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文/三光洋 
[2014.09.19]

パリ・オペラ座を後にして・・・・
ニコラ・ル・リッシュ、自身による公演、そしてオペラ座について多いに語る

9月16日、ガルニエ宮に近いトランサンダンスTranscenDanseのプロデューサー事務所で、ニコラ・ル・リッシュが5人のジャーナリストを前に一時間半にわたってダンスへの熱い思いを語った。
11月4、5日にパリ・シャンゼリゼ歌劇場で行われる「ニコラ・ル・リッシュの夕べ」(Carte blanche a Nicolas Le Riche)について、またバレエとコンテンポラリー・ダ ンスの境界、来年3月にパリで世界初演される藤倉大のオペラ『ソラリス』(勅使河原三郎の振付)へのダンサーとして参加すること、オペラ座バレエ団を去った現在の心境、など話題は多岐にわたった。

1409nicolas03.jpg (C) DR

ニコラ・ル・リッシュ「スペクタクルには一つの明快な意味があってほしいと思っています。11月4、5日「ニコラ・ル・リッシュの夕べ」のプログラム最初の作品『ダンス組曲』は、私がずっと踊ってきた巨匠 ジェローム・ロビンズを省みるものです。スダジオにいるダンサーの物語で、ダンスへの思いが主題です。これはロビンズの自伝的作品で、特に第4ムーブメントは短い民族舞踊の影響から生まれたと考えられます。非常にゆっくりとスタートする優しいソロで踊る喜びを語っています。この作品を私の再スタート地点に置こうと思ったのです。
この夕べでは親しい友人のルーセル・マリファントと彼の振付作品『Critical Mass』を踊ります。英国の優れた振付家で、私は彼といっしょに舞台で踊りたいのです。バレエとコンテンポラリー・ダンスを横断させるアクチュアルな試みです。今ではこの二つのジャンルの間に境界はありません。テクニックが違っていても、ダンスは最早一つです。バレエとコンテンポラリーを区別するのは馬鹿げています。マッツ・エクとシェルカウイが使うテクニックは全く別物です。ロイド・ニューソンとウイリアム・フォーサイスも全然違います。それらを踊ることは、ちょっと世代が異なる振付家のつながりを辿り直す試みになります。

オペラ座を退いた今、私は大きな表現の自由を手にし、自分の本当の信念に沿って仕事ができるようになりました。素晴らしい振付家であるエルヴェ・ディアスナスの『渡り鳥の羽』(Aires migratoires)をプログラムに組み入 れたのも、バレエとコンテンポラリーの境界を取り払うためです。様々な芸術の間には最早境界線はなく、交流があります。『渡り鳥の羽』(Aires migratoires)はきわめて詩的な実験作品で、鳥の飛翔を 身体で表現することを学んだ7人のダンサーたちが舞台上を移動し、足を踏み鳴らすと、空に鳥が群れ、海には魚が群れているかのように感じます。飛翔はその時一回きりのもので、次の日には別の飛翔になります。11月4日と5日の舞台はそれぞれ違うということです。
2日間の舞台では、複数形の芸術としてのダンス(dances)が見事に形象化されています。劇場に座った時、それから何が舞台で起こるかは誰も知らない。突然ある美学が私の気に入ったり、非常にインティメートな(個人的な)思い出が私を遠くに連れていったり、逆に他人と共有したものが現れたり、という感じです。

1409nicolas04.jpg (C) Anne Deniau

『オデッセイ』(ル・リッシュ振付)は、昨年クレールマリー・オスタと私自身によって世界初演が行われました。さまさまな側面を持った約15分の作品です。クレールマリーといっしょに、また彼女のために作った作品で、私と彼女の物語です。同時にこれから私たちが人生でどうやって生を語るか、ということで、単なるエピソードではありません。もっと誠実な、インティメートなものです。私たちの行程を喚起したものです。
『オデッセイ』という題名が示しているとおり、ダンスの行程であるとともにインティメートな私たち自身の人生の行程でもあるわけです。二人でいても一人だったり、一人が相手なしでいたり、といったことについての作品で、もちろん演劇的な側面はあります。
「演劇の虚飾も好きです」と友人の俳優・演出家のエリック・リュフがコメディ・フランセーズの総支配人就任の言葉の中で述べていますが、私も演劇が好きなのです。ですから、今シーズン、パリのシャンゼリゼ歌劇場で勅使河原三郎振付のオペラ『ソラリス』(藤倉大作曲)でダンサーとして踊ります。
『ソラリス』への参加も芸術家として他の芸術家と交流し、別の場所に移動し、対話することが重要だからです。そうしないと神殿の中の彫像になってしまうような気がします。
この私の夕べでは、『ダンス組曲』のすぐ後にクレールマリーがソロで踊る『ある午後』(Une apres-midi)の世界初演があります。本来はプレルジョカージュの『受胎告知』が 予定されていたのですが、エレオノーラ・アバニャートが私的な理由で当分踊れなくなったので、その代わりに私の新作を発表することにしました。音楽はドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』です。午後という言葉はフランス語ではun apres-midi une apres-midiの二つの可能性があります。「ある午後」を観察し、自分の周囲を見回して何が起こっているかを表現してみたのです。7月にオペラ座を引退した今、自分の時間が必要なのです。

1409nicolas02.jpg (C) Anne Deniau

Q 引退して何が変わりましたか。
ニコラ 7月まではオペラ座のダンサーでした。オペラ座という組織に登録されていたのです。それに対し、今度のスペクタクルはその内容に合った形で組織されました。34年間という長い時間をオペラ座で過ごしたわけですが、本当に素晴らしい劇場でした。入団したとき、男性は45歳、女性は40歳で引退することになっていました。現在は男女とも42歳で、それは契約に明記されています。オペラ座での日々が終わることは前からわかっていました。

Q『ソラリス』のリハーサルはいつ始まりますか。
ニコラ 公演初日の一ヶ月前からです。三郎はいつも比較的早い速度で作業します。コンセプトを作るのに彼は時間をかけますが、クリエーションは短時間で行われます。藤倉の音楽はまもなく聴くことが決まっています。いずれにせよ、世界初演について前もって話すのはむすかしいのです。

Q オペラ座を退団した心境はいかがですか。
ニコラ 非常にしあわせな気持ちでオペラ座を後にしました。素晴らしい瞬間もありましたが、自分の目指すことではなくオペラ座の目指す方向で仕事をしたこともあります。しかし、オペラ座ダンサーに必要な拘束は受け入れました。出世主義者だったことはありません。若いころから周囲に優れた芸術家たちに囲まれて過ごせたのは幸せでしたが、私の情熱の対象であるダンスによって社会的に上昇しようとしたことはありません。ひとつひとつの舞台に集中することで、ダンスの中核にあるものを追及することができました。たとえば、何ヶ月にもわたってスタジオでロビンズと役に取り組めたのは本当に幸せでした。短いリハーサルでロビンズが「腕をこう上げて」と言う説明を聞いて私が腕を上げてみたものの、時間切れで彼が満足しないまま稽古が終わるという事態にはなりませんでした。
フィーサイス、マッツ・エク、ローラン・プティ、モーリス・ベジャールともこうした時間が過ごせました。振付家とダンサーはお互いに相手を選ぶのです。こうした人々によってダンスの中核に導かれ、それが私の中に豊かな財産として残ったのです。こうしたことができたのはオペラ座にいたからです。よく「Aの振付家に学んだ」とちょっと顔を合わせた程度で話すダンサーがいますが、こうした巨匠と時間をかけて作業し、スタジオで一体になることができたことは私の誇りです。

1409nicolas01.jpg (C) Anne Deniau

Q クラシック・バレエに新しい振付をすることを考えていますか。
ニコラ 絶対そういうことはないとは言えませんが、クラシックはある特定の過去にあったムーブマン(動き)であって、現在アクチュアリティがあるとは思いません。もちろん最高の振付で傑出したダンサーが『白鳥の湖』を真実を込めて踊れば、(それなりに踊れているというのではだめですが)魔法にかけられたような気分になります。クリエーターとしては白鳥を自分が振付けたいとは思いませんが、文化も経済危機にある現在の状況では、そういうことをしなければならなくなる可能性はあります。お金の額ではなく情熱で動いているのがダンスの世界ですが、人気のある分野であるのに大企業がプロデュースするようなことにならず、いまだに手作りで舞台ができていてよかったと思うのです。

Q 引退してからの道はさまざまあるようですが。
ニコラ オペラを退団して、すぐ別のバレエ団に入るような人もいます。そういう人には、私が今歩もうとしているような開かれた道はわからないでしょう。もっともこれは批判ではありませんよ。
私にとっては自分で演目を選び、パートナーを選べるというのは素晴らしいことです。本当に心を込めて11月の私の夕べを準備しています。私が好きな人々が集まった小さなグループのスペクタクルなのです。ダンスとは何か、バレエ団とは何か、という問いがあるのです。自分自身を知ることでパートナーのこともわかるようになります。
それに一人で舞台に立つと、いつも同じリズムになります。時間を他のダンサーと分かち合うと常に相手との相性がすぐわかります。長い年月、何度もいっしょに時間を過ごしても通い合うものが何もない人もいれば、会った瞬間に百年の知己のように思える人もいます。これはお互いさまですが。

1409nicolas05.jpg (C) Hiroshi SANKO

Q あなたはどういう手順で作品を創作していかれるのですか。
ニコラ まず第1に私にとって文化はきわめて重要なものです。第2に前から私の家にはメアリーポビンズの鞄ではありませんが小箱があるんです。そこにちょっとアイディアが浮かぶと紙に書いて入れておきます。散歩中、読書の途中、といった具合にいろいろ頭に浮かんだことをメモし、取っておくのです。この箱にあるアイディアを時々取り出し、クリエーションのコンテキストに応じて使います。委嘱作品にせよ、自分で作りたいと思ったにせよ、この箱にあるアイディアを手にしてスタジオに向かいます。「この音楽でこういう動きで新作を作ってください」といった拘束からいい作品が生まれるとは思いません。自然に内側から出てこなければ本物ではありません。『オデッセイ』は全く違うアイディアではじめたのですが、途中で自然でないことに気づきました。皮相だと感じたのです。そこでそれを放棄して小箱に戻り、新しい音楽を選び、この音楽によってあっという間に作品ができました。
いろいろな文化の分野でアーティストの友人がいます。生の音楽演奏がつけられるかどうかは、お金があるかどうかだけの問題です。音楽は文学、絵画同様私にはとっても大事なのです。一定の時間、一つのことだけに専心するのはよいとして、長い人生、一つの分野だけに留まるのはモノクロの世界に生きるようなものです。
踊りたい、という切実な気持ちがなくなったら、その日から踊るのをやめます。ダンスはきわめてインティメートな行為なんです。シャンゼリゼ歌劇場での夕べはこの二日間限りのもので、他で演じるつもりはありません。昨年イティネランスという国内ツアーをしましたが、今年はそういう気になりません。
花は目の前に今あるとき、その瞬間に香りを嗅ぎ、その色と形を見なければならないと思うのです。生きたスペクタクルであるダンスも同じで、瞬間の芸術なのです。会場まで足を運ぶ、という手続きを踏んで現場に行く、ということが大事なのです。

Q 好きな作家と作曲家は誰ですか。
ニコラ ルネ・シャール、川端康成、ブレット・イーストン・エリス、マルセル・プルースト。ロックもヴァライエティ音楽も聴きますが、一番よく知っているのはクラシックです。ラップは今のところピンときませんが・・・。ピエール・スーラージュよりはプーサンが好きです。スーラージュにニュアンスがあるとは思えないからです。
朝起きて雨戸を開け、窓をひらく時、これからこの日、昨日とは違う一日が始まると感じるときが何より好きな時間です。効率の良さには惹かれません、大事なのはニュアンスです。

1409nicolas06.jpg (C) Hiroshi SANKO

Q ビデオをダンサーが練習に使うことをどう考えますか。
ニコラ ビデオは役に立つ道具ですが、それだけに頼ったいたらダンサーはだめになってしまいます。
ロビンズのように、何度やり直しても「そうじゃない」「そうじゃない」と何時間でもいい続ける人を我慢できるのは、それが他でもないロビンズだからです。ロビンズほど遠くまで私を導いてくれた人はいません。ダンスに魅力があるのは、同じ役でもダンサーが違えば同じでない。同じダンサーでも毎回違うからです。
深いヴィジョンを持った振付家はダンスに欠かせません。ビデオをダンサーに見せて、画面と同じように身体を動かさせるようにするのはバレエ団ではありません。
ビデオが道具でなく、グラールの聖杯になってしまったら、皆が同じことを同じようにやるようになったらただのスポーツです。踊っていてビデオにとられているのが舞台でわかると、腹の底から怒りがこみ上げてきます。昔はビデオはなかったんです。道具に権力を与えてはいけません。
振付家から直接指導を受けた作品を再演したとき、別のダンサーが振付家に会わないでビデオを見ただけで踊りました。この二つは全く別ものだったのです。ビデオは手っ取り早いのです。どう使うかはダンサー各人に委ねられています。もし今私が若いダンサーでビデオを見ながら踊っていったとしたら、自分が得ることができたカルチャーを身につけることはできなかったでしょう。大事なものの横を通り過ぎてしまうことになるでしょう。

Q 映画出演の依頼はありましたか。
ニコラ ええ、前にジュリアン・シュナーベル監督の『潜水服と蝶々』という映画でニジンスキーを演じたことがあります。もし依頼があれば考えてみますが、俳優はプロでなければできません。私が今日プロなのはダンスだけです。

ニコラ ダンサーを養成し、自分の学んだことを次代に伝え、新しい作品を作り、多くの人に見てもらうのが私の仕事です。

Q あこがれたダンサーは誰ですか。
ニコラ バリシニコフ、最初のコンテンポラリー・ダンサーであるジャン・バビレ、ヌレエフ、ニジンスキー、セルジュ・ぺレッティ、アンソニー・ダウェルです。女性ダンサーならイヴェット・ショーヴィレです。