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関口 紘一
[2009.09.30]

ダンス=人間史「20世紀のダンス 2つのターニングポイント」が開催された

加藤みや子(HOT HEAD WORKS)が主催する山野博大との対談シリーズ「ダンス=人間史」が開催された。今回は、「20世紀のダンス 2つのターニングポイント」というテーマを掲げ、<日本の劇場ダンス創世記に海外を目指した人たち>を國吉和子と山野博大(司会は加藤)と、<ポストモダンダンス、その衝撃と影響を考える>は米井澄江、武藤大祐、加藤みや子(司会は山野)がそれぞれ語り合った。

まず、創世記に海外に渡った舞踊家について。
当然ながら最初に川上音二郎とともに19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカやヨーロッパ公演を行って大いに反響を呼んだ貞奴の名前が挙げられた。そしてこれはパリ万博などが開催されたジャポニズムの時代に、ヨーロッパ人の視点から珍重されたことが大きい、といった意見が交わされた。
また、まだ日本にダンスが無かったに等しい時期に、バイオリニストを目指した石井漠、声楽家を目指した伊藤道郎が舞踊家になったこと。そうしたことに影響を与えたと思われるリトミックや山田耕筰などについても話し合われた。
さらに、江口隆哉、村山知義、河上鈴子なども日本のダンスの創成期にあっては、それぞれ重要な役割を果たしている、という見識も示された。國吉はプロレタリア文学に傾倒した時期のある初代藤蔭静枝の動向に関心を向けているという。
ダンスあるいは現代舞踊の歴史については、たいへん多岐にわたるのでいっそう絞り込んでいく必要があるのかもしれない。
今後は、エリアナ・バヴロワ、アンナ・パヴロワ、オリガ・サファイアなどから影響を受けたクラシック・バレエについても、同様の企画が望まれる。

続いてポストモダンダンスの衝撃について。
こちらは武藤から、ジャドソン・チャーチ周辺から巻き起こったこの芸術現象についての概要が手際よくまとめられて報告されたので、それぞれの意見が理解しやすかった。加えて加藤、米井が舞踊家の視点から、時期的に異なる現実のポストモダンダンス体験を語るという、じつに当を得たシンポジュウムだった。
加藤は、77,78年に渡米し、ニューヨークはもちろん、トリシャ・ブラウンの意見を容れて西海岸に赴きポストモダンダンスのひとつの起点となったといわれるアナ・ハルプリンにも会ってきている。さらには、03年に再び同様の旅を敢行して、ポストモダンの変貌ぶりも目の当たりにしてきたという。
今日までの舞踊家としての加藤自身の体験と照合しつつ、アナやトリシャの変容について言及していたが、ここで1,2行で安易に要約するよりもさらに詳細にまとめていただきたい、と思った。
米井は、江口隆哉に学び、ニューヨークでけケイタケイ、エイコ&コマに出会い、アルヴィン・ニコライ、グラハム、カニングハム、テーラー、エイリーなどを観た。その後、市川雅の後を受けてアメリカン・ダンス・フェスティバルの中心として活動してきた。現在もニューヨークを拠点として活躍している。
米井からは、セントラルパークの池に浸かったり、ハドソン川に浮かんだり、ビルの屋上から屋上へと手旗信号でも送るようにパフォーマンスを展開したりした60年代のポストモダンダンスの自由でおおらかなスピリットが、トリシャやイボンヌ・レイナーなどの今日にいたる活躍を支えているのではないか、と説得力の有るコメントが寄せられた。
そして司会の山野は、ニューヨークで最盛期のポストモダンダンスの洗礼を受けて帰国した厚木凡人が、日本で公演した舞台の様子や舞踏との関係などについて興味深い話があった。
また、武藤による有名な『スニーカーを履いたテレプシコール』などの書籍の紹介や関連映像の上映、解説があり、たいへん勉強になったイベントだった。