「あっ」と言う間に暑い季節がやってきました。今年は空梅雨なんでしょうか。「空梅雨」とい言葉があるのですから、やはり自然は移ろい易い。私たちはごく自然に気候は変わっていくと、つい思ってしまいますが、じつは様々の変転があるものなのですね。
ローラン・プティの『コッペリア』、失われた名演・・・
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| ローラン・プティ『コッペリア』 |
ローラン・プティの傑作『コッペリア』が上演される、と聞いて大いに期待した。最も注目すべきことは、やはり、プティの名演が未だ瞼の裡に残るコッペリウスを誰が踊るのか、だった。
それはプティがこの素朴な雰囲気の古典バレエの名作を改めて読み直し、若者の少々乱暴な青春のエネルギーと老人の孤独を、まるで海と山のようにくっきりとコントラストを付けて表し、後者を絶妙の演技で踊ってみせたからである。その舞台では、振付家の趣旨を深く理解して<青春>を踊ったフランツのパトリック・デュポンとスワニルダのドミニク・カルフーニたちと、<孤独>を踊ったプティが、じつに見事なバランスを見せた。つまりは、19世紀のロマンティック・バレエ『コッペリア』を今日に蘇らせたのである。
プティのコッペリウスは、終幕近く愛の結晶である人形を抱いて踊るシーンで、幼い頃にカフェの客たちの前でタップを踏んで以来、人生を賭けてきたダンスのスピリットのすべてを込めて踊った。そのダンスは決して深刻ではなく、爽やかなユーモアをたたえてじつに軽やかであったが、それが逆に人間とはかくも哀しき存在なのか、と深い哀切をもって迫り、観客の胸の深奥を揺さぶったのである。
今回の新国立劇場の公演では、ルイジ・ボニノがコッペリウスを踊った。当初は小島直也も踊ることになっており、先月のマキューシオの好演も記憶に新しいので期待していたのだが、結局、怪我のために踊ることはなかった。
物語の基本的な展開は変わっていないが、主役の3人の関係はさらに濃密になっている。
老いた人形師コッペリウスは、若く明るい美人のスワニルダに憧れ、彼女にそっくりな人形コッペリアを作った。スワニルダの恋人のフランツは、コッペリアを人形とは知らず好意を抱いている。またスワニルダは、コッペリウスが自分に憧れていることに感づいている。
孤独な人形師は、人形作りに明け暮れているうちに、想いを込めて作った人形と現実の人間の区別が曖昧になってきている。
有り余る好奇心に動かされて生きている若者たちは、不思議な人形師コッペリウスの部屋に忍び込む。コッペリウスはこの部屋で、精密な人形のコッペリアと一緒に暮らし、孤独を癒していた。このコッペリウスの生活の一端を垣間見せるシーンで、上記のプティのダンスは踊られるのである。
ともあれ、若者たちは老人の孤愁を襲い、いささか無頓着に蹂躙した。おかげでコッペリウスは、最愛のコッペリアを破壊されてしまった。救いのないエンディングである。これはいったい悲劇なのか、あるいは喜劇なのか。
しかし、ボニノのパフォーマンスは、ショー的に見せることには成功していたかもしれないが、コッペリウスの心情のコアを表現した、とは言いがたい。必ずしも振付家自身が踊ったから優れた舞台で、他人に振付けられたダンスだから心がこもっていない、というつもりは毛頭ないが、やはり失望したと言わざるを得ない。
プティが古典名作を読み直して、練りに練った表現はあっさりと背景におしやられ、華やかなショーを演出するために浪費されてしまった。ボニノのチャプリンは単なる一発芸だったのだろうか、そんな想いに囚われてしまったのである。
(5月13日、新国立劇場 オペラ劇場)
もうひとつの『コッペリア』、東京シティ・バレエ
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| 若生加世子、黄凱 |
東京シティ・バレエ団の石井清子演出・振付による『コッペリア』は、プティ版とはまったく趣のことなった舞台であった。
ポーランドのガリシアという町を舞台に、自然と人間が調和してのどかに暮らしている中の出来事を描いている。人形師のコッペリウスはマッドサイエンティスト風ではなく、若者たちの恋の脇役であり、彼らにちょっといたずらを仕掛けた変わり者、という感じである。
セットはレンガ造りの街並で、純朴な村というよりは少々都会風だがじつにのんびりとした雰囲気を醸し出していた。
第3幕の情景は、まるでお伽の国の時の鐘をセットする祝典、といった風情であり、明るく楽しいダンスが次々と繰り広げられるのに相応しい場所に見えた。
スワニルダに扮した若生加世子は、若々しくのびのびとおおらかに踊り、コール・ド・バレエとも息が合っていた。フランツの黄凱は落ち着いてハキハキとメリハリのある踊りで、ちょっとお調子者の若者らしさをうまく表していた。
全体にとても爽やかで、衣裳も清楚で可愛いし、気持ちよく観られる舞台である。美術、衣裳、演出、振付などがたいへんバランスよく配置されていた。
福田一雄指揮による東京シティ・フィルハーモニック・オーケストラの演奏。
(ティアラこうとう 大ホール)
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