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浦野芳子 
[2009.03.23]

Noism09 金森穣×三原康裕プレトーク

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 Noism09新作記者発表のしめくくりは、芸術監督の金森穣氏と、今回「ZONE」の衣裳を担当するファッション・デザイナーの三原康裕氏とのトーク。場所はなんと、りゅーとぴあ能楽堂。切土口から現われたふたりが、スーツにいきなり“白足袋”を履いているのがなんともユニーク!(しかし伝統ある能舞台は、穢れを嫌うため白足袋は必須なのだ)。また、それまでの記者発表とは違い、金森さんも心なしかリラックスした様子。ふたりの素顔が垣間見られたやりとりを、お届けします。

金森 Noismについてどんな印象をもっていましたか?

三原 新潟で活動していると聞いて、イタリアを思い出した。日本は何でも東京に集中しがちだけれど、イタリアって文化や企業が地方都市に分散している。日本みたいな“上京”っていう感覚はないんだよね。本来はそうあるべきなんだと思う。目指せ東京、じゃなくなっていけば世の中変わっていくんじゃないかな。

金森 三原さんのオフィス、新潟に移す気はないですか?

三原 僕の場合は靴作りがベースなんですよ。そうすると仕事の現場が東京の浅草や、神戸に集中しているという現実が…。地場産業としての歴史がありますからね、そうしたものを盛り上げたい、お世話になっているんだから力になりたい、そういう気持ちもありどうしても仕事のベースは東京になっちゃいますけど。でも、将来的にはそういう生活を目指したいですね。海の近くでのんびりモノづくり、とかね。ところで僕にも質問させてください。Noismのダンスと他のダンスの違いって、何だと思ってますか。

観客の感情はコントロールすべきことじゃない。

金森 環境です。朝から晩まで身体と向き合える、環境。作品は、同じ振付家でも変容するものだから。

三原 以前、金森さんの作品を「コンテンポラリーダンス」と言ったら「いや、うちはNoismです」って言った。Noismの基本はバレエなんだけれど、それを自分たちで壊して再構築していますよね、マジメに。身体的表現を本質的に考えていると同時に、無駄も多いだろうし、ある意味遠回りだなぁ、とも思って見ています。

金森 そうそう。その無駄、遠回りが本質的なものにたどり着くためには必要なんじゃないかな。人智を超えたものを見出すための無駄な時間にエネルギーを注げる人、それを芸術家って言うんじゃないかと思う。

三原 舞台芸術って、感情移入させることはある意味簡単じゃないですか。Noismはそこを、あえてやらないというか、見る人にゆだねてほっとくというか、無責任でもあるけれどある意味チャレンジしてるよね。

金森 責任持った無責任、だと思ってる。観客の感情はコントロールすべきことじゃない。それよりも、命を削ってそこに立つ身体、そこに賭けてきた人間の身体の存在が、機械ではなく人の身体をもってしか届けられないものを発する。それが専門性を持った身体表現なのだと、私は考えてます。

直径4メートルのチュチュ&竹馬トゥシューズ

金森 そろそろ仕事の話もしなくちゃなりませんね。で、なぜ今回三原さんにお願いしたかという話ですね。舞台衣裳の専門家はいます。でも今回は舞台用ではない純粋な衣裳の専門家が、身体に対してどういう専門的表現を提示してくれるか、そこを追及したかったんです。

三原 「PLAY 2 PLAY」に続いて2回目だけれど、難しいよね。ホラ、完成図がわかんないじゃない。一般的な舞台―演劇とかバレエとか―では衣裳がひとつの言語になる。例えばかつらつけて着物着ていたら江戸時代、とかね。でもそれをやってしまったら自分がここにいる意味はない。金森君、意地悪だから前回は「好きにしていいです」しか言わないの。何回聞いても、何も教えてくれない(笑)。それがさ、今回ははっきりしてんの。だっていきなり「直径4メートルの巨大チュチュが欲しい。竹馬の先にトゥシューズはかせて」ですよ。それが去年の10月の、初回打ち合わせのときの話。うわー、今回はやるなぁ、でもそんなことしたらダンサー危ないんじゃないの、って言っても聞かないの。だって4メートルのチュチュって重さも100キロくらいになっちゃうわけですよ、それを体重40キロそこそこの女性が身につけてしかも竹馬でトゥシューズって、まるで凶器のような衣裳ですよ。

金森 あ、チュチュの件は中止になりました(笑)

三原 そうなんだよね。1月の時点でね。僕、それまでチュチュの軽量化についていろいろ考えたんですよ。で、飛行機の部品作っている会社まで相談に出かけたんだよね、菓子折り持ってさ。今日の公開リハーサルも実は「はぁーーーー」って感じだったんだけれどね。メールで「前半の内容が変わりました」ってのはもらってたんだけれど、今日実際に見てみて、いろんな意味で自分が考えすぎていたことがわかったんです。前回の反省は、今回に応用できない(笑)。ある意味、自分の臨機応変さをどこまで出していけるかが勝負。だからデザイン画も描かない。普段の仕事とまったく切り離して考えなくては、と思っている。本当は、1年くらいかけてやりたいところだけれど。

金森 んー、一年前に何作りたいか考えるのは不可能ですね。

三原 キタァー。でも、今回の仕事は僕にとって、一種の儀式だと思っている。それは救われるための宗教的なものなどではなく、自分のエゴや感覚をどこまで無視できるかというもの。それにより超えなきゃいけないものを超えられる、そんな気がしている。金森君には悪いけれど、この仕事使ってそれをやらせてもらおうと思っている。

金森 こちらとしてもとても嬉しいです。昨日、(舞台美術の)田根剛に送ったメールにも「儀式」という言葉を使ったばかりなんです。不思議なんだけれど僕たちが仕事するとこういうシンクロがおきるんです。