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三崎 恵里 text by ERI MISAKI 
[2016.07.25]

[訃報]60年代よりニュ−ヨークで活動し、振付家として優れた教師としても知られた平林和子逝去

日本に生まれ、ニューヨークで長年活動したモダンダンスの振付家で教師の平林和子が、今年3月25日、ニューヨーク州ハリソンの自宅で亡くなった。82歳だった。関係者の話によると、平林は1968年以来43年間教えたジュリアード・スクールを引退した翌年の2012年に、筋萎縮性側索硬化症と診断されたという。

MsHirabayashi01.jpg Photo by Keith B

平林の訃報を報じた「ニューヨーク・タイムズ」の記事によると、振付家として平林は1960年代にアメリカのモダンダンスとバレエを、日本の演劇情緒で融合させた高い独創性で、既に注目されていた。しかし、自身で創立して運営した二つのカンパニーでの創作活動よりも、教師としての国際的な名声の方が高くなり、ジュリアード・スクールやアルヴィン・エイリー他のスクールで、彼女の教えの深さや威厳の高さに、多くの生徒たちが啓蒙されたという。
平林の教師のメンターとして影響を受けた何百人ものダンサーたちの中には、1970代後にマーサ・グラハム・カンパニーで最も優れたダンサーの一人と称賛されたテレス・カプシリ、現在イスラエルのバットシェバ・ダンス・カンパニーのディレクターを務めるオハッド・ナハリン、マース・カニンガム・ダンスカンパニーの著名なダンサーだったロバート・スウィンストン、ダニエル・メイドフなどがいる。カプシリは「ニューヨーク・タイムズ」のインタビューを受けて、「カズコ先生は、ダンサーそれぞれの将来性のひだを一枚一枚めくって、自分が何になれるのかを見つけさせてくれました」と語っている。
平林は1933年10月18日名古屋生まれ。日本の大学で学士号を取得したのち、1958年に渡米してジュリアード・スクールに入学した。当時、ジュリアードではマーサ・グラハムと彼女のカンパニーメンバーや、ホセ・リモーン、バレエの振付家のアントニー・チューダーなどが教えていた。平林は後にグラハム・テクニックを教えるようになり、主にジュリアード・スクール、ニューヨーク州立大学パーチェス校、アルヴィン・エイリー・スクール、そして海外で教えた。また、マーサ・グラハム・スクールのディレクターとしても君臨した時期があった。
1965年に自身のダンス・トゥループであるTriadを、当時グラハム・ダンサーだったリチャード・クッチとリチャード・ゲインと設立。1967年にはカズコ・ヒラバヤシ・ダンスシアターを創立した。作品には『羅生門』『無題』など、日本文化に強く意識したものが含まれ、グラハム・テクニックに強く影響を受けながらも、グラハムの動きをリリカルにした独自の動きを使った。ご遺族に姉妹が二人が居る。

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Photos provided by Therese Capucilli