ミラノ・スカラ座バレエ団 『ドン・キホーテ』
ミラノ・スカラ座バレエ団が7年振りに来日した。演目はヌレエフ版『ドン・キホーテ』。ヌレエフが1980年に同バレエ団で手掛けたプロダクションで、以来、繰り返し上演されている。今回は主役の2人に、英国ロイヤル・バレエ団のタマラ・ロホとアメリカン・バレエ・シアターのホセ・カレーニョ、東京バレエ団の上野水香とマリインスキー・バレエ団のレオニード・サラファーノフ、そしてスカラ座バレエ団のマルタ・ロマーニャとミック・ゼーニという3組みのキャストが組まれていたが、初日のロホ&カレーニョを観た。
プロローグは、いかにも古めかしい造りの書斎で、ドン・キホーテがサンチョ・パンサを従えて旅立つまでをていねいに描く。演出に当たり、ヌレエフはコンメディア・デラルテを意識したというが、どくろの面を被った黒マントの男たちを登場させ、夢の中でドン・キホーテにドルシネアを垣間見せるようにしたのも、その一環だろうか。全体に、マイムを適度に織り込み、小技を加えたステップで楽しませながら、軽快に物語を綴っていた。
第一幕の広場では、後方にそびえる石造りの建物が重量感を与えていたのが印象的。颯爽と登場したロホは芯のあるキトリという感じで、バネの強いジャンプや安定したポアントを見せた。
カレーニョはスローな回転から始まり、足先のひねりを入れたステップを柔軟にこなし、溌剌としたバジル像を程よい調子の良さで演じた。デュオでは上げた脚の高さや角度がピタリ合って気持ち良い。結婚式で白いコステュームに着替えてのグラン・パ・ド・ドゥでは、ロホが片足立ちでのバランスの保持や鮮やかなフェッテを、この上なく優美に披露すれば、カレーニョも流麗な跳躍や複雑なピルエットで応え、会場を沸かせた。
他のダンサーでは、ドリアードの女王を踊ったロマーニャの典雅な舞いや、ジプシーのアントニーノ・ステーラの凄みのある回転が目を引いたし、またジプシーたちの迫力ある群舞も見応えがあった。街の男たちが闘牛士たちに負けじと踊る所や、ドン・キホーテ(フランチスコ・セデーニョ)との決闘で負かされるガマーシュ(ヴィットリオ・ダマート)の滑稽な描写はユニークに映った。ドン・キホーテの新たな旅立ちは冒頭ほど強調されず、キトリとバジルを中心にした賑やかな群舞が舞台を埋めた。
(6月7日、東京文化会館)
ファブリス・ランベール『グラヴィテ』
とても不思議なパフォーマンスを観た。フランスで注目されている気鋭の若手ダンサー、ファブリス・ランベールによるソロ公演『グラヴィテ』(重力)。<赤レンガ・コンテンポラリー・ダンス・ファイル2007>として催されたものだ。
暗い舞台に設置されているのは、5メートル四方の水を張ったステージと、水面後方に立てられたスクリーン。白いシャツに黒いズボンのランベールはステージの手前に横たわり、ゆっくりと片脚や腕を上げ、また水に振動を与えて微細な波紋を生み出した。水に映る像がそのままスクリーンに浮かび上る仕組みだそうだが、スクリーン上では、その波紋はより強く、より律動的に見える。水に踏み入ったランベールは、直立し、身をかがめ、寝転ぶ。一つ一つのポーズを確かめるような、緩慢なムーヴメント。両足立ちから片足立ちになると、足先のより深いところから波紋が生じた。横たわると、頭や胴、ふくらはぎなど、体重が掛かる部分は、より濃い影となってスクリーンに現れる。どちらも重力の作用を視覚化するものだろうが、彼のパフォーマンスは科学的な思考よりも直観を刺激した。
最も印象的だったのは、ランベールが自身の存在を持ちこたえるように立ち続けた時だ。その姿は鏡面ならぬ水面に映し出され、さらに、この実像と水面上の虚像の両方がスクリーンにシルエットとなって像を結んだ。生身の身体が幾重にもダブると奥行きも増し、神秘的な世界が立ち上った。身体をわずかでも動かすと、そこから波紋が外へと流れ出し、縁に当たって揺り戻されたが、これは命が脈打つようにも見えた。水の落下音も余韻を深めた。すべてはモノクロームの世界だが、その白と黒の色調は実に豊か。幽玄な水墨画を見る思いがした。ダンスというジャンルでくくるのは無理があるかもしれないが、30分のパフォーマンスは密度が濃かった。
(6月24、横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール)
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