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濱田 琴子(在パリ・ジャーナリスト)
[2015.01. 8]

フィレンツェ・オペラ座から----
ドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオが『トリスタンとイゾルデ』(世界初演)を踊った感動的な舞台!

フィレンツェを本拠地に活動する振付家ジョルジオ・マンチーニ。パリ・オペラ座のエトワールであるドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオに彼が創作した『トリスタンとイゾルデ』が、昨年末12月28日、フィェンツェ・オペラ座にて初演された。3つのパ・ド・ドゥとそれをつなぐ2つのビデオから構成された約50分の小品だが、大きな感動を残す素晴らしいバレエ作品の誕生である。

1501firenze01.jpg ファースト・パ・ド・ドゥ©James Bort

『トリスタンとイゾルデ』の原典は9世紀アイルランドのケルト伝説で長いストーリーである。中世、19世紀、そして現代に至るまでの間に、複数のヴァージョンが生まれた。マンチーニはワーグナー愛好家で、その中でも『トリスタンとイゾルデ』が一番のお気に入りだという。創作した3つのパ・ド・ドゥの音楽にも、オペラの第一幕の前奏曲、二幕目の「愛のシーン」、そして三幕の前奏曲と有名な「イゾルデの愛の死」を使用している。
彼の今回の創作バレエは抽象的とはいえ、物語のバレエとも呼べる巧妙な作りとなっている。ヨーロッパでは『ロメオとジュリエット』に並ぶ愛の悲劇といわれているが、日本ではあまり知られていないようなので、オペラの例をとって簡単に筋を説明をしておこう。
時代は中世。英国コーンウォールのマルク王の妻となるアイルランドの王女イゾルデを、王の甥で騎士のトリスタンが船で迎えにゆく。二人の間に通いあうものがあるものの、それは不可能な愛でしかないのだが、航海中、二人は誤って愛の媚薬を飲んでしまう。コーンウォールに戻ったトリスタンと王妃となったイゾルデは、王の留守を狙っては情熱的な逢瀬を繰り返す。しかし王の知るところとなり、その家臣の剣に刺されたトリスタンは重傷を負ってしまう。もっとも彼は、孤児となった自分を育ててくれた伯父を裏切ったことへの苦悩をかかえていたので、進んでその胸を剣に差し出したふしもある。イゾルデの手厚い介護も空しく彼は亡くなり、彼女は愛の思い出に浸る。そしてトリスタンの後を追う・・・。

1501firenze02.jpg ファースト・パ・ド・ドゥ©James Bort

マンチーニの『トリスタンとイゾルデ』は、ダンサーが踊りだすより前、初っ端から観客を舞台にひきずり込む力がある。その大きな要因は、シンプルだが実に上手くできたティエリー・ゴードによる舞台装置だろう。舞台上に流れるように垂れ下がった大きな三角の布。船の帆を連想させ、それだけで航海中であることが見事に暗示される。そこに波の音が重なって、音楽へと続いてゆく幕開けである。なお、次のシーンは帆はしとねのように床に落ち、最後、白く小さなサイズで再び三角の布が登場する。フランソワ・サン・シールによる照明の魔法と絡み合い、とても壮大なロマンの舞台となっていた。
その照明は、さらにイーチン・イン(パリをベースに活動する中国人クチュリエ)がクリエートした舞台衣装がもつ浮遊感も多いに強調する。オーガンジーのような驚くほど軽い布による、身体をゆるやかに包み込むコスチュームは、ダンサーの身体のちょっとした動きにも反応し、彼らの身体が生み出す感動や哀調を増幅。トリスタンによって宙に掲げられたイゾルデの身体が地におりるとき、ふんわりと軽い布は空気をはらみ、ゆったりと流れるように落ちてくる。トリスタンとイゾルデが身体をあわせれば、コスチュームの布は二人の情熱を反映して震える。トリスタンとイゾルデが手をとって舞台を駈ければ、透明に輝く布が舞台上に光の跡を残すようにたなびき・・・なんともポエティックである。

1501firenze03.jpg ファースト・パ・ド・ドゥ©James Bort

さて肝心のバレエについて。マンチーニが『トリスタンとイゾルデ』の創作に関わったのは、2011年に遡る。フィレンツェ市内のストロツィ宮の中庭で、彼は公開創作というイヴェントを開催。その時にワグナーの『トリスタンとイゾルデ』(リスト編曲)の音楽でデュオ(今回初演された作品中の3つめのパ・ド・ドゥのベースとなっている)を創った。そこから発展して生まれたのが、12月28日に初演された『トリスタンとイゾルデ』なのだ。彼がこのクリエーションのために選んだダンサーはパリ・オペラ座のエトワールであるドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオ。たった二人のダンサーが支える舞台なので、技術的にも芸術的にも厚みのあるダンサーがマンチーニには必要だった。そうしたダンサーの候補としてイゾルデに必要な強さがドロテにあり、トリスタンに必要なセンシビリティがマチューにあるということで、この二人に声をかけたところ、共に創作することが決まったという。
二人ともオペラ座ではコンテンポラリー作品に配されることもあるが、クラシック作品を踊ることが圧倒的に多い。そんな彼らにマンチーニが振付けたのは、愛と官能に満ちたネオ・クラシック作品で、ドロテはポワントで踊る。3つのパ・ド・ドゥの内容は、出会い、情熱、思い出の中の愛。最初のパ・ド・ドゥでは、手と手でなされていた二人の接触も、媚薬を飲んでからは手が互いの身体を触れ、さらに身体が身体に触れて・・。音楽が波が寄せては返すようなサビの部分に至ると、ダンスもアクロバット的なポルテが情熱的に繰り返される。互いの唇を重ねたままの移動や回転・・・。とぎれることのない流れのような美しい音楽にのせて、トリスタンとイゾルデの愛情が舞台上に舞う。ポスターにも使われている互いの肩に頭を委ねた二人のポーズは、振付の中で2度見ることができる。

1501firenze04.jpg セカンド・パ・ド・ドゥ©James Bort

ヌレエフ作品の超技巧を余裕でこなせるドロテなので、オペラ座ではどちらかというとテクニックを見せる作品に配されがちである。それゆえにこの作品では、これまで彼女が持っていながら見せる機会が与えられなかった面を見る幸運が観客にある。いつか『椿姫』『マノン』などの主役を踊る彼女をみてみたいと思わせるイゾルデだ。以前『ジゼル』の最後のシーンで見せたような、慈愛に満ちた聖母を思わせる優しさ、穏やかさをイゾルデでも表現している。マチューはといえば、背筋が優美に延びた美しいプリンス、恋する夢見がちな若者・・・こういった役柄がわれわれの知るところだが、この作品では愛に堕ちた一人の男というこれまでにない踊りをみせる。両腕を翼のように雄々しく広げ、あるいは動物的に身体をくねらせ...。センシビリティに溢れた彼の素晴らしいソロは作品の中の見所の1つとなっている。

3つのパ・ド・ドゥの間に流されるジェームス・ボールトによる2つのモノクロームのビデオ。彼が公演前にソーシャルネットワークに流れたティザーを見た人も多いだろう。最初の映像は二人が媚薬を飲んだ直後のもので、顔や身体の部分のクローズアップが多用され、官能的である。2つ目の映像は水に浸かるダンサーの脚、足のクローズアップである。ジェームスが撮影・編集した映像は芸術的になりすぎず、エロチックにも転ばず、と、ファッション写真にも優れたカメラマンである彼の抑制のきいたエレガンスが感じられる。モダーニティを作品にプラスしているといえる。ダンサー二人でいかに1時間近い作品を仕立てられるか、と考えたとき、こうしたビデオの挿入で物語に肉付けするというのは賢いアイディアだ。

1501firenze05.jpg セカンド・パ・ド・ドゥ©James Bort

会場となったのは、フィレンツェの西の外れにある新オペラ座(OFと略される)だった。明るい色の木の床にグレーブルーのビロードの椅子が並ぶ現代建築の劇場は、約1700席。当日は20時30分からの第一部がマンチーニによる『ジゼル』の第二幕で、幕間後の第二部が『トリスタンとイゾルデ(イタリアでは『トリスターノとイゾッタ』)』というプログラム。この晩は、幕間中に誤作動で鳴り始めた警報ビープ音を放ったまま第二部が始まったため、会場からは異議をとなえる声があがった。舞台上でベストを尽くそうとするダンサーにはいささか気の毒な開始となってしまったが、最終的にはそんなアクシデントなど忘れられる感動に満ちた初演の舞台は大きな拍手に包まれた。2度目の公演は12月30日。3度目の1月4日の公演では、マチューに変わってオペラ座コリフェ、ジェレミー・ルー・ケールがトリスタン役を踊った。なおビデオ映像は1月4日もそうであったが、今後も配役に関わらず同じものが使われてゆく。

『トリスタンとイゾルデ』は力のある二人のダンサーが揃うと、累乗効果が生じてスケールの大きな作品が生まれる、という素晴らしい例といえるだろう。この二人を創作に得たマンチーニは幸せであり、また、この創作に選ばれたダンサーたちはマンチーニから素晴らしい贈り物をもらった、と思わせる作品である。来夏の初演を念頭において始められた創作だが、急遽フィレンツェでの年末公演が決定。半年以上早まってしまったのだが、そんなことを感じさせない完成度の高さ。この作品に対するマンチーニのヴィジョンが明解だったゆえだろう。公演後、舞台をみた観客は愛の嵐にまきこまれた夢から覚めたような不思議な感覚を持つ。
いつか日本のバレエファンが、この『トリスタンとイゾルデ』を見られる機会があることを祈りたい。

1501firenze06.jpg サード・パ・ド・ドゥ©James Bort 1501firenze07.jpg サード・パ・ド・ドゥ©James Bort