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三崎 恵里
[2016.02.15]

巨星、ダドリー・ウィリアムズを偲ぶ会がアルヴィン・エイリー・ダンス・シアターにより開催された

-----"Love, Forever Dudley" 「ダドリー、愛している。永遠に」

昨年5月31日(日)に、アルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアターで40年もの間カンパニーをリードしたダンサー、ダドリー・ウィリアムズが自宅アパートで亡くなっているのが発見された。76歳だった。死因は発表されていないが、自然死であるという。

1602DudleyWilliams01.jpg Photo by James McMenamin

非常にまじめで芯が強く、誰にも慕われた人であっただけに、カンパニー及び彼の周囲がその死を受け入れるのには時間が必要だったと思われるが、今年1月28日に彼のメモリアル式典が、エイリーカンパニーのブラック・ボックス・シアター、The Ailey Citigroup Theaterで行われた。
式典はあまり形式ばらず、むしろ身内の集まりの様なフランクさで、現在の芸術監督、Robert Battleの挨拶で始まった。常にシガレット片手に椅子に座っている独特の雰囲気を持ち、ステーキを毎日食べる生前のウィリアムズの生活スタイルを紹介、「体を通して歌う」というウィリアムズのダンスの信念が語られた。
そしてエイリー・スクールの7歳から17歳の生徒たちにより、エイリーの名作『リベレーションズ』で一番最初に踊られる「I’ve Been ‘Buked’」が踊られた。非常に良くトレーニングされ、カンパニー顔負けに踊る若いダンサーたちの大きな手、小さな手が入り混じって、素晴らしい演技だった。
次はウィリアムズが踊るビデオ「Dudley Dances」上映された。ウィリアムズ62歳の時に作られたものだ。シンプルな白い長そでのシャツと白いズボン姿で、ウィリアムズがクリーンなラインで淡々と、しかし心を込めて『Song for You』を踊る。ビデオの中でインタビューに答えて、「完璧な演技、つまり完全にステップを覚えて完全に踊ること、はボアリング(退屈)!私にとって、ベターになれない時はキャリアの最後」と語る。「アルヴィンにいつも、もっとウエイトがいる、ウエイトがいる」と言われ続けたが、最近になってやっとそれが分かってきた。それは(体ではなくて)頭の経験、つまり成熟だ。」当時のNew York Timesの批評家の一人、ジェニファー・ダニング(Jennifer Dunning)もビデオの中で、「彼の踊りは常にウエイトとデプス(重さと深さ)がある。それは年齢と経験がもたらすもので、年老いたダンサーだけが表現できるもの」と語っている。ビデオには、まだ若いウィリアムズがエイリーの様々なレパートリーを踊る姿も記録されてあった。
その後、ウィリアムズと一緒にカンパニーで踊り、今はカンパニーの運営に携わる人々の挨拶が続いた。ジョージ・フェイゾン(George Faison)は、ウィリアムズは常に深いところから踊っていた。と語った。ヘクター・マーカド(Hector Mercado)はウィリアムズのユーモラスな思い出を語り、ドナ・ウッド・サンダースはウィリアムズの踊りを、シンプル、質、純粋と表現、舞台の上でも下でも楽しい人だったと語った。

1602DudleyWilliams02.jpg Sylvia Waters and Dudley Williams in Steve Sarnasado's Metallics.  Photo by Fehl

ここで茶谷正純とレネー・ロビンソンが『Rainbow Round my Shoulder』(振付:ドナルド・マッケイルDonald McKayle)を軽やかに、コミカルに踊った。今はめったに舞台に上がらない茶谷だが、流石に達者な踊りで、踊るというよりは相手役のロビンソンと冗談を言いながら戯れているようであった。観客は大喜びで、「チャヤ」の人気は健在だ。
ジュリアードでウィリアムズと一緒にオーディションを受けたシルヴィア・ウオーターズ(Sylvia Waters)は挨拶の中で、ウィリアムズはエレガントで情熱的で、正直だったと語り、彼はいつも地下鉄の電車の中でタイツを編んでいたというエピソードを披露した。
この日は昔ウィリアムズが関わっていたマーサ・グラハム・カンパニーから、ブレイカリー・ホワイト・マクガイヤー(Blakeley White-McGuire)が出演して、マーサ・グラハムの作品『Deep Song』を踊った。白いドレスに黒いプリーツの衣裳を着て白いベンチに座ったマクガイヤーは、ベンチを様々に美しく使いながら、怒り、困惑、悲しみ、後悔を踊りで見事に表現。グラハム作品とグラハム・テクニックの素晴らしさを再認識させた。
最後に挨拶に立ったジュディス・ジャミソン(Judith Jamison)は、ウィリアムズの人柄を偲ばせる思い出を語る中で、ダドリーはダンサーそのもの、教えてもらうのではなく、彼を見ることが教えになった、と語った。ジャミソンの話から、誰からも愛され、みんなから感謝されているウィリアムズの姿が浮き上がった。
そして、エイリーの名作『Love Song』からの抜粋「A Song for You」をマチュー・ラッシング(Matthew Rushing)が踊った。ウィリアムズはラッシングに直接この踊りを指導したという。ラッシングの踊りは非常に繊細で洗練されたラインと動きで繋がれて、これまでになく美しいと同時に舞踊家としての成長を強く感じさせるものであった。心を込めて滑るように踊り、まさに身体が歌うという、ウィリアムズの踊りの信念を引き継いでいるが、しかしこれは紛れもなくラッシング本人の解釈と表現であった。久しぶりに、男性の美しい踊りを見た思いがした。

1602DudleyWilliams06.jpg Photo by Andrew Eccles

最後は現在のアルヴィン・エイリー・ダンス・シアターのメンバーが、『リベレーションズ』からの抜粋でいつも最後に黄色い衣裳で踊られる、「Rocka My Soul」を賑やかに、陽気に踊り上げた。
私はバイリンガル舞踊雑誌の「ニューヨーク・ダンス・ファックス」を出版していた時に、ウィリアムズに特集インタビューをしたことがある。1996年の事だった。その動機は、エイリーの若いダンサーたちが集まって行った自主公演に、大先輩のウィリアムズが出演していてびっくりしたのだが、盲目の男の踊りを踊った彼の物凄い存在感と表現力に圧倒されて、是非話を聞きたくなったからだった。当時カンパニーのトップダンサーであったにもかかわらず、気さくに応じてくれ、非常に興味深いお話を伺った。
特に印象深かったのが、アメリカモダンダンスの巨匠、アルヴィン・エイリーとマーサ・グラハムとの関係だった。当時両方のカンパニーで踊っていたウィリアムズが、エイリーとのアフリカツアー公演中に膝に大怪我をしてしまい、どの医者にも手術をしなければならないと言われた時、グラハムが自腹を切って彼のフィジカルセラピーの費用を出し、彼は無事に半年後のグラハムの公演に出演できたという。
また、エイリーは当時ともすれば経済的に困窮していたカンパニーに、自分がブロードウエイで振付をしたり踊ったりして稼いできた金を黙って回していたという。ある公演で、エイリーと同じ楽屋になったウィリアムズはこの事を彼に言うと、エイリーは「知ってたのかい?」と驚いたという。「ちゃ〜んと知ってますよ。だから僕はあなたに忠実なんです。」と言ったという。そして彼はエイリーに、「アルヴィン、有難う、有難う、有難う。心の底から有難う」と言ったと話してくれた。

1602DudleyWilliams04.jpg Photo by Gert Krautbauer

二人の巨匠に愛されたウィリアムズだったが、どうしてもどちらかを選ばなければならない時が来た。両方のカンパニーの公演ツアーが同じ時期にぶつかったのだ。その時、ウィリアムズはエイリーを選んだ。理由はグラハムがやっているギリシャ神話の作品よりは、エイリーの作品の方が彼には現実的だったし、自分自身でいることができたから、と語った。しかし、それはグラハムが自腹を切って、彼の怪我を治させてくれた直後の時期に当たり、彼は辛い思いで自分の決断を告白しなければならなかった。話を聞いたグラハムは、いきなり彼の横っ面を平手打ちにしたという。グラハムがダンサーを平手打ちしたのは有名な話で、叩かれたのは彼だけではない。私のインタビューでは、「そうされて当然だった。当たり前です。もう、すみませんとしか言えなかった」と語ったが、ウィリアムズはこれで気持ちが吹っ切れたようだ。この話は今回のエイリーでのメモリアルでも、エピソードとして話され、伝説的なものとなっている。
ウィリアムズは本番で振付を忘れることでも有名で、メモリアルでも語られ、よくエイリーは「おい、お前俺のステップに何してんだ?」と言っていたそうだが、私とのインタビューでも彼は陽気にこのことを話している。「失敗は日常茶飯事。自分の踊りに満足する日は踊りを辞める日だよ」と語った。「私はしょっちゅう振りを忘れるんです。ショーが終わったら何を食べようか、一杯やるか、てなことを考えながら踊ってるから、いつどこで振りを忘れて、(ごまかすために)全然違うことをやるか分からない。そういう時は信念を持って徹底的に即興すれば、お客には失敗とは分からないからね。だから、他のダンサーには俺には付いてくるな、と言ってます」と語ってくれ、大笑いしたものだった。
20年前のインタビューだが、当時の記事を読み返しながら、ウィリアムズの暖かい、成熟した人柄と踊りが蘇ってきた。彼に教わることができたエイリーの後継者たちは、本当に幸運だと言える。私も彼の話を直接聞くことができた幸運を感じた。メモリアルで明らかになった、誰にも愛された彼の人柄と踊りの真髄は、これからもエイリーの作品と共に受け継がれていくことだろう。

1602DudleyWilliams05.jpg Photo by Krautbauer