関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi
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●田中泯の桜花村舞踊公演『家族からから』

 田中泯は「踊りの村を作ろう」という考えから、山梨県白州町を拠点に、「日々農耕ト舞踊ノ研鑽ニ精」をだし、お茶、梅、林檎、オリーブ、じゃがいもなどの作物を収穫している。 今回の公演会場でもその一部を販売していた。公演活動は、劇場に限らず美術館や屋外などでも精力的に展開している。
『家族からから』は、2003年に白州町の「水の舞台」で習作初演され、各地で上演された。今回は、劇場版として全面的に創作改訂された。

 田圃のように舞台全面にふくらはぎくらいの深さに水を張り、その中で六人のダンサーが踊る。水の中で踊ること自体が、生きることの苦悩を暗喩するものとなっている、と言えるのかも知れない。 何枚かの畳を浮かべ、その周辺で棹を使ったり、柱を運んだり、寝たり、叫んだり、着替えたり、様々の家族の日常の行動が田中泯独特の動きによって象徴的に踊られる。 日常の動きの意味を剥ぎ取り、解体していくことと、家族の構成要素を水に浮かべることによって、家族という繋がり、人間と人間の繋がりを捉えなおす。 ダンスと美術、音楽が均質の象徴性をもったレベルの高い舞台であった。
(2月7日、新国立劇場小劇場)



●上村なおかソロ『一の百』、岡登志子の『Nebel land』

 近年、上村なおかはほとんど毎年、新作のソロ公演を行ってきた。 ただ、一昨年の暮れにソロを踊ったが、昨年はコラボレーションの舞台は多かったがソロはなかった。とまあ、上村の新作ソロ公演が観たかったわけである。

 今回の新作は『一の百(Ich no Hyaku)』というタイトル。01年以来続けてきたソロ公演では、身体性を追求して作品を創ってきたが、 この『一の百』では、「上村なおかとして踊るとどういうことになるか」と考えて創作した、という。そして「記憶」に思い到って創った作品である。
 会場はベニサンピット。中央の舞台をまわりの客席が見下ろす、という配置である。床を使うというか、床面に横たわって始まった踊りは、途中、 客席の最上部に上がってしばらく静止するなど、終始、空間の底を意識した踊りである。


 身体の記憶を探って太古の記憶を想い、個人の記憶を辿って人類の記憶に到る、といった記憶というものの根源のイメージに描こうとしたかのような舞台であった。(2月6日)
 ドイツのフォルクヴァング芸術大学(クルト・ヨ−スが設立し、ピナやリンケなどが学んだ)で舞踊を学んだ、岡登志子が主宰するアンサンブル・ゾネ(太陽)は、大体、年に一作のペースで新作を神戸、東京、名古屋などで上演している。


『一の百』

 05年の新作は『Nebel land ----霧----』である。アンサンブル・ゾネの公演には、外国人がダンサーやスタッフとして参加することが多い。今回は、フォルクヴァング芸術大学卒業のブラジル人とフランス出身のダンサーが参加し、垣尾優も加わった。音楽はFritz Sitterle。岡は振付、演出、構成を兼ねている。
 ソロやデュオ、トリオのダンスが様々に踊り継がれる。ダンサーの実存を舞踊に昇華し、そのダンスによって変容する空間を提示する、といった舞台。ダンサーはごく普通の生活の服装で踊り、日常的な動きを種々組み合せてダンスとして表現している。けれんのまったくない清楚な印象を残す舞台であった。
(2月1日、シアターX)


『Nebel land ----霧----』

 

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