結婚で終わったふたりのロマンスを、5000着にも及ぶ衣装、クレムリン宮殿内の大聖堂、サンクトペテルブルグのエカテリーナ宮殿でのロケなどロマノフ朝の栄華をしのばせるセッティングの中、豪華絢爛な歴史絵巻として描いている。
実はこの映画はこれまで複数のトラブルに見舞われてきた。始まりは2013年。ボリショイ・バレエの人気プリンシパル、スヴェトラーナ・ルンキナが、この映画のプロデューサーである夫とともにカナダに去った事件。夫が別のプロデューサーとのもめ事で脅迫されたためというが、同時期に起きたボリショイ・バレエ監督セルゲイ・フィーリンが硫酸を浴びせられた事件との関連も疑われて騒ぎになった。ルンキナは結局カナダに移住し、カナダ・ナショナル・バレエのプリンシパルとして活躍している。
そして去年、ニコライ2世をドイツ人の俳優が演じることにロシアの国粋主義者が不満を申し立てたのに始まり、クリミアの美人検事として話題になった(現在はロシア下院議員)ナタリヤ・ポクロンスカヤが、公開されたトレイラーの内容が現在ロシア正教の聖人に列せられているニコライ2世と家族を冒涜しているとして映画の公開中止を求めたり、アレクセイ・ウチーチェリ監督のスタジオが放火されたりと、次々と騒動が起こった。ロシアの当局は反対派の主張をしりぞけており『マチルダ』の公開に変更はないが、7日の上映後にどのような反響があるのか、まだ予断を許さない。

なお、2016年にフランスのカンヌで開催された国際テレビ見本市MIPTVで『マチルダ』のテレビドラマ版が「MIPドラマ・スクリーニングス」の優秀12作のひとつに選ばれた。そこでの好評もあってか、映画版はドイツ、オーストリア、スイス、アメリカでも公開が予定されている。ぜひ日本でも公開が実現することを願いたい。
 

https://www.youtube.com/watch?v=bGRPvQGY6Do&t=19s
公式トレイラー(ロシア語)

『マチルダ/Matilda』
監督:アレクセイ・ウチーチェリ
製作:Rock Films 2017年、ロシア 
出演:ミハリナ・オリシャンスカヤ(マチルダ・クシェシンスカヤ)、ラース・アイディンガー(ニコライ2世)、ダニーラ・コズロフスキー(ヴォロンツォフ)

『ペテルブルグのバレリーナ』マチルダ・クシェシンスカヤの回想録
マチルダ・F・クシェシンスカヤ 著
森瑠依子 訳
関口紘一 監修
定価3,500円(税別) 平凡社 刊
帝室バレエ学校時代、皇太子との出会いと破局、アンドレイ大公との恋、亡命、パリでの生活と、ロマンス小説のようなドラマティックな人生を送った彼女の一代記。話題はバレエ界に限らず、ロマノフ家の人々や当時のセレブたちの華やかな日々の描写が興味深い一方で、命の危険にさらされながらのロシア脱出は、当事者ならではの緊迫感に満ちた貴重な歴史的証言だ。
http://www.chacott-jp.com/magazine/dance-library/book/1202book.html