霊峰富士が冠雪した、という一報が届くと、秋の陽は釣瓶落し、そういう感覚をいっそう強めます。新しい寒気を肌に受けると、柿や林檎の甘味が一段と濃くなっていくのを感じます。三の酉まである今年は、早くも暮れようと準備を始めています。
絢爛華麗の色彩美が美しかった『ライモンダ』
牧阿佐美の改訂振付・演出による新国立劇場バレエ団のグラズノフ曲『ライモンダ』は、2004年10月の舞台の再演である。しかし、初演時の感動をまったく損なうことなく、さらに鮮烈、心を絢爛と染める素敵な印象を与えてくれた。
振付の牧阿佐美と綿密に連係しつつ、セットと衣裳を創ったルイザ・スピナッテリの仕事は素晴らしい。まず、色彩感覚が見事。美術史的な追究によって行き着いた色彩の構成だそうだが、それだけで中世の西洋と東洋のコントラストを語り尽くしている。ペルシャンブルーを基調として、紅がかった赤、ダークグリーンとやや明るいグリーン、ゆで卵の黄身のような黄色、そして白。これらの色のアンサンブルは、イタリアのフレスコ画の微妙な色彩のバランスの印象であり、ルーペで人間社会を覗いているようなブリューゲルの絵の構成を想わせ、細密な色彩の世界を浮かび上がらせる。その構成自体が奏でるリズムが、『ライモンダ』の持つ音楽性と共鳴して絶妙な美的快楽を観客にもたらす。 |

新国立劇場バレエ団『ライモンダ』 |
第2幕では、アブデラクマンをジャン・ド・ブリエンヌが倒すと、湖の水面に浮かぶ中世の城が蜃気楼のように、はかない立体感を持って幻想的に見えてくる。この作品の世界を象徴する、じつに美しい背景だった。
ザハロワの踊りが描くラインは、以前より、ソフトで柔らかく滑らかになった。一時は、悲壮感を背負っているような印象さえ受けたこともあったが、素晴らしいバランスの身体で、こうした滑らかな踊りをクラシック・バレエのダンサーとして展開できるようになったことは慶賀すべきである。これからは世界中の人々に愛される気品を、さらにいっそう深めていってほしい。
02年の『白鳥の湖』以来二度目の登場となるダニラ・コルスンツェフは、長身だが、風貌はかつてのダンスールノーブル、ブフォネスを、瞬間的に想わせるところが私にはあった。ただ、少し武骨さが残っていて、今回はそれが生かされた舞台ではなかったかもしれない。
全体にストーリーの展開がスムーズであり、踊りのシーンにもパワーが感じられる優れた舞台だった。
(10月6日、新国立劇場オペラ劇場)
ルジマトフとインペリアル・ロシア・バレエの『シェヘラザード』
かつてはボリショイ・バレエ団で英姿颯爽と踊っていた、ゲジミナス・タランダが芸術監督を務める、インペリアル・ロシア・バレエ団がファルフ・ルジマトフをゲストに迎えて日本公演を行った。
第1部の幕開けは、『カルミナ・ブラーナ』だった。カール・オルフの著名な音楽に、エストニアのバレエ団を率いる振付家マイヤ・ムルドマが振付けたもの。2005年にモスクワのノーヴァヤ・オペラで上演された作品だそうである。特別な構成をほどこさず、フラグメンツを重ねている。
一見、デューラーの銅版画のタッチを想わせる中世を象徴する数枚の抽象的背景画を使い、暗い太陽をにぶく照らし、若々しい男性と女性ダンサーたちが、明るく快活なダンスを繰り広げた。
続いてルジマトフのソロ『アダージェット〜ソネット〜』。マーラーの交響曲第5番「アダージェット」を使い、ニキータ・ドルグーシンが振付けた作品である。ドルグーシンは、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場の向かい側にある、コンセルヴァトワールのバレエ団の芸術監督である。ノボシヴィルスクやオーストラリア、モイセーエフ・バレエなどで踊ったのちに、マリインスキー・バレエに参加してナタリア・マカロワのパートナーとしても踊った。
ルジマトフが自身の身体の美しさを生かして、青年の心のロマネスクを描いて踊った。ラストの大地から一本の腕を垂直に立てるシーンは、ルジマトフの高度な集中力を表していた。
第2部は、リムスキー=コルサコフが『アラビアン・ナイト』の挿話に基づいて作曲した同名の曲に、ミハイル・フォーキンが振付けた『シェヘラザード』。ユリア・マハリナがゾベイダ、ルジマトフが金の奴隷、タランダがシャリアール王に扮している |

『アダージェット〜ソネット〜』 |

『シェヘラザード』
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『シェヘラザード』は、装置、衣裳がレオン・バクスト、台本にはアレクサンドラ・ブノワが参加し、金の奴隷はワツラフ・ニジンスキー、ゾベイダはイダ・ルビンシュタインという、バレエ・リュス初期のスタッフ、キャストが創り、当時の観客に衝撃を与えた舞台である。とりわけ、バクストの装置は、宦官がうろつく豪華極まりないハーレムの内部をそのまま移転してきたような、濃厚な官能性を凝縮したセンセーショナルなもので、衣裳はパリのファンッションにも大きな影響を与え、流行となった。私は今年の3月にマリインスキー劇場のルジマトフのガラで、ザハロワのゾベイダで観たが、幕が開いた瞬間は、いささかの美的なショックを感じさせられた。
ルジマトフの金の奴隷はやはり圧巻。マハリナのゾベイダには少し迫力不足を感じたが、囚われた女の一瞬の死が生のきらめきを発する、というフォーキンの趣旨は鮮やかに見えた。観客はもちろん、大喜び、圧倒的なスタンディング・オベイションで、何回もカーテンコールを迎えていた。
(10月8日、新宿文化センター) |
サンクトペテルブルク・アカデミー・バレエの『ロダン』ほか
サンクトペテルブルク・アカデミー・バレエは、1966年にピヨートル・グゼフが設立したが、その後、レオニード・ヤコブソンが芸術監督を務めて発展した。
ヤコブソンは、キーロフ・バレエで若くから振付を始め、ワイノーネンとともにシェスタコーヴィッチの『黄金時代』、後にハチャトリアンの曲を使った最初のバレエ『スパルタクス』を振付けた。その他にも、ロシア・アヴァンギャルドの旗手だったマヤコフスキーの詩に基づいた『南京虫』も振付ているが、これはマラーホフが踊ったことでも知られる。
サンクトペテルブルク・アカデミー・バレエは、そうしたヤコブソンの伝統を継承しつつ、革新的な舞台を創るという実験精神を受け継いでいるカンパニーで、現在はユーリー・ペトゥホフが芸術監督を務めている。 |
来日公演では、「ロシア・バレエの美しき系譜」と名付けたガラ・コンサートが上演された。
ガラ・コンサートの第1部は、ヤコブソンが振付けた『ロダン』。「ロダンの彫刻によるバレエ・ミニアチュール」というサブタイトルが付けられている。
この『ロダン』は、ヤコブソンがエルミタージュ美術館に展示されているオーギュスト・ロダンの彫刻に魅せられて創ったバレエ。1958年に振付られたドビュッシーの音楽による「永遠の春」「接吻」「永遠の偶像」、63年のプロコフィエフの音楽による「絶望」「エクスタシー」、71年のアルバン・ベルクの音楽による「ミノタウロスとニンフ」があり、ロダン3部作と言われる。
女性ダンサーも男性ダンサーも白い総タイツを基本にして踊る。ほとんどのシーンが舞台の暗い闇の中にスポットが当たり、白いタイツのカップルが愛のさまざまな姿を描く。全体にクラシカルな節度ある美しさを追究していて、ケレン味なく踊られていた。若いダンサーの柔軟な動きが、ロダンの捉えた愛の姿に時間と空間を与え、その永遠性を感得させた。 |
第2部は「名作バレエの傑作集」で『ドン・キホーテ』のグラン・パ・ド・ドゥ、『瀕死の白鳥』などお馴染みの作品がつぎつぎと踊られた。そのなかで『パ・ド・カトル』は、ジュール・ぺローのタリオーニらが踊った舞台の石版画が、踊り出すという設定でヤコブソンが振付けたもの。4枚の花びらがひらいて空を舞い、再びもとの花に収まるという、なかなか優雅な舞台だった。音楽はヴィンチェンツィオ・ベッリーニ。チャイコフスキーの『イタリア奇想曲』に芸術監督のペトゥホフが振付けた同名のバレエも印象に残った。6組のカップルを様々に組み換えたり、女性のパ・ド・シス、男性のパ・ド・トロワ、カップルのパ・ド・ドゥなど思い切ったフォーメーションを見せ、イタリア風のステップをふんだんに使った踊り。カプリッチョの色彩豊かで、自由快活な気分が横溢した、爽快な舞台だった。際立ったスターが踊ったわけではないが、好感の持てる公演だった。
(10月19日、新宿文化センター) |

”白鳥の湖”より |

”白鳥の湖”より |

”白鳥の湖”より |
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