英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団『美女と野獣』『コッペリア』
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| 「コッペリア」吉田、マッケイ |
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団が13年ぶりに来日した。前回の来演は、芸術監督がピーター・ライトからデヴィッド・ビントリーに代わってすぐだったからか、演目は『白鳥の湖』と『コッペリア』で、共にライト版だった。今回は、古典からライトの『コッペリア』を、現代作品からビントリーが2008年に演出・振付けた『美女と野獣』を上演した。長年にわたる英国バレエ界での活躍により、英国政府から勲章を授与された吉田都が、古巣のこのバレエ団に客演し、『コッペリア』を踊るという話題性もあった。
最初の演目は『美女と野獣』。コクトーの映画やディズニーのアニメでお馴染みの物語を、前者の幻想性と後者の娯楽性を掛け合わせてバレエ化したような作品だった。
プロローグで、木こりが狩猟に熱中する王子を野獣に、友人たちを動物に変え、逃げ回る雌狐を娘の姿に変えるが、この一部始終を、書架で囲まれた部屋で読書にふけるベルが見ているという趣向。ベルが読書好きという描写は、ドン・キホーテのように物語の世界と現実を混同することはなくても、ロマンチストな一面を伝えている。だから、父親に土産に欲しいものを尋ねられた時、高価な品を望む姉たちと異なり、一輪のバラと答えるのも自然に思える。姿も心も美しいベルが、姿は恐ろしいが心は優しい野獣を愛していたことに気づいて結婚を承諾すると、野獣は王子の姿に戻り、以後、幸せに暮らすというおとぎ話だ。
これを主軸に、商人であるベルの父親とわがままな二人の姉、彼女たちに求婚する金持ち町人コショがからむが、彼らの描き方には時に痛烈なくらい風刺が利いていて笑わせた。最初と最後に登場し、呪いをかけて王子たちの姿を変え、また元に戻してやる木こりは、森の秩序を守る長(おさ)のような存在だったが、出番は少ない。代わりに、娘にされた雌狐が長の使いの役を担ってもいたようだ。
森の場面から商人の家、野獣の城へと、場面転換もスムーズに、ビントリーはダンスで軽快にストーリーを紡ぎ、展開させた。一方で、野獣の苦悩やベルの揺れ動く心の内を描き込むことも忘れない。振付では、動物たち特有の動きを取り入れた振りに工夫がうかがえたが、むしろコショの結婚式など商人の家でのダンスが、欺瞞にみちた人間の姿を活写していた。グレン・ビュアーの音楽は場面に応じて多彩だったが、音楽だけの魅力となると今一つに感じた。
佐久間奈緒がベルを演じた日を観たが、野獣への最初の恐怖心、その優しさは受け入れても、同情で愛は受け入れられないと拒否した後の辛さなど、複雑な心情を全身で表現して説得力があった。野獣役は中国生まれのツァオ・チー。暴れる時にダイナミックな跳躍をみせたが、むしろ外見で誤解される悲哀や苦悩、ベルへの慈しみを滲ませた演技が印象深い。雌狐役の平田桃子が狐のような滑らかな身体の動きをうまく真似てみせ、カラス役のアレクサンダー・キャンベルのピルエットも迫力があった。
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| 「美女と野獣」佐久間、マッケイ |
「コッペリア」吉田、マッケイ |
ライトによる『コッペリア』は、何度も上演済みの人気の演目である。評者が観た日のスワニルダは、エシャ・ウィリスが負傷したため、アンブラ・ヴァッロに代わっていた。フランツ役のタイロン・シングルトンと組むと、やや小柄にみえたが、第2幕のコッペリウス博士の仕事場で本領を発揮した。ピンと跳ね上げたつま先、手足をぎくしゃくさせた人形振りが滑稽で、茶目っ気たっぷりに博士を翻弄し、フランツを目覚めさせようと躍起になる様を好演した。シングルトンは長身でしなやかな脚が強み。少々無鉄砲で、感情のままに行動してしまうが憎めない青年というフランツの役作りだった。第3幕の「平和」のデュオで、ヴァッロは安定した踊りをみせ、シングルトンは跳躍後の着地も見事に決めて盛り上げた。ライトのプロダクションは、コッペリアに命が吹き込まれて博士が喜ぶシーンで終わるが、おかげで客席もほのぼのとした温かさで包まれた。
前回と比べて、ダンサーもだいぶ入れ替わったが、アジア系のメンバーが増えたようで、国際化は一層進んでいる。ビントリーが現代作品にも力を入れているからだろう、ダンサーの質も必ずしも均一ではなく、個性的な人が増えたようにも感じた。ビントリーが何を目指し、バレエ団がどのような発展を遂げるか、今後も目が離せない。
(『美女と野獣』=1月7日、東京文化会館;『コッペリア』=1月16日、ゆうぽうと簡易保険ホール) |