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三崎恵里 
[2017.03.29]

アメリカのポスト・モダンダンスの草分け、トリシャ・ブラウンが逝去、80歳だった

アメリカ・のポストモダンダンスの草分けとして活動を始め、後に国際的に振付や演出をした振付家、トリシャ・ブラウン(Trisha Brown)(1936年生)がテキサス州、サン・アントニオにて長期療養生活の後、3月19日に死去した。80歳だった。

_Trisha-Brown_Photo_Marc-Ginot.jpg Trisha Brown  Photo Marc Ginot

ワシントン州、アバディーンの農村地帯出身のブラウンは、1958年にミルズ大学ダンス学部を卒業、1961年にニューヨークに来た。アンナ・ハルブリン(Anna Halprin)に師事し、ロバート・ダン(Robert Dunn)が教える振付・創作ワークショップに参加、1960年代のニューヨークの形容ともなった、学際的な創造に大いに貢献した。このワークショップからジャドソン・ダンス・シアター(Judson Dance Theater)が生まれた。ダンスとして認められる肉体的な動きの枠を拡げ、ブラウンは日常生活の中に普通ではないものを見つけ、作業やルールゲーム、普通の動き、そして即興を取り入れて振付をした。

1970年にトリシャ・ブラウン・ダンスカンパニーを設立すると同時に、ブラウンは独自の芸術的探究法と実験的な活動を開始し、その後40年間続いた。100作以上の振付、6つのオペラの作品、そして多くの美術展やコレクションから認められた画家でもある。ブラウンの初期の作品は彼女が当時活動した、マンハッタンのソーホーの生活から刺激を受けたものだった。1970年代にブラウンは、代表的な功績の一つと言える独自の抽象的表現法を得た。それは展示作品として彼女に発表の場を与えたギャラリーや、美術館や国際展示会で見られた。当時、ダンスの振付を近代作品として美術館に置いたということは、ブラウンが確立した業績から外すことはできない。

1980年まで女性ばかりで構成したカンパニーと共にスタジオで製作をしたブラウンは、コラボレーションの作品の先駆者となっていた。彼女はダンサーたちの即興を引き出し、編集し、構造立てて、振付に仕立てた。大きな転機は1979年、彼女がそれまで身を置いた非伝統的かつ非芸術的なセッティングから、ダンスを伴う組織的な枠の中に移行し、華やかなステージに活動を移したときにおこった。
ブラウンの最も愛された作品、ロバート・ロウシェンバーグとローリー・アンダーソンとのコラボレーション『セット・アンド・リセット(Set and Reset)』(1983)が、BAMのネクスト・ウェーヴ・フェスティバルで発表されて以来、ブラウンは国際的に知られるようになる。

1703Set-and-Reset.jpg Set and Reset  Photo Julieta Cervantes

『ゼロサイクルに戻って(Back to Zero Cycle)』(1990-1994)で、ブラウンは長年の課題、見えるものと見えないもの(視覚的でないものも含めて)に、新たな抑揚をくわえると同時に「無意識」のムーブメントを探る新しい境地に入った。

ブラウンは、1987年製作のリナ・ワートミュラーの『ビゼーのカルメン』に、自身の視点でオペラ演出をする。1998年にブリュッセルの有名なオペラハウス、王立モネ劇場に招待され、オペラ『オルフェオ』を演出し、その後14年間に渡って6つのオペラを演出した。2004年にパリ・オペラ座バレエの3人のエトワール(デュポン、ルグリ、ル・リッシュ)を使って『オー・コンポジット(O Zlozony/O Composite)』を製作した。1990年後半から21世紀の最初の約10年間、ブラウンはコンテンポラリー・アーティストたちと新しい振付を行うと同時に、オペラを演出し、絵画にいそしんだ。

ブラウンが正式にダンスから引退したのは2008年、『ミスター・ロボットが大好き(I Love My Robots)』に出演した時。この製作は日本人造形作家、岡崎乾二郎とローリー・アンダーソンの音楽とのコラボレーションだった。ブラウンが製作した最後のダンス作品は2011年の「私の腕を投げて、受け取った人にあげる。(I’m going to toss my arms- if you catch them they’re yours)」であった。
一方、ブラウンの絵画は1970年代から現在に至るまで国際的に大手美術館やギャラリーで展示されている。
トリシャ・ブラウンは国内、国際的に多くの賞を受賞しており、その中にはフランス文化勲章(1988、2000、2004)、アメリカン・ダンス・フェスティバル賞(1994)、ベッシー賞(2011)などが含まれる。
遺族は息子のアダム・ブラウンとその妻のエリン、4人の孫、そして兄のゴードン・ブラウンと姉のルイザ・ブラウン。ブラウンの夫でアーティストのバート・バーは昨年の2016年11月7日に亡くなっている。

1703Astral-Converted.jpg Astral Converted  Photo Stephanie Berger