秋刀魚と枝豆ととうもろこしの季節が終って、葡萄、蜜柑、栗、林檎、果物が特別にうまい実りの秋が真っ盛りとなりました。うまい物を食べて感じる味わいと素晴らしいダンスを観て感じる快感、どちらもいっぱい楽しみたいものですね。
●スペインのダンサーが集まった華麗なるガラ・コンサート
愛・地球博は盛況のうちに閉幕しましたが、期間中には各国の著名なアーティストが数多く来日して、さまざまなパフォーマンスが行われた。しかし情報伝達がままならず、バレエ・ファンも情報の収集に苦労していたようだった。その中でもエキスポドームで行われたロシアやイタリアのガラ・コンサートは、Dance
Cubeでもお伝えすることができた。
スペイン・パビリオンは、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)の来日と万博にやってきたダンサーを合わせて、スペインのダンサーを中心とした豪華なガラ・コンサートを開いた。それが「スペイン
情熱のバレエGALA」である。
ダンサーはアンヘル・コレーラ、ホセ・マルティネス、タマラ・ロホなどが中心。
※公演の写真ではありません。 |
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アンヘル・コレーラ |
ホセ・マルティネス |
タマラ・ロホ |
タマコ・アキヤマ |
コレーラは第1部では、ディヴィッド・パーソンズ振付の『コート』を踊った。ストロボを駆使して、宙空を跳ぶダンサーの姿を武術的な動きによって神秘的にみせるダンスである。コレーラの場合は身体が柔軟なので、空跳ぶ優しいダンサー、といった印象だった。とりでABTのシオラマ・レイエスと踊った『ドン・キホーテ』のパ・ド・ドゥは圧巻。スピードにのった動きで舞台で跳ね、ジャンプと回転を決める。レイエスとの呼吸の合っためくるめくような悦楽の一時が、アッと言う間に過ぎ去った。
マルティネスは、キューバ国立バレエ団のプリマ、ラウラ・オルミゴンと「黒鳥のパ・ド・ドゥ」。さすがパリ・オペラ座のエトワールと思わせる堂々たる王子ぶりだった。第2部では、マシーン振付の『三角帽子』で踊られる「ファルーカ」のソロを踊った。『三角帽子』は、マシーンがフラメンコのテクニックをクラシック・バレエに採り入れて創った作品で、ディアギレフのロシア・バレエ団がロンドンで初演した。音楽はマヌエル・デ・ファリャ。ピカソが衣装と装置を創ったことでよく知られている。スペイン出身のマルティネスは、スペインの踊りの魅力を見事に感じさせてくれた。
英国ロイヤル・バレエのプリンシパル、タマラ・ロホは、名花と謳われたカルラ・フラッチが芸術監督を務めるローマ・オペラ座バレエ団のイゴル・ジェブラと『海賊』のパ・ド・ドゥ。第2部の冒頭では、アシュトン振付の『5つのイサドラ・ダンカン風ブラームスのワルツ』を踊った。フィリップ・ガモンのピアノ演奏にのせて、ダンカンのダンスのイメージを彷佛とさせる、ロホの情感溢れる素敵な舞台だった。感情を美しく見せるロホの表現力は素晴らしかった。
また、ナチョ・ドゥアトが芸術監督のスペイン国立ダンス・カンパニー所属の日本人美人ダンサー、タマコ・アキヤマがドゥアト振付の『砂上』(ソロ)を踊った。ドゥアト作品の優れた音楽性とアキヤマの繊細な表現が、秘めた力を感じさせる堂々たる舞台である。
ただ、私がもっとも気に入ったのは、パバロッティが歌うナポリ民謡『オー・ソーレ・ミオ』にマッツ・エクが振付け、彼のパートナーであるアナ・ラグーナが踊った舞台だった。ラグーナは、少し白髪の混じっていたようだが衰えをまったく感じさせない。見事に動く身体が、南欧の太陽のきらめきを浴びて溶けてしまいそうな感覚を鮮やかに描き出した。ほんとうに、舞台に寝転がってしまいたい気持ちになった。
ダンスの幕間に、次の踊りのプロローグを影絵のように見せる演出にも、濃厚なスペイン・カラーが滲み出ていて、親密な味わいのフルコースを食したような、充実した一夜だった。
(9月8日、東京国際フォーラムCホール)
●勅使川原三郎が『Bones in Pages』を11年ぶりに再演
『Bones in Pages』は最初はインスタレーションとして展示され、1991年にフランクフルトでソロ作品として初演、94年に神奈川芸術フェスティバルで踊られた。3人のダンサーによる作品としては、03年から昨年にかけてヨーロッパの各地で上演されてきた。
おびただしい同じ大きさの書籍が下手の壁面に整然と嵌め込まれている。書籍は書棚に収めるように背を向けててはいない。すべての書籍が同じように小口側を向けて並んでいる。すると抑えを失ってページがゆるんで開き半円形になる。それが下手側の壁面全体にびっしりと並んでいると、意想外の不思議な美しさを感じる。他にも、さまざまな形の一対の靴が多数、ガラスの破片、むき出しの扉とその上で動いているカラスなどのオブジェが、微妙な感覚のバランスを保って配置されて、独特の勅使川原でなければ決して構成することのできない、美的に緊張した空間を創っている。 |
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ガラスの破片が突き立った机の前に座り込んでいたダンサー(勅使川原)が踊る。激しい音響。自己が崩壊していくプロセスが、宇宙が滅亡していくイメージと重なるかのようなダンス・シーンである。一人の人間の解体により、空間が質感に変っていくプロセス、といったらいいのだろうか。
鮮烈な美しさがたいへん印象的な舞台であった。
(9月10日、神奈川県立青少年センターホール) |
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