●ティアラこうとう〈オーケストラwithバレエ〉「剣の舞」
ティアラこうとうが主催する〈オーケストラwithバレエ〉は、江東区と芸術提携を結んでいる東京シティ・フィルと東京シティ・バレエ団によるステージの上での共演をメインに、音楽と舞踊の両方の魅力をアピールしようとするもの。
概してオーケストラの聴衆はバレエの公演には足を運ばず、逆にバレエ愛好家でオーケストラの公演を聴きに行く人は多くはないのが現状。
そこで、このように一つの公演に肩の凝らないオーケストラとバレエの演目を並べ、それぞれのファンの裾野を同時に広げようと図ったのだろう。
ともかく、今年で11回目を迎え、今や人気の企画としてすっかり定着したようだ。
公演の前半は常任指揮者・飯守泰次郎の指揮による東京シティ・フィルの演奏。ヨハン・シュトラウスIIのオペレッタ『こうもり』から序曲を、流れるように軽快に奏でた。
ボロディンの歌劇『イーゴリ公』からは合唱抜きでも演奏される「ダッタン人の踊り」を取り上げたが、もう少し歯切れの良さが欲しい気もした。
ただ、舞台前面をバレエのために開け、プロセニアムの後で演奏したせいか、音がよく響いてこなかったのが惜しまれる。 |
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後半は、ハチャトゥリャンのバレエ音楽『ガイーヌ』から変化に富んだ10曲が、石井清子の演出・振り付けで踊られた。
バレエを背中で見ているような飯守の指揮と踊りが気持ち良く合い、総じて躍動感溢れるステージが展開された。
良く知られた「剣の舞」では出陣を控えた男性陣がエネルギッシュに勇ましく舞い、志賀育恵と黄凱によるたおやかなデュオ「子守り歌」や安達悦子ら女性陣による「バラの乙女の踊り」と好対照を成した。
限られたスペースなので、振りは制約されただろうし、踊りも少々窮屈そうだったが、通常よりダンサーが間近だったため、動きの細部や男性が女性をサポートする様がよく見て取れた。
飯守と石井による解説は親切だったが、音楽を例にとりあげる時など、奏者にその部分を演奏させたら、もっと理解が深まったと思う。
(10月16日、ティアラこうとう) |
●東京小牧バレエ団『シェヘラザード』ほか
東京小牧バレエ団が、その前身にあたる小牧バレエ団が1946年に創立されてから60周年を迎えるのを記念して、
創立の年に小牧正英による改作版で日本初演された『シェヘラザード』と、1949年に小牧バレエ団が日本初演した『レ・シルフィード』と『牧神の午後』を、多彩なゲストを招いて上演した。
戦後の日本のバレエ史を振り返るような企画である。
幕開けはショパンの音楽による詩情豊かな『レ・シルフィード』(原振付・フォーキン)。
詩人役のエンバ・ウイルスとプリマ・バレリーナのジャクリーン・ジェンセンが優雅に踊り、空気の精たちも幻想的に舞ったが、群舞には今一つ精緻さを求めたい。
マラルメの詩に基づいてニジンスキーが振付けた『牧神の午後』(音楽・ドビュッシー)は、水浴びに来たニンフに欲情を刺激された牧神がニンフの落としたスカーフで自慰するという物語。
特異なのは、技巧的な技は用いず、腰を落とした横向きでの歩きやポーズが連らねられていること。
牧神役の李波やニンフの周東早苗らは、このバレエの伝統を無視した振りを慎重に再現したが、李波には野性的なエロティシズムをより濃厚に匂わせて欲しかった。
『シェヘラザード』(音楽・リムスキー=コルサコフ)は、『千夜一夜物語』の中から、サルタンが自分の留守を狙って妾らと奴隷たちが繰り広げた狂宴に怒り、
皆殺しにするという挿話をドラマティックに描く。金の黒奴を踊ったアルタンフヤグ・ドゥガラーの、しなやかな身のこなしや力強い跳躍が冴えた。
愛妾の関根かなみも、なまめかしくドゥガラーとからみ、鮮やかなピケを披露。これで、サルタンが狩りに出る際の秘めた心の内を滲み出せればと思う。
フォーキンとクニアーゼフの振り付けを元にした小牧版は、登場人物をわかりやすく描き分け、踊りにもメリハリをつけた手堅い仕上がりだが、
最初と最後に娘シェヘラザードと語り手を登場させたのには疑問が残る。娘の踊りがやや単調なこともあり、むしろ無いほうが余韻が生まれそうだ。
ともあれ今回の記念公演Tは、ディアギレフが率いたバレエ・リュス関連の3作を並べたことで、小牧バレエ団が古典だけでなく、近代作品の普及にも努めてきたことを改めて認識させた。
(10月22日、新宿文化センター)
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