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情報提供:富山市民文化事業団 
[2013.05.21]

東京初演、富山再演が決定したミュージカル「ハロー・ドーリー!」記者会見

プロ・アマを問わず公募で出演者を選抜し、王道ミュージカル作品を富山から創造発信する「オーバード・ホール名作ミュージカル上演シリーズ」。
昨年、日本初演となった「ハロー・ドーリー!」が、各所からの熱烈な要望で東京初演、富山再演が決定。
5月17日東京芸術劇場にて、キャスト、スタッフ、ゲストによる記者懇談会が行われた。

奈木 隆(富山市民文化事業団 芸術監督):(名作ミュージカル上演シリーズの企画趣旨について)
自分がオーバード・ホールの企画をする立場になった時、米国のリージョナルシアターの様なミュージカル制作をするべきと考えました。判断要素は次のとおりです。
1.オーバード・ホールは、日本でも有数の可動式床機構を持つ3面半舞台のオペラ劇場である。
2.富山市には48練習室を持つ「富山市民芸術創造センター」という世界でも珍しい充実した稽古場施設を持っている。
3.富山市は、桐朋学園大学院大学と桐朋オーケストラ・アカデミーを誘致している。
4.富山は、バレエや吹奏楽が盛んで、実演人口が多い。これは、富山市民芸術創造センターの存在も大きな理由。
これらの要素を最大限に活用し、歌・踊り・芝居・音楽が内包された総合芸術として、大規模なミュージカル制作が相応しいと考えました。環境が十分整っているので、全国公募でプロ・アマ問わず才能のある出演者を集め、アメリカ・日本の一流のクリエイティブ・スタッフと共に富山で制作し、新しい市民参加スタイルを提示しながら製作しようと考えました。
文化庁が2010年度から「優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業」という新しい助成金制度を設定しており(※現名称「劇場・音楽堂等活性化事業」)、申請したところ、採用されました。この助成は5カ年計画であったため、毎年、新たな挑戦が出来る演目を選び、且つブロードウェイの王道ミュージカルの歴史も理解できるようにした、名作ミュージカル上演シリーズを計画しました。

回を重ねるごとに観客数も増え、評論家やミュージカル関係者にも足を運んでいただけるようになりました。そうしたところ、第2弾の「ハロー・ドーリー!」を東京で上演して欲しいとの要望が、評論家や記者の方達、観客から多数寄せられ、また東京芸術劇場さんからの要請もあり、本来第4弾では「42ndストリート」を上演予定としていたのですが、変更して「ハロー・ドーリー!」富山再演、東京初演が実現しました。

高萩 宏(東京芸術劇場 副館長):(東京上演の経緯について)
芸術劇場は1990年に開館し、去年9月にリニューアルオープンしました。
プレイハウスはオーケストラピットを持っており、前館長の小田島雄志さんは、ミュージカル月間をつくり、10年間続けました。現芸術監督が就任前、芸術劇場では自主事業をあまり上演していなかったため、劇場を提供して良い作品を上演してもらうというスタイルで“優れたミュージカルの再演”をしていたのです。オリジナルミューカルを制作したかったのですが、実現は難しかったのです。小田島さんが館長をお辞めになる時、10年間ミュージカル上演に貢献してきたのだから、せっかく蒔いた種を絶やさないようにしてほしいという想いがありました。
そして去年の改修工事中、リニューアル後の演目を探していた時、演劇評論家の扇田さんから富山で素晴らしいミュージカルを観てきたと聞きました。ミュージカル、しかも再演で、芸術劇場としては演目的にも適していました。そして文化庁の「劇場・音楽堂等活性化事業」では、各地の中核劇場はネットワークをつくるよう、特に東京の劇場は地方劇場と提携を強めるようにとの趣旨がありました。また、去年できた「劇場法」でも劇場同士の提携を深めるようにと書かれてあります。
東京劇場は池袋駅前で立地が良く、地方の方にとっても来やすい場所です。
扇田さんに詳細を聞いたところ、「とにかく凄い」ということでした。最初は、地方の市民参加ということである種のイメージがあるので心配しましたが、DVDを拝見したところ、本当に素晴らしく、東京で上演しているミュージカルに匹敵する質の高いものでした。少し心配しているのは劇場の大きさです。富山と東京で演出が異なります。また驚いたことに“銀橋”を設置しての上演ということでしたので、舞台スタッフが確認し、“工夫次第で上演可能”ということになり、芸術劇場での上演を決定しました。


扇田 昭彦(演劇評論家)
:(昨年、「ハロー・ドーリー!」を観劇した感想)
去年、オーバード・ホールに観に行ってびっくりしました。これほどのミュージカルが地方でつくれるのか、と思いました。地方の公共劇場でミュージカル制作という場合は市民参加型で、しかも地元で財源を確保してというものが多いと思います。ですが、富山はブロードウェイミュージカル、しかも日本でやられていなかった演目を実現するというので企画も凄いと思いました。そして剣幸さんを始めとするプロの演劇人と市民参加の方々が非常に合致しており、しかも十分に稽古を積んでいるので、歌のレベルもかなり高いんですね。これは富山だけで終わらせるのは勿体ないと思い、雑誌のミュージカルに劇評を書き、高萩さんに「是非、東京で出来ないか」とお話したところ実現しました。このような形がこれからも続いていけば良いと思います。

1305hd01.jpg (左から)奈木、井料、剣、モト冬樹、本間、野田

≪キャストからのコメント≫
剣 幸:
あり得ないことが起こったと思っています。ずっと念願だったミュージカル「ハロー・ドーリー!」ができたということ、そしてそれが富山で上演できたこと自体が奇跡でした。それがプロの方々がやっている東京で上演できるというのはあり得ないと思っています。
市民参加型で、どこか家族的な雰囲気の中でやってきたような感覚があります。東京のお芝居と肩を並べて出来ることは半分不安で半分喜びがあります。ですが今日、仲間と再会した時、いろんなことが蘇ってきて、またハッピーなミュージカルをお届けできることを確信しました。是非、お越しください。

モト冬樹:この時代のミュージカルが大好きなんです。しかも「ハロー・ドーリー!」は日本語上演が初めてです。いろんなお芝居をしましたが、こんなに長い間、稽古をしたのは初めてでした。みんなが一丸となって稽古しました。実際、素晴らしいオーバード・ホールでこの優れた作品に参加して本当に良かったと思いました。東京再演は、基準が高くなったと思います。これは大変だな、と思っています。東京で上演できるワクワク感もあります。だけど長い間稽古しただけあって家族のような雰囲気なので、きっと初演時よりも良い「ハロー・ドーリー!」が出来るんじゃないかと思います。ご期待ください。

本間憲一:再演があったらいいな、と思っていたので実現して嬉しいのですが、逆にハードルが上がったと思っています。期待にこたえなければならないと思います。東京では日本語初演ですし、音楽もいいし、ハッピーになれる舞台です。とてもワクワクしています。

井料瑠美:歌があって踊りがあって、お芝居があって、メッセージ性もあって、「ハロー・ドーリー!」の魅力は尽きません。そしてこのカンパニーは、ミラクルカンパニーです。ミュージカルを愛しているスタッフばかりです。剣さんはじめ、夢のようなキャストが丁寧な稽古を東京から積み上げ、冬の富山に3週間、山ごもりのように稽古しました。富山市民芸術創造センターは、劇場と同じサイズの稽古場があり2週間、そして劇場で1週間、テクニカルリハーサルを積みました。豊かな環境で丁寧につくることができて幸せな日々でした。その夢がまた叶うということで、さらにパワーアップした良いものをお届けしたいと思います。

野田久美子:私は徳島県出身ですが、地方で初演したミュージカルが、こうして東京でできるなんて夢のようです。なので、いつか徳島で創った作品も東京で出来たらいいなと思います。キャスト・スタッフの方達に支えられて舞台に立てました。私自身、楽しみです。

≪質疑応答≫
Q:劇場の大きさが違うため演出が変わるそうですが、どの部分が変更になりそうですか?
奈木:オーバード・ホールは三面半舞台で、主舞台と言われる普段使う舞台、そして下手と奥に同じサイズの舞台があります。そしてこの舞台は如何様にでも動く素晴らしい劇場です。この作品では奥舞台を使用していて、パレードのシーンで、吹奏楽団が奥から出てくるという圧倒的なシーンがあるのですが、芸術劇場ではそれができません。ですが、舞台と観客がとても近いのでリアルなライヴ感が出てくると思います。奥行きはないですが、演出で如何様にでもなると思います。演出はアメリカ在住の演出家ロジャー・カステヤーノ氏と東宝の演出家、寺崎秀臣さんにお願いしており、しっかり練りたいと思います。

Q:演奏も富山市民の方たちがされるのですか?
奈木:ほとんど富山市民ですが、弦だけ桐朋の方達にお願いしています。今回から「ミュージカルオーケストラTOYAMA」という団体名で東京進出をします。

Q:約50年間、日本語の上演が許諾されなかった「ハロー・ドーリー!」ですが、何故、昨年上演が許されたのでしょうか?
奈木:菊田一男氏が生きていらした頃、帝国劇場のこけら落としで上演したいとアメリカと交渉したそうですが、アメリカ側は日本人上演を許可せずブロードウェイのカンパニーが来日して1965年にメリー・マーチン主演で東京公演が上演されました。それ以来、日本語上演が許可されなかった理由のひとつは、この作品には多民族国家であったアメリカのフロンティア精神が入っているため日本人にこの作品が理解されますか?という懸念があったと思います。
そしてもうひとつにジェリー・ハーマンと親交の深い主演女優のキャロル・チャニングが30年以上この役を手放さなかったということがあります。他人が演ずることを許さなかったそうです。たまたま富山が手を挙げた時、キャロル・チャニングさんがもうこれ以上演じないとおっしゃった、ちょうど良いタイミングだったと推測されます。

Q:剣さん、演じていて役作りで一番苦労された部分を教えてください。
剣:ジェリー・ハーマンの「ハロー・ドーリー!」という歌だけが独り歩きしている作品だと思っています。本当に作品の中身を知っていらっしゃる方は少ないのではないでしょうか。素晴らしい楽曲が実はこういう作品だったというところで興味を持ってご覧になるとは思いますが、曲が楽しい分、中身も伝わらなければいけないというところがあります。
ドーリーというのは生きていくことの意欲がすごくパワフルな女性です。何故ホレスが好きなのか、ホレスが持っているお金を本当は若い人達に配らないと肥(こやし)にならないというところまで持っていく感覚は、日本人にはあまりないもので、それが観客に伝わるか・・・楽しい、可笑しい、ハッピーと思ってもらえるところまで持っていかなくてはいけないのは難しい事だと思っていました。ですが一人で考えるより、皆さんと一緒に創り上げていくと自然と出来ていくんだと思います。

Q:市民参加ということですが、吹奏楽やオーケストラ以外では、どんなところで市民の方が入っていらっしゃいますか?
奈木:全国オーディションでキャストを決定していて、アンサンブルキャストにも富山在住の方はいます。そしてヘアメイクや小道具制作手伝いなどスタッフワークでも市民が参加しています。必ずしも演じるだけが市民参加だけではないと思っています。仕事を持っていても一生懸命踊りや歌のお稽古をして切磋琢磨している方達を吸い上げたいと思っています。
僕はアメリカに3年間いましたが、その時にリージョナルシアターを何本か観ました。出演している市民のレベルは非常に高く、彼らがやりたいミュージカルをやるために、ブロードウェイから1〜2人呼んでプロダクションを作って上演しているんです。それがブロードウェイに匹敵するくらいのレベルで凄いなと思いました。日本でも同じようにできればと思っていました。

Q:剣さん、富山で生まれた作品が東京で上演されることは感慨深いと思います。ひとことお願いします。
剣:地方から発信しているミュージカルが、これだけのことをやっているのを観ていただける機会はそうそうないと思うので、とても嬉しいです。それに伴う色んなプレッシャーもあります。再演というのは、初演を越えなくてはいけないですから。しかも数多くのミュージカルが上演されている東京でやるというのは重いですが、「ハロー・ドーリー!」はそれを越える楽しさがありますので、我々自身が楽しんで演じたいと思います。

Q:はじめて富山以外の上演が実現することになりましたが、今後東京もしくは他県の公共劇場などでの上演や連携についてビジョンがありましたら教えてください。
奈木:やはり作品は資産ですからレパートリーとして今後、引き続き再演したい想いはあります。ですが、私の任期の問題と、施主の富山市の考えというものもあります。ただ富山市長には、どんどんミュージカルをやっていこうと言っていただいています。個人的には、お声があればどこにでも飛んで行きたいと思っています。剣さんが了解していただければ富山出身の女優として、いつもカンパニーの真ん中にいてくれたらと思っています。また自分の任期が切れたとしても財団にいるメンバー達に受け継がせて、この灯が消えないようにやっていってほしいと思います。


公演詳細:「ハロー・ドーリー!」公式サイト
公演情報: http://www.chacott-jp.com/magazine/information/stageinfo3/post-22.html

1305hd02.jpg (左から)野田、本間、剣、モト冬樹、井料