アメリカン・バレエ・シアター来日直前ニューヨークレポート
浦野芳子 text by Yoshiko Urano
この7月17日より3年ぶりの来日公演を行う、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)のMET(メトロポリタン歌劇場)シーズン、オープニングに出かけました。ABTにとってMETシーズンは、秋からスタートする一年のシーズンのクライマックス。欧米の新学期が9月なのと同様、バレエ団の公演も秋がスタートとなり夏で幕となるのだ。しかもABTの本拠地、ニューヨークで行う公演とあり、毎年さまざまな話題で盛り上がる。たとえば去年は、カンパニー唯一の日本人ダンサー、加治屋百合子さんのソリスト昇進の噂、といったように(詳しいことは、加治屋さんのインタビューページをごらんください)。
☆日本初演まで待ちきれない!
トワイラ・サープの「新作」について、レイチェル・ムーア女史に直撃レポート
今年のMETシーズンの話題は、なんといってもトワイラ・サープ振付の「新作」の世界初演だろう。もちろん、世界中のバレエ団やダンス・カンパニーで多々新作は創られているが、今回のABTのように“音楽から作る”ことは稀である。たいていの場合は、既存の楽曲に振付家が振付をおこなう、というケースである。その音楽を担当したのは、「チャーリーとチョコレート工場」「シザー・ハンズ」「シカゴ」「バットマン」などの映画音楽でも知られるダニー・エルフマン。映画監督、ティム・バートンの常連として知られる彼の、バレエ作品デビュー作となる。また衣装は、80年代に一世を風靡したノーマ・カマリが担当。そして振付を行うサープはといえば、世界中のバレエ団に振付を行い、「プッシュ・カムズ・トゥ・ショヴ」や「ブラームス/ハイドン変奏曲」など、ABTにも15もの作品を振付した、人気と実績のある振付家。いったい、どんな作品になっているのか? バレエ団の運営ディレクター、レイチェル・ムーアに問うと「すばらしい仕上がりになっているわ」とのこと。「今回の新作は、バレエ団としても大きなチャレンジ。人気のある古典作品には黙っていてもお客さんは入るわ。でも新作はどうかしら? しかし、ダンサーと、バレエ団が未来に向かうためには、新しいチャレンジは必要なの」。“白鳥の湖”に代表されるようなクラシック・バレエ作品の世界には明確な階級社会がある。簡単に言ってしまうと、主役や準主役にはスポットが当たるが、その他のダンサーが注目されるのは難しい。「けれども、現代作品には主役と脇役の棲み分けはそんなにはっきりしていない。だから、群舞の若いダンサーたちにも自分のテクニックや表現をアピールするチャンスが与えられるわ」。これは、ダンスが未来に向かうためにとても大切なことなのだと、レイチェル・ムーア女史は続ける。「だって、私たちが創る現代作品が、100年後の“白鳥の湖”になることもあるのよ」、つまり新作は愛されて再演を望まれればいつか普遍になる、ということだ。そのためにカンパニー・スタッフも、振付家も、そしてダンサーたちも、チャレンジを続ける。ABTは古典作品から現代作品までのレパートリーの幅広さについては、世界屈指といっていいだろう。その底力は、こうしたチャレンジ精神や懐の深さにあると、感慨深いインタビューだった。が、私が滞在していたMETシーズン・オープニングの5月の一週間ではまだ作品はリハーサル途中とあり、その全貌は掴めぬまま。来日公演での“オールスター・ガラ”で堪能することを、いまから楽しみにする毎日である。
☆個性豊かなスター陣が繰り広げる“一晩で何度もおいしい”!? ガラ公演
5月19日のMETシーズンオープニング・ガラは、とにかく華やかだった。まず、観客のいでたちが感動的なのである!! オープニングナイトとあり俳優やテレビキャスターなどが華やかなドレスアップ姿で登場、カメラのフラッシュを浴びる。もちろん、一般のファンだって、ドレスアップをそれぞれ楽しんでいる。そして。ドレスのすそを引きずり劇場内に入っていく女性の中に、きもの姿の日本人女性の姿が混じっていたのが、とっても嬉しかった。それは、シャンパングラス片手に正装した男女の中でも、ひときわ清楚でエレガントな印象を放っていた。やっぱり日本人のドレスは、きものだね!!と心の中でガッツポーズ。それにしても、ホワイエを埋め尽くすドレスと上質のジャケットのオンパレードに、ああこの国ではバレエはとてもリスペクトされている芸術なのだなぁ、と改めて思う。シーズンの初日を、こんなにも華やかに祝おうと、皆がドレスアップするのだから。
ガラの幕が開くと、まずは南米出身のプリンシパル、パロマ・ヘレーラが群舞を伴って「メリー・ウィドウ」を披露。エネルギッシュな群舞の中心にいるヘレーラのなんと輝いて存在感のあること!それだけでシーズン・オープニングの華やかさを印象付ける。続いてカンパニーの若手プリンス、デビット・ホールバーグの「白鳥の湖/3幕」ロット・バルトのシーンである。ABTの芸術監督、ケビン・マッケンジー版の白鳥の湖にはふたりのロット・バルトが登場するがデビットが演じるのは美しく、女性たちを魅了してしまうロット・バルト。すらりとした長身の端正なルックスに加え、とても優美で上品な彼の存在感は、騙されても当然、と思わせてくれほど王子様然としている。公私ともにベスト・カップルであるジリアン・マーフィーとイーサン・スティーフェルの「ドン・キホーテ」のグラン・パ・ド・ドゥは、品格があり華やかな、例えるならば“ABTの正統派部門”だ。同様に、古典作品ではいつもエレガントな存在感で魅了してくれるアメリカン・ビューティのプリンシパル、ジュリー・ケントが、期待のビッグダンサー、マルセロ・ゴメスを相手に、「オネーギン」で、大人の恋愛の機微を情感豊かに演じる。その合間にはなんと!!
スーパーアイドル&スーパーテクニシャンのアンヘル・コレーラと、今世紀を代表するプリマのひとり、世界の舞姫、ニーナ・アナニアシヴィリが「ジゼル」の2幕を演じるのである。ビックスター同士の組み合わせもさることながら、どちらかというと華やかなキャラクターを演じて人気のこの二人が、あえて“ジゼル”である。お互いをリスペクトするかのような抑制のきいた表現だったが、ただそこにいるだけで舞台上の空気をがらりと変えて見せてしまうあたりに、成熟したダンサーの放つオーラを改めて納得。そこに立つだけで動かなくても、身体からあふれ出るオーラが舞台の空気を動かすのである。スーパーテクニックを鑑賞するのも楽しいけれど、偉大なダンサーのオーラに感動するのも、バレエ鑑賞の大きな楽しみだ。
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一方で、ガラの「海賊」ではエルマン・コルネホが大胆なジャンプと気品溢れる演技で首領の“コンラッド”を踊り、南米系王子様の愛称も持つホセ・カレーニョがアリを、そして褐色の肌を持つ優美な若手、シオマラ・レイエスがメドーラを踊った。男性陣は期待を裏切ることなくダイナミックな海賊そのもの。とくにエルマンのコンラッドは、大きなジャンプで客席を湧かせ、十分に存在感を見せつけた。ホセのアリは今さら言及するにも及ばないだろう…そのソフトで甘いマスクがきりりと引き締まり宙に半月を描くように浮く様子には、思わず客席も腰が浮く。また、シオマラは3年前の来日より何倍も魅力と存在感を増したように思う。優美な身体の使い方は以前から評価されていたけれど、それにさらに磨きがかかったばかりでなく演技にも抒情性が増している。ポール・ド・ブラだけで、十分に客席を引き付けてくれる、その上品な演技に目が吸い寄せられた。
今回、もっとも印象的だった作品のひとつが、ベテランカップル、イリーナ・ドヴォロヴェンコとマキシム・ヴェロセロコフスキーが踊った「Splendid Isolation III」だ。舞台の幕が上がると、腰から床を覆うようにドレープを描いた大きなスカートの真ん中にぽつんと立つイリーナーの背中が(そういう風に見えるのである!)、美しくもなまめかしく宙に弧を描いてしなる。シンプルなパンツを身につけただけのマキシムの美しい身体がスカートの周りをもどかしそうに動き回る。マーラーの音楽に乗って、ふたりのダンサーが互いの孤独から抜け出そうと美しく苦悩している(ように見えるのである…再)。そのとき大きなスカートの存在は、男女の間の壁、あるいは枷のように見えるのである。なんとも詩的で哲学的、そして視覚的にも訴える美しい作品で、会場中が感嘆のため息に包まれた。この作品は、振付家のジェシカ・ラングがふたりのために振りつけた作品である。ロシア出身の正統派バレエダンサーのイメージを持つふたりが、こうした現代作品に出会い新たな境地を披露してくれるのも、ABTの心地よい裏切りのひとつだ。
このガラの初日は、ABTの魅力が凝縮された舞台だと言っても過言ではないだろう。アメリカはもちろんだがロシア、ヨーロッパ、アジアと国際色豊かなスター軍団。多才なキャラクターが、古典から現代作品まで幅広いバリエーションを演じるのである。ディレクターのレイチェル女史も「私たちはブロード(=巾)の広いカンパニーを目指しているわ」と言っていたが、ニーナをゲストプリンシパルの頂点、世界のアイドル、アンヘルやホセ、ジュリーらを要に、それに続く若手プリンシパルが充実している今は幅だけでなく奥ゆきも充実していると言ってよいだろう。
☆ダンサーたちの、日々の研鑽
今回はリハーサルの模様やレッスンの模様を取材する機会にも恵まれた。それらを見て一番心を打たれたこと。それは“ダンサーたちは日々新たなチャレンジを続けている、決して自分の現状には甘んじていない”ということである。
なぜなら。レッスンでは積極的に“失敗して”見せるのである。それが、調子が悪くてしくじるのではないことは、毎晩の本番の舞台を見ていればわかる。彼、彼女たちはゆるぎない演技のための現在の完璧な身体の使い方は十分わかっているのだ。しかしさらなる表現・テクニックの高みへと向かうために、日々新たなバランスやタイミング、ポジションを探して、そして失敗をするのである。それは、若手はもちろんだが、どんなベテランでも同じこと。そうして重ねた失敗の中から、新たな発見を繰り返し、テクニックの向上はもちろん、新たな自分、新たな表現を磨いていくのである。
ある日のレッスンが終わった後、稽古場の片隅に、ニーナ・アナニアシヴィリがジリアン・マーフィーに指導をしている姿があった。ジリアンはこのMETシーズンで「ジゼル」を初めて踊るのである。腕の表情や身体の使い方、角度などをやさしくアドバイスするニーナの横顔は本当に、やさしさと温かさに満ちている。世界の舞姫が舞台の上で味わった経験、哲学が、次世代へと受け継がれていく素晴らしい瞬間を目の当たりにした思いに、胸が熱くなった。
☆興奮の夜は、8週間続く
オープニング・ガラ公演の後は毎年恒例のイヴニング・パーティ。メトロポリタン歌劇場の隣に設けられたテントに、ファンや支援者を招くパーティには、ダンサーたちも全員、ドレスアップ姿で参加する。ご主人でカンパニーの芸術監督補佐のビクター・バービーとともに会場に現れたジュリー・ケントはワンショルダーのターコイズカラーのドレス姿でその知的な美しさをさらに際立たせている。ホセはいつものように、美人の奥様を伴っての登場。それでも「今から2か月、こっちで踊って十分にウォーミングアップしていくから、日本で待っててね!」なんて言われると、思わず目がハートになってしまう。なんてイケナイ人なのだ、ホセ!! ふと見ると、マルセロ・ゴメスはママを伴っての登場、さすがカンパニーきっての誠実でやさしいお人柄!。アンヘルは相変わらずの人気者で、どこへ行ってもあっという間に人の輪ができてしまう。でも誰にも平等に接して、サービス精神を発揮。「今度、日本に僕のスペインのカンパニーを連れて行きたいな!」なんてちゃっかり宣伝するあたりも、とってもチャーミングだ。
5月から8週間、8演目の上演を終えるといよいよ日本公演だ。日本公演では「ガラ」話題のケビン・マッケンジー版「白鳥の湖」、そして魅力の男性陣のダイナミックな踊りが楽しめるABTの十八番、「海賊」が上演される。個性豊かなキャラクターが演じる舞台は、どれを見ようかと迷うのも楽しく、またどれを見ても新たな魅力を発見できそうだ。
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