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浦野芳子
[2012.08.16]

『義務教育ダンス必修化をむかえて』Noism芸術監督・金森穣との懇談会をSPAC-静岡県舞台芸術センターにて開催

本年度より学習指導要領の改定で、中学校1, 2年生に「ダンス」が必修となった。これまでは体育の中の選択授業のひとつだったのが、必修となったのだ。内容としては、・創作ダンス ・フォークダンス ・現代的なリズムダンス の3つの中から必ずひとつを選んで、体育の授業の中で実施する。
生徒はもちろんだが、指導を行う先生方の中にも戸惑う向きは多い。当然である、同じ身体を使うこととはいえ、体育とダンスとではその目的も内容も、異なるものだからである。
NoismがSPAC-静岡県舞台芸術センターで公演を行っていた7月22日、意見・情報の交換の場として、懇談会が開催された。参加したのは主に、地元の小中学校、及び高校の職員、教育関係者、舞踊関係者など。現場で指導する立場ゆえの戸惑いの声が寄せられる中、ダンスのもたらす意義、学校教育の中でのダンスの理想的なかかわり方などについて、SPAC芸術総合監督の宮城聰のナビゲートで、参加者からの声も交え、金森穣に意見を聞いたのでレポートする。

宮城 新潟市ではNoismのメンバーが学校に出向いてワークショップを行っているということも聞いています。

1208spec01.jpg Photo/SPAC静岡県舞台芸術センター

金森 レジデンシャル・カンパニーとして、地域への責任のひとつととらえています。ただ、その名目を『からだワークショップ』としているように、専門的な舞踊の知識を教えるのではなく、身体の中に在るいろいろな感覚に目覚め、それを知る、“もっとからだについて知ってもらう”ことを目的とした内容になっています。
具体的に何か振付を踊ってもらうとか、ステップを教えるとか、そういうことは行いません。ごくシンプルな、遊びのような動きが中心です。

宮城 人気ダンスの映像なんかを見せて授業を行っている、という話も聞きますが、それだけでは、ダンスを通して何を獲得して欲しいのか、というところまで追求できないと思うんです。やはり授業で行うからには目標や目的が必要ではないかと。金森さんとしては、ダンスを通して何を伝えたいと考えられますか。

金森 まずは、自らと、他者の身体を知る、ということです。重み、触れ方、身体をモノとしてではなく、そこに生命の詰まったものとして、感じてもらいたい。ですから、身体が徐々に開かれていくような、そんなプログラムになっています。
それに、体育とダンスって、同じ身体を使って行うことではありますが、その内容、目的はまったく別のものです。一度先生方にも“振付をする”ということを体験していただいたことがあるんですが、やはりみなさん戸惑われますよね。ですから、先生方にも、まず自分の身体を知り、そして他者の身体を知り、そのうえで他者の身体を動かす、というステップが必要なんじゃないかと思うんです。

宮城
 そういうことは、テレビや映像の真似からは、くみ取れないことですね。

金森
 子供たちに人気のEXILEのダンスに代表されるバックダンサー的なダンスは、踊るという行為の中で他者に触れることが少ない。個を集団の中で行っている、その中に芽生える高揚感なんです。これって、“祭り”の中で踊られてきたものと同じ、つまりもともと日本の文化の中に在るものなんですよ。それをわざわざやるよりも、せっかく踊るということを教育に役立てるのであれば、もっと別な側面にスポットを当ててもいいように思います。

----ダンス・演劇部の顧問をしている教師からの質問 なるべく生徒たちが楽しいと思えるようなものを、ということで、カッポレ、ヒップホップなどを秋から取り入れようと思っているのですが。
金森 興味がある、あるいは好きだということが前提にあるのは大切だと思います。ただ、“義務教育である”ということを考えるとやはり、楽しいだけでなくそこから一歩、先に進みたいですね。そういう意味で踊りの中に“他人に触れる”というハードルを設けるのも、意味があると思います。
今の子供たちを取り巻く環境は、どうしても情報が優先していますし、遊びも身体を使い他人と触れ合うというものは少ない。その結果、身体感覚が希薄になっているのであれば、教育の中でそれを取り戻すというのは、ひとつの意味だと思います。


宮城
 他人に触れないでやっているうちは、楽ですよね。けれども子供たちにとって、他人に触れる、という体験はなにか、大きく次元が飛躍する出来事なのではないかと思います。その、飛躍の幅のようなものを、どう埋めてあげるかも考えなくてはならないかもしれません。

金森
 私たちのワークショップでは、手と手の間に紙をはさんだりしています。直接肌は触れなくても、“押す力”を互いに感じることができます。このように、受け入れやすさを工夫することも必要ですね。
ただ、自分の身体と、他者の身体の違い、あるいは他者の身体の存在感、そういうものを知らないということは、危険なことです。例えば、道端で倒れている人を見ても心が動かない、という物質的他者性を生んでしまうかもしれない。しかし中学生と言うのは難しい時期で、他者に触れるハードルが高くなっているのはわかります。ですから、そうなる前の小学生くらいから、他者に触れるという練習はしておいた方がいいかも知れませんね。私たちは小学生対象のワークショップも行いますが、彼らは人に触れることにそんなに抵抗は示しません。このくらいの時期から、他者の身体に対する“免疫”と“感性”は創っておいた方がいい。

----小学校教師からの意見 しかし、今学校教育の現場は非常に忙しく、日常のカリキュラムをこなすだけで精いっぱい。子供たちとおしゃべりする時間すら、なかなか取ることができないのが現状です。観察していると、身体を動かすなら本を読んでいる方がラク、だとか、カッポレの輪の中にも入って来れない、そういう子供たちが多いようです。けれども、身体を使って他人と関わること、何かを表現することは大切なんだよ、ということは子供たちにも伝えたい。彼らをダンスに誘う、説得するための言葉、そういうヒントが欲しいです。


金森
 我々を使ってください(笑)。出向いて行って、先生と一緒に授業を行います。…別にNoismでなくても、各都道府県に身体の専門家はいると思いますから、そういう人材を活用するというのはひとつの方法だと思います。
先生方が忙しいのは、わかります。ただ、ひとつお願いしたいとは、先生方も自ら身体を使って、ダンスを体験してみて欲しいのです。それをせずに「ダンスをしなさい」と言っても、子供たちには “あ、先生はやりたくなさそう”というのが分かってしまう。時間が無いのはわかりますけれど、そこをなんとかして、先生方にもダンスを体験してほしい。そうすれば、説得の言葉も出てきやすくなるのではないでしょうか。
私も新潟市に “我々をもっと利用してください” と言っているんですけれどね。が、なぜか要請が来ない。これからは、専門家と現場と行政が、もっとつながっていく必要があると思います。

 ----小学校教師からの意見 子供たちからしてみれば、カッコいいダンス、とそうでないダンス、というのがあると思うんです。当然、彼らがやってみたいのは前者で、それは、EXILEや嵐だったりするわけです。どうせならばそういうものを入り口にして、楽しくダンスと関わらせてあげたい、と思うのですが、私たち教員がお手本をできません。
一方で、かっこ悪いダンスってどういうものかというと、悲しみとか苦しみとか、感情表現を行うものなんです。


金森
 何をかっこよい、とするか、舞踊にその判断を入れるのは難しいですよね。舞踊は表現であると考えると、表現の本質とは、と言う話にもなりますから。
かっこよくて、しんどい、そういうものをやらせたらいいんじゃないでしょうか。ものすごくテクニックのいるものをやらせる、とか、ものすごく体力的にハードだ、とか、楽しそうな入り口の先にハードルを設けるんです。

----教育学部の教師からの意見 ダンスが身体に目を向けるための機会である、というのは全くその通りだと思います。リズムだけなら真似ることで片が付きますが、身体を使った表現となると、そうではないものが求められます。今回の必修化は “体育の授業の中にダンスがある” ということに注目しなくてはならない。つまり、身体、というものに注目させそこに何かを起こすための授業、必修化であるということだと思うのです。もっとプロのダンサーの身体性に触れる機会があると、子供たちはダンスってかっこいい、と憧れを抱くようになるのでしょうか。

金森
 嵐を真似するなら、間のとり方からカウントのとり方に至るまで徹底的にやってみたらいいんだと思います。そうしたらきっと、そこから学べるものがあると思いますよ。

宮城 先ほども言いましたように、相手に触れる、というのは飛躍的な行為で、特に多感な年ごろの子供たちにとってはハードルが高く、できれば逃げたいことだと思います。しかしそれは、人間が自分の身体から遠ざかるということも意味していて、それはある意味病的です。そう考えると、ダンサーというのは病的感覚からの回復を促す医師のような存在かもしれません。ただし、中途半端な治療がかえって体に悪いのと同じように、子供たちがダンスと向き合う時にも注意したいですね。細かく身体を観る、知る、ということを心がけたい。

----舞踊家の意見 忘れてはならないのは、ダンスは芸術である、ということです。ただ、身体を使った表現であるから身体を鍛えるわけです。それが単純に体育の授業として入ってきてしまったから、先生方もお困りでしょう。現実面ではやはり、専門家と現場の先生方が協力し合えるシステムを作らねばならないと思います。


金森
 舞踊は奥が深い。その起源をたどれば、祭り、儀式、コミュニケーションと、非常に多角的です。どこの部分にどう注目していくのか、何の目的で行うのか、そういうことが明確化される必要もあるように思いますね。


臨席された方々は、ベテランから若い教員まで実に幅広く、開演までの数十分間を利用した懇談会であった。ただ、その誰もが、ダンス必修化の意図がいまひとつ曇っていること、そして現状のままではよい結果に導くのが難しいことを、危惧していた。
(2012 年7月22日 SPAC-静岡県舞台芸術センター)

1208spec02.jpg Photo/SPAC静岡県舞台芸術センター