関口 紘一
[2009.04.28]

特別編 マリインスキー劇場『イワンと仔馬』世界初演

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ロシア・バレエの早春を飾るイベント、マリインスキー・インターナショナル・バレエ・フェスティバルを9日間にわたって取材してきた。サンクトペテルブルクの街の美しい佇まいが残雪に映えるこの季節に、毎年開催されるフェスティバルを取材するのは今回で4回目になる。
第9回目のフェスティバルのオープニングには、アレクセイ・ラトマンスキー振付の『イワンと仔馬』が世界初演された。
3月14日、サンクトペテルブルクのクラシック・バレエの総本山ともいうべきマリインスキー劇場では、上演に先立って完全に衣裳メイクを着けたゲネプロが行われ、各国のジャーナリスト、カメラマン、批評家などに公開された。
 

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スタッフ、キャストが待ちわびる中、黒いセーターを着たラフなスタイルのマエストロ、ワレリー・ゲルギエフが客席から姿を現し、足早にオケピットへ。
世界的な指揮者にしてマリインスキー劇場の総帥であもあるゲルギエフの登場に、客席のスタッフたちに一瞬、緊迫感が走る。
マエストロだけではない、ディレクター・ディスクには昨年までボリショイ・バレエの芸術監督だったラトマンスキー、この作品を作曲したロシアを代表する音楽家ロディオン・シェチェドリン、その夫人でボリショイ劇場でこの作品を主演した20世紀のプリマ・バレリーナ、マヤ・プリセツカヤ、台本と美術を担当したマキシム・イサエフなどが控えている。

『イワンと仔馬』は、ロシア人なら誰でも知っているし日本にも様々な形で紹介されている有名な民話に基づいたバレエ。1864年にサン=レオンがプーニの音楽を使って4幕のバレエ振付け、サンクトペテルブルクのボリショイ劇場で初演した。1895年にはプティパが再振付けしてマリインスキー劇場で上演、その後ゴールスキーが改訂したものが主に受け継がれてきた。
1960年にはアレクサンドル・ラドンスキーがシェチェドリンの曲を使って新しいヴァージョンを振付け、モスクワのボリショイ劇場で上演した。この時の映像がプリセツカヤとワシーリエフが主演により現在、見ることができる。その後もドミトリー・ブリャンツェフが振付けている。
ちなみに、ラトマンスキーのボリショイ・バレエ・アカデミー時代には、ラドンスキーが教鞭をとっていた、という。

マエストロが指揮棒を一閃! 勇壮にして華やかな序曲が演奏を開始する。
 

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大物たちが見守る舞台は、赤い可愛らしい家が描かれたセットがポツンと中央に置かれ、童話的で素朴なイメージが描かれていて、緊張感につつまれた客席とはまるで別世界のよう。美術を担当したイサエフはこの作品の舞台美術の造型や色彩感覚を、すべてロシア・アヴァンギャルドの画家、カジミール・マレーヴィチから引用し、象徴的に見せている。
白い七分丈のズボンを履いたイワン(ミハエル・ロブーヒン)と兄二人とオールドマンが登場して、赤いお家の前に一列に並んで、愉快で不思議な魅惑的ダンスが始まった・・・・。

ゲルギエフが指揮棒を振るバレエでは、音楽がいつも主役のひとつで、音の存在感、音楽の描写力が圧倒的なんである。
しかしまた、演奏のパートが無いオーケストラ団員はふりかえって舞台のダンスを興味深げにみつめている。これもゲネプロならではのゆるやかな雰囲気の光景だろう。

時折、シェチェドリンやラトマンスキ−がオケピットに小走りで集まって、演奏とダンスを止めて、マエストロとしばしの鳩首会談・・・・。

こうしてゲネプロは続いていったが、シェチェドリン&プリセツカヤの1960年のボリショイのチームから、ゲルギエフ&ラトマンスキーのマリインスキーの2009年のチームへと、ロシア・バレエの伝統が約半世紀を経て、ごく当然のことのように受け継がれていく舞踊史の重要な一コマを目撃した。じつに充実したマリインスキー劇場のひと時ではあった。

  • 写真上から
  • 第9回マリインスキー・インターナショナル・バレエ・フェスティバルのポスター
  • 「イワンと仔馬」ゲネプロで、左からシェチェドリン、ラトマンスキー、プリセツカヤ、ゲルギエフ
  • ゲネプロで、左から仔馬(ペトロフ)、ガヴリオ&ダリオ、イワン(ロブーヒン)、ツアー(イワノフ)