守屋光嗣 text by Koji Moriya
※画像をクリックすると別ウィンドウで大きな写真が開きます。
>

ダーシー・バッセル & イゴール・ゼレンスキー

 11月最終週に、サドラーズ・ウェルズ劇場で、ロイヤル・バレエのプリンシパル・ゲスト・アーティストのダーシー・バッセルと、マリインスキー・バレエのプリンシパル、イゴール・ゼレンスキーの二人による公演があった。
 ロイヤル・バレエでのミックス・プログラム直後のバッセル、この公演後に日本に向かったゼレンスキーと、非常に過密なスケジュールにもかかわらず、二人のパフォーマンスは期待を裏切らないものだった。しかしながら、お粗末な演目構成のために、残念なことにとても散漫な公演に終わってしまった。バッセルとゼレンスキーがかつてロイヤル・オペラ・ハウスで見せた輝かしいパートナーシップの再現を期待していたに違いない観客の多くは、不完全燃焼のまま帰路についたのではないだろうか。

 最初の演目は、ロイヤル・バレエのプリンシパル・キャラクター・アーティストで、最近振付家としての活動も目立ち始めたアラステア・マリオットによる『Kiss』。このプログラムのためにバッセルに振付けられたもので、世界初演。ロイヤル・バレエの元プリンシパル・ダンサーで、ロイヤル・バレエ学校でもバッセルと同学年だったウィリアム・トレヴィットが共演した。プログラムには、マリオットは、オーギュスト・ロダンとカミーユ・クローデルのリレイションシップに触発されてこの作品を振付けたとのこと。
 7分と短い振付だが、バッセルとトレヴィットの静かに流れるような動きは、長い間一緒に踊る機会がなかったとは思えないもの。振付自体は、可もなく不可もなくといったところ。マリオットは、ロイヤル・バレエへの新作、『Children of Adam』が控えている。情報によると、どうやらナラティヴ・バレエになるらしいが、マリオットが「いい人」をやめられるかどうかが、今後の彼の振付家としてのキャリアを進める上での鍵になるのではと思う。

 2作目は、アラ・シガロヴァ(Alla Sigalova)がゼレンスキーに振付けた、『コンチェルト・グロッソ』。振付、衣装、照明のすべてをシガロヴァが手がけたようだが、黒い背景、黒い衣装で何を語りたかったのか理解しがたかった。振付はゼレンスキーのダンサーとしての素晴らしい資質を充分に引き出していた(特に回転の凄まじいほどの美しさ)だけに、やや消化不良気味な印象を持った。

 3番目は、現在、ゼレンスキーが芸術監督を務めるノヴォシビリスク・バレエのダンサー6人(男女3人ずつ)による、Edwaard Liang による『ウィスパー・イン・ザ・ダーク』。今回のプログラムで取り上げられた4作品の中で一番長い27分にも及ぶ上演時間にもかかわらず、なんの印象も残らなかった。
 ノヴォシビリスクのダンサーたちには、賞賛を送る。が、振付は、再び暗いトーンの衣装、振付を見せたくないのではとかんぐりたくなるほど光源を絞ったライティング。肝心なのは、「このムーヴメントを舞台の上で生み出したかった」、という強靭な意思が全く感じられなかった。仮に、現在のコンテンポラリー・ダンスに求められている最も重要な条件が、観客に見せる目的ではなく、振付家個人を満足させること、というのであれば、筆者にとっては必要ない。

ダーシー・バッセルと
イゴール・ゼレンスキー

 ブログラムの最後は、ローラン・プティが1946年に振付けた『若者と死』。イギリスの批評家は、作品自体の古さを取り上げていた。が、全く違う状況ながら、あらゆる所に「死」が渦巻いている現在において、何ら違和感を感じることはなく、かえって、作品の主題の普遍性を鮮明に感じることが出来た。
 キャリアの後半に差し掛かっているとはいえ、バッセルとゼレンスキーの踊りからは、これは観にきた甲斐があったという満足感を得られた。二人の健康的な容姿からは、「退廃」の雰囲気を感じることはなかった。しかしながら、両者とも、既にこの演目を踊った経験があるからだろう、作品の主題は十分に理解していたようだ。

 最初に書いたように、素晴らしいダンサー二人によるこのコラボレーションが全くの期待はずれに終わったのは、ひとえに構成のまずさ。それ以外にない。バッセルとゼレンスキーの「二人」の公演としながら、例えば、バッセルは、最初の演目、『Kiss』が終わったあと『若者と死』までの間約1時間以上、舞台には現れなかった。バッセルが舞台に居たのは正味25分弱。また、音楽は予定ではライヴであったはずなのに、録音によるものになっていた。これを企画したのはサドラーズでなく外部のプロダクションだが、サドラーズ・ウェルズ劇場がイニシアティヴをとるべきだったのではないかと思う。


『くるみ割り人形』:ピーター・ライト卿80歳の年に


アリーナ・コジョカル
 12月1日には、既にロイヤル・オペラ・ハウス内はクリスマスを迎える飾付が終わっていた。が、12月13日の夜、ピーター・ライト卿演出、ジュリア・トレヴェリアン・オーマンがデザインしたセットによる『くるみ割り人形』のカーテンが上がり、漸くクリスマスがハウスに訪れたようだった。
 11月にライト卿は80歳の誕生日を迎え、ロイヤル・バレエは今シーズンの『くるみ割り人形』の公演を通して彼の功績を称えている。初日の公演終了後、シュガー・プラム・フェアリーを踊った、彼の愛弟子である吉田都に手をとられて舞台に上がったライト卿は嬉しさでいっぱいの様子だった。バレエを愛してやまない、またこれからもずっとバレエを愛しつづけていくに違いない彼の喜びを分かち合えたことは、観客、ダンサー、ロイヤル・バレエの関係者にとって素晴らしいクリスマス・プレゼントだったことだろう。

 初日の主要キャストは昨年とほぼ同じ。シュガー・プラム・フェアリーに吉田、プリンスはフェデリコ・ボネッリ。ドロッセルマイヤーはギャリー・エイヴィス、クララにイオナ・ルーツ、そしてハンス=ペーターはリカルド・セルヴェラ。
 セルヴェラとルーツの踊りでの細やかな演技・マイムを見ていると、イギリスで見る『くるみ割り人形』はこうでなければと。特にセルヴェラは、踊りに優美さが備わったようで、成長ぶりが頼もしい。また、エイヴィスは、その演技に更なる深みが加わり、始まりから終わりまで舞台を引き締めていた。
 シーズンが始まって以来、観るたびに確信が深まるが、ボネッリはロイヤル・バレエを代表するダンスール・ノーブルになった感がある。自分を押さえたパートナリング、端正なステージ・マナー、そして自身のヴァリエイションでの身体の隅々まで細やかにコントロールされた動き。
 しかしながら、舞台により一層の輝きをもたらしたのは、吉田都。シュガー・プラム・フェアリーが舞台に居る時間は短い。その短い間に、自分の技術を一気にピークに持って行く集中力、一つ一つのステップすべてが宝石のようにまばゆい光を放ち、重力を全く感じさせない軽やかな回転、そしてフィニッシュでの、一人のプリマ・バレリーナとして『くるみ割り人形』の舞台にいる幸せを感じさせる微笑み。バレエ・ファンにとって、これ以上のクリスマス・プレゼントはない。



イワン・プトロフ
(今回は怪我で降板)

吉田都、フェデリコ・ボネッリ

吉田都

 初日の前日、12日のメトロ紙(ロンドンで無料で配られる朝刊)に吉田のインタヴューが掲載されていた。今シーズンは、ロンドンと東京で活動は半々だが、来シーズンからは徐々に日本での活動を増やしていくとのこと。「ロイヤル・バレエ」のプリンシパル・ダンサーとしての吉田の舞台が減っていくのは残念だが、少なくとも、今シーズンはまだ彼女の舞台をロンドンで観る機会はある。最近発表された、ピリオド4の予定では、吉田は、シーズン最後のミックス・プログラムで、フレデリック・アシュトンの『シンフォニック・ヴァリエイションズ』にキャスティングされている。6月2日(昼)、4日(夜)そして7日(夜)。


クララのイオナ・ルーツ

 ロイヤル・バレエからの正式発表はないが、最近の一連のインタヴューで、今シーズンでの引退をほのめかし始めたダーシー・バッセル。ドレッシング・ルームを吉田と共有するバッセルも同じプログラムでケネス・マクミランの『大地の歌』に出演予定。6月2日(夜)、6月6日(夜)と8日(夜)。
 先のことを嘆いても仕方ない。ピリオド4の一般発売は、2007年3月6日の午前10時(ロンドン時間)から。
※画像は今回の公演のものではありません。



吉田都、
フェデリコ・ボネッリ
※写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます。
 

 

Copyright チャコット株式会社 All Rights Reserved.  
当サイトに掲載されている情報の無断転載、無断掲載、無断引用 はお断り致します。