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浦野 芳子
[2012.08.16]

「ノンフィクションW パリ・オペラ座の『ザ・カブキ』ベジャールの遺したもの」の放映にあたり、試写会と主演ダンサー、高岸直樹・柄本弾トークイベント開催

シャガールの天井画に、拍子木と拍手がこだまする。粉雪の中をすり足で駆け抜ける羽織姿の勇士たち。パリ・オペラ座が、情熱を秘めつつも静謐な、この和の空気感に満たされるのは、実に26年ぶりのことだったという。7月、東京バレエ団による『ザ・カブキ』の公演のことである。
『ザ・カブキ』は故・モーリス・ベジャールが東京バレエ団のために創った作品で、初演は1986年。日本文化をこよなく愛し、中でも歌舞伎に強い関心を寄せていたというベジャールが、“仮名手本忠臣蔵”を題材に作品化したものだ。情報社会に遊ぶ若者が、突然江戸時代へタイムスリップしてしまうというはじまり。作品全体を彩る世界は歌舞伎にインスパイアされた和の要素が色濃いが、そこに時間と時間の間を結ぶ見えないブリッジが渡され、現代のファンタジーとしての演出が加えられているのが、さすがベジャール。東京バレエ団は、この作品をこれまで世界各地で上演してきた。

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その初演から今日まで、作品に関わり続けているのが高岸直樹(たかぎしなおき)である。主役・由良之助を演じるに当たりベジャール本人から直接指導された経験もある彼が、今回のこの公演で「ザ・カブキ」を卒業するという。そして、若手の中から抜擢されたのが柄本弾(つかもとだん)。2008年に入団以来、着実にキャリアをのばしてきたひとりだ。ふたりは、このオペラ座公演で、それぞれに由良之助を踊るのだが、“卒業”していく高岸と、その背中を追いかけるように役作りそして踊りに打ち込む柄本のふたりを追いかけながら、舞台で表現するとはどういうものであるか、また役柄を演じるということはどういうことなのかを、短い時間ながらに凝縮したドキュメンタリーがこの番組だ。
この作品を創りだしたモーリス・ベジャールとはどんな人物であり、どのように作品を見つめ創りだそうとしていたのか、それを語るのに彼の代表作である『ボレロ』の映像や、坂東玉三郎らの言葉を交えているにのも分かりやすい。考えてみれば、舞踊と言うのは(基本的には)言葉を用いない芸術である。日本の歌舞伎の、どのシーンをどのようにバレエに凝縮しているのか、というあたりをかいつまんで見せる作品分析からは、“なるほど、バレエ(踊り)の言語は世界共通だ、といわれる理由はここにある”。と素直に感じた。テロップが無くても、日本文化を知らなくても、『ザ・カブキ』には歌舞伎を世界に伝える力がある。そして、そういうことこそ、バレエ(舞踊)が持てる、芸術としての機能であるということを、改めて実感した。
そして、主役を務める高岸、柄本を、舞台袖はもちろん本番直前の楽屋まで追っている。“卒業”、となった公演のカーテンの内側で、笑顔であいさつする高岸。そして、直前まで慣れない斜めの床に苦しむ柄本…。臨場感ある内容になっている。

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「ノンフィクションW パリ・オペラ座の『ザ・カブキ』ベジャールの遺したもの」 の試写後に、由良之助を演じたふたりによる短いトークが行われた。入団一年目、弱冠21歳で由良之助に抜擢され、以来この役を踊り続けてきた高岸の「この作品は、自分、そして自分のバレエ人生を測る物差しのようなもの」という言葉には重みがある。その彼の、パリ・オペラ座でこの作品を踊り終えた時の気持ちは「実に晴れ晴れとしたもの」だったそうだ。確かに、番組の映像の中の高岸は涙を見せるどころかリラックスした笑顔で客席を見渡していた。
柄本も、22歳の今この大役を任された点では高岸と同じである。そんな柄本に高岸の背中はどのように映っていたのか、という質問に「気迫が違いました。それがプレッシャーにもなりましたが、いい刺激でした」。高岸は、柄本にとっては地元(京都)のバレエの教室の大先輩でもあり、自分が小さいころからずっと意識していた存在だという。ドキュメンタリーにもそういうシーンがあるが、役作りやテクニックに関するアドバイスを高岸に請うこともある。「さっき高岸さんが”  “ザ・カブキ”は自分の物差し、とおっしゃいましたが僕にとっては高岸さんに “追いつきくための物差し”です。たまに袖で見ていてくださるんですが、それが嬉しくもあり、プレッシャーでもあり…(笑)」。
そんな柄本は高岸にとってどのような存在として映っているのか。「足腰が強く、テクニックもいいものを持っている。そういう意味では僕より上です。そして、与えられた役柄、振付をちゃんと自分で消化する力を持っている」。同じキャリアの若手でも、持っている能力やキャパシティはさまざまだ。柄本には、役について思考を巡らせ、自分のものにしようと努力する粘り強さがある。だからこそ、「彼の持っている良さを消してしまわないように、役作りには手取り足取りのアドバイスはあまりしません。もともと作品や役柄への解釈というのは人によってとらえ方が違って当たり前です。彼は、たとえ壁にぶち当たっても、それを自分の力で乗り越える力も持っていると思います」。26年間向き合い、熟成させてきた自分の由良之助であるが、それを後進に押し付けるつもりはない。柄本には柄本の由良之助があり、先輩として手伝うことがあるとすればその熟成を見守ることだけだ―、潔くも広く温かい、その眼差しは、充分に作品や役柄と向き合ってこられたからこその充足感が土台となっているのだろう。

華やかな舞台映像が表舞台なら、その裏には先輩・後輩のほどよい距離と緊張感の物語。このドキュメンタリーは、作品としての魅力だけでなく、ダンサーと言う職業の魅力をも、伝えてくれるものであると感じた。
そして、作品や役柄と言うのは、このようにして人から人へ受け継がれ、時代と手を取り合いながら少しずつ進化を加え、愛されていくのだろう、と。
(2012年8月1日 WOWWOW本社)

1208kabuki04.jpg 東京バレエ団、柄本弾と二階堂由依
photo/Kiyonori Hasegawa
1208kabuki05.jpg 高岸直樹
photo/Kiyonori Hasegawa
1208kabuki03.jpg 「ザ・カブキ」パリ・オペラ座公演カーテンコール photo/Sebastien Mathe

 

ドキュメンタリー「ノンフィクションW パリ・オペラ座の『ザ・カブキ』ベジャールの遺したもの」
出演/東京バレエ団
●8月24日(金)22:00~ WOWOWプライム [初回放映]
●8月26日(日)11:00~ WOWOWプライム
●9月1日(土)20:10〜 WOWOWライブ (下記参照 21:00〜 ステージの放映あり)

<関連番組>
土曜ステージ「モーリス・ベジャール振付『ザ・カブキ』全2幕 東京バレエ団 ミラノ・スカラ座公演」
●9月1日(土)21:00〜 WOWOWライブ