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針山 愛美
[2009.10. 6]

イレク・ムハメドフと踊って話して----

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イレク・ムハメドフは、1990年にボリショイ・バレエ団から英国ロイヤル・バレエ団に移籍して、世界のバレエファンを驚かせた大スター。そのムはメドフが久しぶりに日本の舞台に姿をみせました。
私は、彼が初めて振付けた『オネーギン』のタチアーナに扮してともにパ・ド・ドゥを踊りました。
まったく衰えを知らず、ますます舞台への意欲に溢れるムハメドフと語り合う機会がありましたので、その一部をご紹介しましょう。

針山 ほんとうに日本の舞台は久しぶりですね。ファンは待望していたと思います。
ムハメドフ 日本はボリショイ・バレエ団に所属していた頃、またロイヤル・バレエ団としても来日しましたからいろいろな思い出があります。日本は私の大好きな国の一つです。

針山 ボリショイ・バレエからロイヤル・バレエに移った経緯を教えていただけますか。
ムハメドフ もう20年くらい前になるなあ・・・・。
とおっしゃりながら話してくださいました。当時のボリショイ・バレエ団の芸術監督だったグリゴローヴィッチとは、彼が振付けた『スパルタクス』や『黄金時代』を主演したし、素晴らしい関係だったそうです。しかし、家族の将来のことやいろいろなことを考えて、やはり移籍したほうが良いと決心し、思い切って決断したそうです。

針山 現在はどちらでお仕事されているのですか。
ムハメドフ ギリシャ国立バレエ団の芸術監督として活動しています。
初めは、バレエ団のファースト・バレエマスターとして呼ばれたそうですが、そのときの芸術監督が退任した際に、そのまま芸術監督の位置に着かれたそうです。
自然の多いギリシャは過ごしやすくとても居心地が良いそうです。ただ、観客がどれだけバレエやオペラに興味があるのだろうか、とボリショイ・バレエ団やロイヤル・バレエ団で踊ってきただけに、どうしてもギャップを感じてしまうそうです。これからギリシャにも少しずつバレエを浸透させていきたい、とおっしゃっていました。

針山 『オネーギン』はいつ頃、振付けられたのですか。
ムハメドフ ギリシャでフランチェスカの音楽を使って全幕を振付けました。ただ、振付けはしましたが、じつは自分で踊るのは初めなんです。
・・・私ももちろん初めてですし・・・二人ともいちいち振りを確認しながらリハーサルしました。
いつもは振付けや指導をしていらっしゃるので実際に踊る立場になると、「このリフトこちらから入るのか? ここはどうなっているのだろう?」などとDVDを見たり、細かくお話合いをしながらリハーサルをリードしてくださいました。

針山 来シーズンはどのようなご予定ですか。
ムハメドフ 『リーズの結婚』から新シーズンがスタートします。
その後、秋には『オネーギン』、2010年1月には「トリプルビル」、春には「ガラ」公演など4つの公演を予定されているそうです。
公演回数が、年間で25回くらいしかないと嘆いていらっしゃいました。

針山 お嬢様も踊っていらっしゃるとお聞きしましたが。
ムハメドフ 今年からオランダ国立バレエ団に入りました。
彼女は18歳で、初めてカンパニーに入団したそうです。父親としてとてもうれしそうに話してくださいましたが、ご自身のカンパニーの仕事が忙しくてなかなか見に行く時間がとれない、と少し悲しそうでした。

本当に人間味のある素晴らしい方でした。
世界的な大スターなのに対等に接してくださって、いろいろと細かいところまで教えてくださいました。
たとえば感情表現では、彼はタチアーナが常にオネーギンを拒否することを強調しましたが、私は拒否の姿勢の中にも過去の愛情が捨てられない気持ちが残っていることを表現したいなどといったことを話し合ったりしました。彼の暖かく優しい人間性を感じたので、その様な話し合いをすること出来たのだと思います。ロシア語で会話が出来たのも良かったようです。
特に、本番前の集中力がすごかったことが印象に残りました。
今年の夏は、思いがけずイレク・ムハメドフと踊ることができて、いろいろと学べたし、たいへん光栄でした。