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[2008.06.10]

アメリカン・バレエ・シアター来日直前ニューヨークレポート

浦野芳子 text by Yoshiko Urano

 この7月17日より3年ぶりの来日公演を行う、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)のMET(メトロポリタン歌劇場)シーズン、オープニングに出か けました。ABTにとってMETシーズンは、秋からスタートする一年のシーズンのクライマックス。欧米の新学期が9月なのと同様、バレエ団の公演も秋がス タートとなり夏で幕となるのだ。しかもABTの本拠地、ニューヨークで行う公演とあり、毎年さまざまな話題で盛り上がる。たとえば去年は、カンパニー唯一 の日本人ダンサー、加治屋百合子さんのソリスト昇進の噂、といったように(詳しいことは、加治屋さんのインタビューページをごらんください)。

☆日本初演まで待ちきれない!
トワイラ・サープの「新作」について、レイチェル・ムーア女史に直撃レポート

  今年のMETシーズンの話題は、なんといってもトワイラ・サープ振付の「新作」の世界初演だろう。もちろん、世界中のバレエ団やダンス・カンパニーで多々 新作は創られているが、今回のABTのように“音楽から作る”ことは稀である。たいていの場合は、既存の楽曲に振付家が振付をおこなう、というケースであ る。その音楽を担当したのは、「チャーリーとチョコレート工場」「シザー・ハンズ」「シカゴ」「バットマン」などの映画音楽でも知られるダニー・エルフマ ン。映画監督、ティム・バートンの常連として知られる彼の、バレエ作品デビュー作となる。また衣装は、80年代に一世を風靡したノーマ・カマリが担当。そ して振付を行うサープはといえば、世界中のバレエ団に振付を行い、「プッシュ・カムズ・トゥ・ショヴ」や「ブラームス/ハイドン変奏曲」など、ABTにも 15もの作品を振付した、人気と実績のある振付家。いったい、どんな作品になっているのか? バレエ団の運営ディレクター、レイチェル・ムーアに問うと 「すばらしい仕上がりになっているわ」とのこと。「今回の新作は、バレエ団としても大きなチャレンジ。人気のある古典作品には黙っていてもお客さんは入る わ。でも新作はどうかしら? しかし、ダンサーと、バレエ団が未来に向かうためには、新しいチャレンジは必要なの」。“白鳥の湖”に代表されるようなクラ シック・バレエ作品の世界には明確な階級社会がある。簡単に言ってしまうと、主役や準主役にはスポットが当たるが、その他のダンサーが注目されるのは難し い。「けれども、現代作品には主役と脇役の棲み分けはそんなにはっきりしていない。だから、群舞の若いダンサーたちにも自分のテクニックや表現をアピール するチャンスが与えられるわ」。これは、ダンスが未来に向かうためにとても大切なことなのだと、レイチェル・ムーア女史は続ける。「だって、私たちが創る 現代作品が、100年後の“白鳥の湖”になることもあるのよ」、つまり新作は愛されて再演を望まれればいつか普遍になる、ということだ。そのためにカンパ ニー・スタッフも、振付家も、そしてダンサーたちも、チャレンジを続ける。ABTは古典作品から現代作品までのレパートリーの幅広さについては、世界屈指 といっていいだろう。その底力は、こうしたチャレンジ精神や懐の深さにあると、感慨深いインタビューだった。が、私が滞在していたMETシーズン・オープ ニングの5月の一週間ではまだ作品はリハーサル途中とあり、その全貌は掴めぬまま。来日公演での“オールスター・ガラ”で堪能することを、いまから楽しみ にする毎日である。

☆個性豊かなスター陣が繰り広げる“一晩で何度もおいしい”!? ガラ公演

  5月19日のMETシーズンオープニング・ガラは、とにかく華やかだった。まず、観客のいでたちが感動的なのである!! オープニングナイトとあり俳優や テレビキャスターなどが華やかなドレスアップ姿で登場、カメラのフラッシュを浴びる。もちろん、一般のファンだって、ドレスアップをそれぞれ楽しんでい る。そして。ドレスのすそを引きずり劇場内に入っていく女性の中に、きもの姿の日本人女性の姿が混じっていたのが、とっても嬉しかった。それは、シャンパ ングラス片手に正装した男女の中でも、ひときわ清楚でエレガントな印象を放っていた。やっぱり日本人のドレスは、きものだね!!と心の中でガッツポーズ。 それにしても、ホワイエを埋め尽くすドレスと上質のジャケットのオンパレードに、ああこの国ではバレエはとてもリスペクトされている芸術なのだなぁ、と改 めて思う。シーズンの初日を、こんなにも華やかに祝おうと、皆がドレスアップするのだから。

 ガラの幕が開くと、まずは南米出身の プリンシパル、パロマ・ヘレーラが群舞を伴って「メリー・ウィドウ」を披露。エネルギッシュな群舞の中心にいるヘレーラのなんと輝いて存在感のあること! それだけでシーズン・オープニングの華やかさを印象付ける。続いてカンパニーの若手プリンス、デビット・ホールバーグの「白鳥の湖/3幕」ロット・バルト のシーンである。ABTの芸術監督、ケビン・マッケンジー版の白鳥の湖にはふたりのロット・バルトが登場するがデビットが演じるのは美しく、女性たちを魅 了してしまうロット・バルト。すらりとした長身の端正なルックスに加え、とても優美で上品な彼の存在感は、騙されても当然、と思わせてくれほど王子様然と している。公私ともにベスト・カップルであるジリアン・マーフィーとイーサン・スティーフェルの「ドン・キホーテ」のグラン・パ・ド・ドゥは、品格があり 華やかな、例えるならば“ABTの正統派部門”だ。同様に、古典作品ではいつもエレガントな存在感で魅了してくれるアメリカン・ビューティのプリンシパ ル、ジュリー・ケントが、期待のビッグダンサー、マルセロ・ゴメスを相手に、「オネーギン」で、大人の恋愛の機微を情感豊かに演じる。その合間にはなん と!! スーパーアイドル&スーパーテクニシャンのアンヘル・コレーラと、今世紀を代表するプリマのひとり、世界の舞姫、ニーナ・アナニアシヴィリが「ジ ゼル」の2幕を演じるのである。ビックスター同士の組み合わせもさることながら、どちらかというと華やかなキャラクターを演じて人気のこの二人が、あえて “ジゼル”である。お互いをリスペクトするかのような抑制のきいた表現だったが、ただそこにいるだけで舞台上の空気をがらりと変えて見せてしまうあたり に、成熟したダンサーの放つオーラを改めて納得。そこに立つだけで動かなくても、身体からあふれ出るオーラが舞台の空気を動かすのである。スーパーテク ニックを鑑賞するのも楽しいけれど、偉大なダンサーのオーラに感動するのも、バレエ鑑賞の大きな楽しみだ。

  一方で、ガラの「海賊」ではエルマン・コルネホが大胆なジャンプと気品溢れる演技で首領の“コンラッド”を踊り、南米系王子様の愛称も持つホセ・カレー ニョがアリを、そして褐色の肌を持つ優美な若手、シオマラ・レイエスがメドーラを踊った。男性陣は期待を裏切ることなくダイナミックな海賊そのもの。とく にエルマンのコンラッドは、大きなジャンプで客席を湧かせ、十分に存在感を見せつけた。ホセのアリは今さら言及するにも及ばないだろう…そのソフトで甘い マスクがきりりと引き締まり宙に半月を描くように浮く様子には、思わず客席も腰が浮く。また、シオマラは3年前の来日より何倍も魅力と存在感を増したよう に思う。優美な身体の使い方は以前から評価されていたけれど、それにさらに磨きがかかったばかりでなく演技にも抒情性が増している。ポール・ド・ブラだけ で、十分に客席を引き付けてくれる、その上品な演技に目が吸い寄せられた。

 今回、もっとも印象的だった作品のひとつが、ベテランカップル、イリーナ・ドヴォロヴェンコとマキシム・ヴェロセロコフスキーが踊った 「Splendid Isolation III」だ。舞台の幕が上がると、腰から床を覆うようにドレープを描いた大きなスカートの真ん中にぽつんと立つイリーナーの背中が(そういう風に見えるの である!)、美しくもなまめかしく宙に弧を描いてしなる。シンプルなパンツを身につけただけのマキシムの美しい身体がスカートの周りをもどかしそうに動き 回る。マーラーの音楽に乗って、ふたりのダンサーが互いの孤独から抜け出そうと美しく苦悩している(ように見えるのである…再)。そのとき大きなスカート の存在は、男女の間の壁、あるいは枷のように見えるのである。なんとも詩的で哲学的、そして視覚的にも訴える美しい作品で、会場中が感嘆のため息に包まれ た。この作品は、振付家のジェシカ・ラングがふたりのために振りつけた作品である。ロシア出身の正統派バレエダンサーのイメージを持つふたりが、こうした 現代作品に出会い新たな境地を披露してくれるのも、ABTの心地よい裏切りのひとつだ。

 このガラの初日は、ABTの魅力が凝縮さ れた舞台だと言っても過言ではないだろう。アメリカはもちろんだがロシア、ヨーロッパ、アジアと国際色豊かなスター軍団。多才なキャラクターが、古典から 現代作品まで幅広いバリエーションを演じるのである。ディレクターのレイチェル女史も「私たちはブロード(=巾)の広いカンパニーを目指しているわ」と 言っていたが、ニーナをゲストプリンシパルの頂点、世界のアイドル、アンヘルやホセ、ジュリーらを要に、それに続く若手プリンシパルが充実している今は幅 だけでなく奥ゆきも充実していると言ってよいだろう。

☆ダンサーたちの、日々の研鑽

 今回はリハーサルの模様やレッスンの模様を取材する機会にも恵まれた。それらを見て一番心を打たれたこと。それは“ダンサーたちは日々新たなチャレンジを続けている、決して自分の現状には甘んじていない”ということである。
なぜなら。レッスンでは積極的に“失敗して”見せるのである。それが、調子が悪くてしくじるのではないことは、毎晩の本番の舞台を見ていればわかる。 彼、彼女たちはゆるぎない演技のための現在の完璧な身体の使い方は十分わかっているのだ。しかしさらなる表現・テクニックの高みへと向かうために、日々新 たなバランスやタイミング、ポジションを探して、そして失敗をするのである。それは、若手はもちろんだが、どんなベテランでも同じこと。そうして重ねた失 敗の中から、新たな発見を繰り返し、テクニックの向上はもちろん、新たな自分、新たな表現を磨いていくのである。
ある日のレッスンが終わった後、稽古場の片隅に、ニーナ・アナニアシヴィリがジリアン・マーフィーに指導をしている姿があった。ジリアンはこのMET シーズンで「ジゼル」を初めて踊るのである。腕の表情や身体の使い方、角度などをやさしくアドバイスするニーナの横顔は本当に、やさしさと温かさに満ちて いる。世界の舞姫が舞台の上で味わった経験、哲学が、次世代へと受け継がれていく素晴らしい瞬間を目の当たりにした思いに、胸が熱くなった。

☆興奮の夜は、8週間続く

  オープニング・ガラ公演の後は毎年恒例のイヴニング・パーティ。メトロポリタン歌劇場の隣に設けられたテントに、ファンや支援者を招くパーティには、ダン サーたちも全員、ドレスアップ姿で参加する。ご主人でカンパニーの芸術監督補佐のビクター・バービーとともに会場に現れたジュリー・ケントはワンショル ダーのターコイズカラーのドレス姿でその知的な美しさをさらに際立たせている。ホセはいつものように、美人の奥様を伴っての登場。それでも「今から2か 月、こっちで踊って十分にウォーミングアップしていくから、日本で待っててね!」なんて言われると、思わず目がハートになってしまう。なんてイケナイ人な のだ、ホセ!! ふと見ると、マルセロ・ゴメスはママを伴っての登場、さすがカンパニーきっての誠実でやさしいお人柄!。アンヘルは相変わらずの人気者で、どこへ行っても あっという間に人の輪ができてしまう。でも誰にも平等に接して、サービス精神を発揮。「今度、日本に僕のスペインのカンパニーを連れて行きたいな!」なん てちゃっかり宣伝するあたりも、とってもチャーミングだ。
5月から8週間、8演目の上演を終えるといよいよ日本公演だ。日本公演では「ガラ」話題のケビン・マッケンジー版「白鳥の湖」、そして魅力の男性陣のダ イナミックな踊りが楽しめるABTの十八番、「海賊」が上演される。個性豊かなキャラクターが演じる舞台は、どれを見ようかと迷うのも楽しく、またどれを 見ても新たな魅力を発見できそうだ。


アメリカン・バレエ・シアター >>>発売中
●2008年 7/17(木)~25(金)
●東京文化会館
●出演(予定)=ニーナ・アナニアシヴィリ/マキシム・ベロセルコフスキー/ホセ・カレーニョ/アンヘル・コレーラ/エルマン・コルネホ/イリーナ・ド ヴォロヴェンコ/マルセロ・ゴメス/デイヴィッド・ホールバーグ/パロマ・ヘレーラ/ジュリー・ケント/ジリアン・マーフィー/シオマラ・レイエス/イー サン・スティーフェル/ミシェル・ワイルズ
●「ガラ」S席22,000円/A席18,000円/B席15,000円/C席12,000円/D席9,000円/E席6,000円
●「海賊」「白鳥の湖」S席20,000円/A席17,000円/B席14,000円/C席11,000円/D席8,000円/E席5,000円
●お問い合せ=ジャパン・アーツ http://www.japanarts.co.jp/
専用サイト http://www.japanarts.co.jp/html/2008/ballet/ABT/index.htm

◇「ABTオールスター・ガラ」
●7/17(木)・18(金)19:00開演
●演目=
(17日)
・「ラ・バヤデール」パ・ダクシオン ミシェル・ワイルズ/デイヴィッド・ホールバーグ
・「マノン」パ・ド・ドゥ ジュリー・ケント/マルセロ・ゴメス
・「シナトラ組曲」(振付:トワイラ・サープ) ミスティ・コープランド/ホセ・カレーニョ
・「白鳥の湖」第2幕のパ・ド・ドゥ(振付:ケヴィン・マッケンジー) イリーナ・ドヴォロヴェンコ/マキシム・ベロセルコフスキー
・「ドン・キホーテ」パ・ド・ドゥ ニーナ・アナニアシヴィリ/アンヘル・コレーラ
・「トワイラ・サープの新作」 パロマ・ヘレーラ/マルセロ・ゴメス/ジリアン・マーフィー/デイヴィッド・ホールバーグ/エルマン・コルネホ/イーサン・スティーフェル
(18日)
・「ラ・バヤデール」パ・ダクシオン(振付:ナターリア・マカロワ) ミシェル・ワイルズ/デイヴィッド・ホールバーグ
・「眠れる森の美女」パ・ド・ドゥ(振付:ケヴィン・マッケンジー) イリーナ・ドヴォロヴェンコ/マキシム・ベロセルコフスキー
・「メリー・ウィドウ」パ・ド・ドゥ(振付:ロナルド・ハインド) ジュリー・ケント/マルセロ・ゴメス
・「シナトラ組曲」(振付:トワイラ・サープ)ミスティ・コープランド/ホセ・カレーニョ
・「海賊」パ・ド・ドゥ シオマラ・レイエス/アンヘル・コレーラ
・「トワイラ・サープの新作」 パロマ・ヘレーラ/マルセロ・ゴメス/ジリアン・マーフィー/デイヴィッド・ホールバーグ/エルマン・コルネホ/イーサン・スティーフェル

◇「海賊」
●7/19(土)~21(月・祝)
●出演=
(19日)
ニーナ・アナニアシヴィリ/未定/アンヘル・コレーラ/ステラ・アブレラ/ゲンナジー・サヴェリエフ
(20昼)
ミシェル・ワイルズ/デイヴィッド・ホールバーグ/ホセ・カレーニョ/ミスティ・コープランド/ジャレッド・マシューズ
(20夜)
パロマ・ヘレーラ/マルセロ・ゴメス/イーサン・スティーフェル/シオマラ・レイエス/エルマン・コルネホ
(21日)
ジリアン・マーフィー/ゲンナジー・サヴェリエフ/アンヘル・コレーラ/マリア・リチェット/サーシャ・ラデッキー
●開演時間=19日18:30、20日13:00/18:00、21日13:00

◇「白鳥の湖」
●7/23(水)~25(金)
●出演=
(23日)ジュリー・ケント/マルセロ・ゴメス/デイヴィッド・ホールバーグ
(24日)イリーナ・ドヴォロヴェンコ/マキシム・ベロセルコフスキー/ゲンナジー・サヴェリエフ
(25昼)パロマ・ヘレーラ/ホセ・カレーニョ/サーシャ・ラデッキー
(25夜)ジリアン・マーフィー/アンヘル・コレーラ/ジャレッド・マシューズ
●開演時間=23・24日18:30、25日13:00/18:00