関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi
※写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます。
> > >

H・アール・カオスの『中国の不思議な役人』『ボレロ』

『中国の不思議な役人』
 H・アール・カオスが、大友直人、東京フィルとともに<東京文化会館コラボレーションコンサート>を行い、新作『中国の不思議な役人』と05年以来の再演となる『ボレロ』を上演した。

 まずは、舞踊とオーケストラのコラボレーションによる『中国の不思議な役人』。この作品は、ベーラ・バルトークが同じハンガリー人のメニュヘールト・レンジェルの書いたパントマイムの台本に作曲したものだが、衝撃的に暴力と官能を描いたため、激しい批判を浴び、当初は初演、再演ともに一回公演のみしか上演されなかったというもの。
 物語は、3人のならず者が少女に男を誘惑させて金を奪おうとする。少女の誘惑のダンスに、放浪者や若者がおびき寄せられるが金がなく追い払われる。第3の誘惑ダンスに魅せられた中国の役人は、少女に欲望を燃やし不気味な様子で迫る。そしてならず者たちに金を奪われ窒息させられても、さびたナイフで3度刺されても、吊るされても息絶えず、ついには怪しい緑色を発光する。そして、少女に襲いかかって欲望を満たすと、断末魔を放って息絶える、という奇妙ないささか気味の悪い、人間の欲望の不条理な側面を強調して描いたもの。
 演出・振付の大島早紀子は、舞台空間を揺るがす宙づりのダンス、少女とならず者と客たちの繰り返される運動、天からか迫る死の輪、妖しく光るグリーンの幻想など、大胆にして鮮烈なスケールの大きい大島美学を表すイメージを動員して、人間の欲望という奇妙な存在を象徴的に露にした。「中国」という言葉、発光するグリーンという色彩、バルトークのダイナミックな音楽が渾然となり、あたかも大島のために作曲されたのではないか、と思われるほどオーケストラとダンスと美術が一体化した舞台だった。

 つぎに、金管アンサンブルによる、武満徹作曲の『シグナルズ・フロム・ヘヴン』が、会場のフロアもフルに使って演奏された。

 最後が、舞踊とオーケストラのコラボレーションによる『ボレロ』。
 大島は、モーリス・ラヴェルのこの有名な曲を、舞台空間全体を真っ赤に染め、円と半円形の装置を置き、周縁に4名の黒い衣裳の女性ダンサーを配し、中央の円の中心に上半身裸に真紅のパンツを着けた白河直子を踊らせた。
 そして『ボレロ』が流れると、観客は、この曲がじつに見事にヴィジュアルに変換されていることに気付かされる。
 真紅の円の中心で白河がエロティックに踊り、コール・ドは紅の花弁を撒き散らし、音楽が高まるに連れて舞台全体の真紅が濃密にさらにいっそう濃密になって、森羅万象が死んだかのような静寂が訪れて幕が下りる。
「いつ終わるとも知れないこのリズムは、ただただ<生きる>しかない私達の <生>を思わせる」と大島はラヴェルの『ボレロ』を語っている。大島早紀子の『ボレロ』は、太陽の光りによって生きる人間の<生と死>を宇宙の視点から描いたダンスと感じた。
(2月29日、東京文化会館)

『中国の不思議な役人』 『中国の不思議な役人』
『ボレロ』 『ボレロ』

森山開次『The Velvet Suite ヴェルヴェット・スウィート』

 暗黒の舞台。真紅の布が大きく円を描いている舞台中央に、上半身裸の森山が横たわっている。傷ついた獣、という設定。天から赤い花弁で作られた大きな球体が吊るされ、目には感じられないくらいゆっくり、しかし確実に地に下りてきている。あるいは、獣の余命を告げているのだろうか。
 啓示を受けたのか、獣が身体を振わす。髪を乱してのたうつ。下手から室屋光一郎がバイオリンが切ない生命を詠う曲を奏でる。獣は、激しく躍動し、真紅の布を身体に巻くなどしてバリアを超え、客席に彷徨い、咆哮する。
 やがて無数の花弁が一気に舞い降りて、獣の身体を優しく包む。安らかな音楽が彼方から流れ、赤い花の球体は舞台の床に降りる。獣は息絶えて床に静かに横たわるが、一瞬、身体から絞り出すかのような呻きが発せられて幕となった。
 生命と死、そしてエロスを凝縮した空間に閉じ込め、濃密な時間を森山自身がソロで踊った。音楽も森山のしなやかなムーヴメントを、様々に輝かし、強烈な色彩とも融合し、なかなか見応えのある舞台だった。
 ヴェネチアビエンナーレ2007 ダンス部門[BODY & EROS]招聘作品として、初演された舞台の東京帰国公演である。ヴェネチアビエンナーレのダンス部門のディレクターは、かつて日本の舞台でも踊ったイズマエル・イヴォで、彼の依頼によって創られた作品。ちなみに、ベルリンでイズマエルと打ち合わせした時に、森山が宿泊したホテルが「The Velvet」だったそうだ。
(3月1日、あうるすぽっと)


内田香が率いる Roussewaltz の『PICNIC』

 コンテンポラリー・ダンス・カンパニー、Roussewaltz の内田香の演出・構成・振付・出演による『PICNIC』が初演された。
 ピクニックとは、みんなが出会うところであり、心を解放して活発になったり、悩みを打ち明けたり、あるいは心が沈み込んでしまったり、心と感情の様々な局面が次々と変化して見えるもの。作者はそうみていると思われる。そして、ピクニックに集った若い男と女の集団をスケッチして、そのフラグメンツを女性8人男性6人のダンサーが縦横に踊った。

 オープニングでは、男性ダンサーたちが観客席を動き回り、声を掛け合う。やがて舞台の背景からいっせいに姿を現した女性ダンサーと喜々として呼び合う。照明は思い切って客席にも振り、あちらこちらの壁面にもダンサーたちのシルエットを映して、劇場全体を楽しいピクニックの現場の雰囲気に包み込む。
 男性ダンサーは野山を駆け回るごとく活き活きと動き、女性ダンサーは時折くづおれたり、赤い椅子を使ったダンスがあったり、と様々のバラエティに富んだシーンが流れる。さらに4組のカップルの踊り、光りのラインに浮かび上がったソロなどが展開する。
 女性ダンサーは黒のキャミソールだが、途中でダークグリーンのロングドレスに着替えて心象的なイメージも踊る。

 ラストシーンでは、男性ダンサー、女性ダンサーが入り乱れて踊り、背後のスクリーンが上がると、豪華でモダンなシャンデリアが現れ、紙吹雪が舞う。軽やかでリズミカルな心浮き浮きするようなエンディングだった。
 映像、照明が明るく斬新で自在に使われている。今回はヒールは出てこなかったが赤い椅子が印象的で、女性は美しく男性は闊達。内田の演出・振付は、師匠の金井芙三枝ゆずりの豪華華麗で贅沢な舞台だった。
(3月18日、めぐろパーシモンホール)


北村明子によるレニ・バッソの新作『パラダイスローグ』

 北村明子が主宰するレニ・バッソが2年ぶりの新作『パラダイスローグ』を発表。東京公演は3年ぶりになるそうだ。そして夏には、この『パラダイスローグ』を持ってヨーロッパ、アジア・ツアーに向かう、という。

 ステージの奥に6本のマイクが立っていて、その上には横長のスクリーン。舞台のセンターには金魚鉢が一個置かれている。その上に二つのパラボラアンテナ型のスクリーンが吊るされている、というセット。
 このセットをフルに使って、全編にブランコが揺れる時に軋むようなノイズ、ダンサーのシャバダバなどの発声、赤い金魚(低い男性の声)と白い金魚(女性の声)の会話やナレーション、そしてもちろん音楽(音楽監督、演奏は粟津祐介)、さらに様々の映像が映されそこからも現実音(映像・美術は兼古昭彦)、スポットを駆使した照明などが、才気煥発のダンスとよどみなく協和しながら進行する(照明デザインは関口裕二)。

 全体にテンポの速い展開で、会話が行き違ったり、ダンスの動きが壊れたり、カップルが合わなかったりといった、ユーモアや軽い皮肉がこめられたクールなシーンが次々と創りだされる。リングやロープを使った動きもあるが、ほとんどの動きは北村自身がリードして始まり、ダンサーたちがそれぞれの感覚を見せる。
 モダンジャズの即興に対応したダンス、抽象的な映像と絡み合うダンスなどが印象的だった。とりわけ、ジャズの動きが素晴らしく、超低音の金魚の声とジャズのフィーリングが不思議な共振を感じさせていたのには、たいへん感心した。
(3月16日、パークタワーホール)


 

Copyright チャコット株式会社 All Rights Reserved.  
当サイトに掲載されている情報の無断転載、無断掲載、無断引用 はお断り致します。